91話 最古参の常連
――ゴオオォォ!
通りの真ん中に、突然、火柱が立ちました。
「……っ!」
「ひぃっ!」
「おお!」
ホバート様とピエン男爵が放った魔術の光が弾けると同時に、二人の間に巨大な炎の柱が燃え盛り、周囲の人だかりは悲鳴や歓声を上げました。
「ひゃぅ!」
ピエン男爵は目の前に炸裂した火柱に驚いたのか、転んで尻もちをつきました。
「な、な、何故……!」
ピエン男爵は通りの石畳に尻もちをついた体勢のまま叫びました。
「ば、馬鹿な……!」
そのすぐ後ろで、シャックリー伯爵もまた驚愕に目を見開いて、及び腰になりながら、不測の事態についての困惑を叫んでいます。
「庶民がっ! 何故っ! こんなっ!」
(ホバート様は火魔法が使えたんだ)
初めて見た他の属性の魔法に、私も驚きました。
凄い魔法ですが、ホバート様のことは信頼しているので怖くはありません。
とても凄い芸を見たような驚きです。
「火属性の高等魔術!」
「大したものだ。さすがはスタ……ボブさんだ」
モルさんを始めとする魔法士さんたちも、軽く驚いていますが怖がっている様子はありません。
魔法士さんたちもホバート様のことを信頼しているのでしょうか。
「さすがは坊ちゃま」
ホバート様の従者さんと、スタイン公爵家から派遣されている給仕のキャリーさんは鼻高々で得意気です。
「う、嘘だ!」
「どうして、どうして……!」
ピエン男爵とシャックリー伯爵は顔面蒼白で、とても怯えている様子です。
二人はホバート様と喧嘩中ですものね。
(ピエン男爵の水玉は蒸発しちゃったのかな)
ピエン男爵が放った水魔法は跡形もありません。
ホバート様が放った火魔法、獄炎柱の火力で消されてしまったのでしょうか。
強烈な光と熱を放ったホバート様の獄炎柱が、すうっと消えていきます。
何事もなかったかのようにホバート様は平然としているまま、ピエン男爵に微笑みを向けました。
「どうした? 水遊びは終わりか?」
ホバート様にそう問い掛けられたピエン男爵は、顔色を悪くして固まっているままで「あ……ぅ……」と言葉にならない声を出しました。
ホバート様は視線を、ピエン男爵の後ろに立っているシャックリー伯爵に向けました。
「次はお前か?」
言いながらホバート様は、右手をすうっと上げると呪文を唱えました。
「紫電大蛇」
――バチバチバチン!
ホバート様の右手が、鋭く細く青白い蛇のようにうねる閃光を纏いました。
「雷魔法!」
「複数属性かっ!」
魔法士さんたちが感嘆の声を上げました。
「ま、まさか……!」
シャックリー伯爵が絶望の表情で叫びました。
「そんな……まさかっ!」
「貴様も風属性だったな」
ホバート様が余裕の笑みでシャックリー伯爵に言いました。
「同じ風属性同士、どちらが強いかやり合ってみようではないか」
(シャックリー伯爵がお店の中で出しかけていたあの魔法、風魔法だったんだ)
ホバート様の言葉を聞いて、シャックリー伯爵がお店の中で出していた、風がそよぐような空気の流れが風魔法のものだったことが解りました。
「風魔法も使えるのか!」
「火と風の双方の上位魔法を操るとは。天才か」
「さすが小公爵……ではなく、さすが庶民」
魔法士さんたちは興奮気味におしゃべりを始めました。
「雷魔法が使えるのは我が国で二人だけと聞いていたが……」
「あの伯爵がどこまでやれるか見物だ」
「頑張れシャックリー伯爵! 貴殿も雷を出すのだ!」
「一介の伯爵では雷は無理だろう」
「まあな。もし雷を出せたら伯爵から侯爵に陞爵されるだろうな」
まるで競技を観戦しているかのように、魔法士さんたちは目を輝かせてホバート様とシャックリー伯爵の戦いを見守っています。
「さあ、どこからでもかかって来るが良い」
ホバート様は悠然とした歩みでシャックリー伯爵との距離を詰めました。
そして右手をシャックリー伯爵に向けました。
ホバート様が右手に纏っている青白い雷の蛇が、しゅっと伸びて、シャックリー伯爵の鼻先に触れました。
――パチン!
シャックリー伯爵の鼻先で青白い火花が散りました。
「ヒッ!」
シャックリー伯爵は反射的に鼻を押さえ、後ろに飛び退きました。
「ま、まいりました!」
シャックリー伯爵は半ば叫ぶようにそう言うと、ホバート様の前に深く頭を垂れました。
「非礼をお詫びいたします! どうかお許しください!」
懇願するシャックリー伯爵に、ホバート様は質問しました。
「一番強いのは、誰だったかな?」
「あ、貴方様でございます」
「私の名前を言ってみろ」
「は? あ、う……ボブ殿?」
「そう。庶民のボブ兄さんだ」
ホバート様は勝ち誇るような笑みでそう言うと、尻もちをついているピエン男爵にも質問しました。
「私の名前を言って見ろ」
「ボブ兄さん!」
「良し」
ホバート様は満足気な笑顔を浮かべ、シャックリ―伯爵とピエン男爵に言い放ちました。
「私はこのカフェハウスの最古参の常連、ボブ兄さんだ。カフェハウスで勝手な事をしたら私が許さない。以後、服装と態度に気を付けるように」
「は、はい。ボブ兄さん!」
「仰せのままにいたします!」




