90話 貴族の喧嘩
「身分の話をしていたのは、貴様か?」
庶民の装いのホバート様は、尊大な態度でシャックリー伯爵の前に立ちました。
シャックリー伯爵は不愉快そうに眉を歪めながらホバート様を見やりました。
「小僧、無礼だぞ。口の利き方に気をつけろ。私はシャックリー伯爵だ」
シャックリー伯爵は威嚇するようにそう名乗りを上げましたが、ホバート様はそれをそよ風のように受け流し、堂々と自己紹介をしました。
「私は庶民のボブ兄さんだ。覚えておくが良い」
「庶民の分際で貴族に無礼を働いたらどうなるか、解っていないようだな?」
「ふん」
ホバート様は、シャックリー伯爵の言葉を鼻で笑いました。
「知らん。知る必要がないからな」
「ならば教えてやろう」
そう言い、シャックリー伯爵が両手を構えると。
シャックリー伯爵の両手が幽かに光を帯び、ひゅうっと、風がそよぎ始めました。
(魔法?!)
魔法の気配です。
状況からして、シャックリー伯爵はホバート様を魔法で攻撃しようとしていると思いました。
(止めなきゃ!)
私は慌ててカウンターから出ると、シャックリー伯爵とホバート様の間に割って入りました。
「ま、待ってください!」
私は攻撃魔法を見たことはありませんが存在は知っています。
物理攻撃ができる魔法をお店の中で発動されたら、お店が壊れるかもしれません。
「お店で魔法は困ります!」
私は止めに入ろうとしましたが、給仕のキャリーさんが私を庇うようにして立ちはだかりました。
「ルネさん、下がっていてください」
「で、でも……!」
シャックリー伯爵はおかまいなしで魔力を高めています。
(いざとなったら結界魔術を使えば防げるかしら)
私はそうチラリと考えました。
ですがすぐにシャックリー伯爵の連れの貴族風の男性が、シャックリー伯爵を諫めてくれました。
「シャックリー卿、君の魔法は強すぎる。ここは一つ私に任せてくれないか」
「ふむ。たしかに私の魔法は強すぎるな」
連れの男性に諭され、シャックリー伯爵はうんうんと頷きました。
それと同時に、空気から魔法の気配がすうっと消えて行きました。
(良かった!)
魔法で喧嘩になりそうだった場が治まり、私はほっとしました。
(喧嘩を止めてくださったあのお方にお礼を言わなければ)
シャックリー伯爵を諫めてくれた男性に、私は感謝を述べようとしましたが……。
「ふふふ……」
その男性は好戦的な笑みを浮かべ、これから喧嘩でも始めるかのように傲岸不遜な態度でホバート様に名乗りました。
「私はピエン男爵だ」
「私は人呼んでボブ兄さん」
ホバート様は上から目線でそう名乗りましたが、ピエン男爵は微笑みを顔に張り付けたまま言いました。
「減らず口を叩いている場合かな?」
ピエン男爵が構えた両手が薄く輝き、周囲の湿度が増して空気がすうっと冷たくなりました。
「無礼な小僧に、少しばかり仕置きをしてやろう」
(え?! ピエン男爵の魔法?!)
ピエン男爵は喧嘩を止めてくれたのではなく、選手交代しただけでした。
「あ、あの……!」
店の中で魔法で喧嘩をされてはたまりませんので、私は再び止めに入ろうとしました。
「お店の中で喧嘩はやめてください!」
「妹よ、安心するが良い」
ホバート様は良い笑顔で私にそう言うと、ピエン男爵とシャックリー伯爵に向き直りました。
「貴様らの望み通り魔法で決着をつけようではないか。しかし魔法を使うにはここは場所が悪い。表へ出るが良い」
「庶民の分際で、貴族に命令するとは身の程知らずめが」
「なんだ? 私の魔法がそんなに怖いか?」
ホバート様の挑発に、シャックリー伯爵とピエン男爵は自信満々に答えました。
「面白い。では見せて貰おうではないか」
「庶民の小僧が調子に乗りおって。後悔することになるぞ?」
(大丈夫かしら。ホバート様も魔法が使えるの?)
◆
ホバート様とシャックリー伯爵とピエン男爵はカフェハウスの外に出ました。
(ど、どうなるのかな……)
私も心配で外に出ましたが、キャリーさんや他のお客さんたちも何人か見物に出て来ました。
ホバート様にモルモット呼ばわりされた魔法士のモルさんも出て来ています。
「モルモット、丁度良い。無力な民たちを下がらせろ。魔法で怪我をするからな」
通行人と見物人の整理を、ホバート様はモルさんに命じました。
ホバート様は通りの真ん中で、シャックリー伯爵とピエン男爵と対峙しています。
その周囲に見物人の輪が出来ています。
モルさんや他のお客さんが、通行人や物珍しそうに集まって来た人々に注意を促しています。
「さあ、どこからでもかかって来るが良い!」
ホバート様が挑戦的にそう言うと、シャックリー伯爵とピエン男爵はそれを小馬鹿にするように冷笑しました。
「大した自信だな」
ピエン男爵が余裕の笑みを浮かべながら一歩前に出ました。
すると空気が湿っぽくなりました。
――シュルルルル……。
(水魔法!)
ピエン男爵が構えた両手の中に、水玉が現れました。
「ふふふ……。どうだ庶民、驚いたか?」
「別に?」
「強がっていられるのも今のうちだ。安心しろ、手加減してやる」
ピエン男爵はホバート様にそう言うと、次の瞬間、気迫とともに叫びました。
「水玉!」
それと同時に、ホバート様はさらりと呪文を吐きました。
「獄炎柱」




