88話 スタイン公爵令息の浮気疑惑
巫女シェイラは、実家キルマー子爵家が持つ王都の屋敷に二人の友人を招いた。
シェイラが招いた二人は、シェイラと同じく巫女であるセンブル男爵令嬢ナタリアと、巫女の位を返上して神殿を去ったバーナム子爵令嬢メレディスだ。
「メレディス様、ようこそいらっしゃいました」
「お招きありがとうございます、シェイラ様」
メレディスを招いて話を聞くことは、シェイラがナタリアと事前に話し合っていたことだった。
シェイラはメレディスに宛てた手紙に、自分たちが婚約破棄されたことについて触れた。
それはすでに社交界には噂として広まっていたので、メレディスの耳にも届いていたかもしれないが、シェイラは改めてメレディスに知らせた。
そして同じ婚約破棄をされた被害者として話がしたいと、シェイラはメレディスに伝えた。
「ナタリア様はもういらしていますわ。ご案内いたします」
玄関口で、馬車から降り立ったメレディスを、シェイラは使用人たちを従えて迎えた。
「三人で気の置けない話をと思いまして、お付きの方には控室をご用意しております」
シェイラはメレディスにそう説明すると、メレディスが連れてきた小間使いを控えの間に案内するよう使用人に言いつけた。
◆
「まず、私からお話させてください」
使用人たちにお茶の用意をさせると、シェイラは使用人たちを全員下がらせた。
そしてマドック侯爵令息キースに婚約破棄をされた顛末をメレディスに語った。
「次は私ですわね」
シェイラが語り終わると、次はナタリアがヒューズ侯爵令息サミュエルに婚約破棄をされた顛末を語った。
「成績を取り戻すことが出来れば、私たちの収穫量が落ちたのは猛暑と体調不良のせいだったということで納得して貰えると思うのです」
「それで、私たちはルネを捜索しているのですわ」
シェイラとナタリアはこの苦境を乗り切るための作戦を伝えた。
「私たちはルネを虐待なんかしていなかったと、ルネがフィリップ王子殿下に説明すれば、誤解も取り除けると思うのです」
「そもそも悪いのはセラフィナ様ですものね。私たちは虐待なんかしていなかったのに」
「ルネにはお菓子をあげれば機嫌を直すでしょう。もっと早く気付けば良かったわ。あのときルネにお菓子をあげていれば良かった」
「私も小間使いに言われて気付いたわ。婚約のことで忙しくなってから、ずっとルネにお菓子をあげていませんでした」
シェイラとナタリアは希望的な考えを述べたが、しかしメレディスの表情は優れなかった。
「私の父も、シェイラ様とナタリア様と同じことを考えています。薬草園での成績を取り戻せれば、名誉も婚約も回復できると。それで父は、ルネの行方を探しているのです。ルネを巫女見習いとして雇えれば、私の成績を取り戻すことができるからと。でも……」
メレディスは暗い表情で言った。
「成績を取り戻しても、ホバート様のお気持ちは変わらないと思うのです……」
「私たちが婚約破棄をされたのは薬草の収穫量が落ちたことが原因です。原因を取り除いて名誉回復が出来れば、婚約も取り戻せるはずですわ」
シェイラは説明したが、メレディスはゆっくりと首を横に振った。
「ホバート様は、違うのよ。ホバート様にとって薬草の収穫量のことは、多分おまけみたいなものなのです」
「どういうことですか?」
「それが……私にも、よく解らないのです……」
メレディスは途方に暮れているような気の抜けた表情で、のろのろと語った。
「ポーションが真理だとか、ポーションを偽った罪が重いとか。ホバート様が何を言っているのか、まるで意味が解らなかったわ……」
「どんなお話だったのですか?」
「私が偽物だとか、ポーションが別物だとか……。私がポーションを製薬していなくて、私の名で他の者が製薬していたかのようにおっしゃっていたわ」
「メレディス様はポーションを見習いに作らせていたのですか?」
「いいえ。ポーションは私が作っていました。シェイラ様とナタリア様もご存知でしょう」
「はい……」
「そうですね……」
ポーションの製薬には竈を使う。
そのため薬草園には、いくつもの竈が設置されている工房があった。
その工房で巫女たちは製薬を行うので、製薬のときには他の巫女たちとも顔を合わせる。
工房は、貴族の巫女たちの薬草畑の区画に一軒、平民の巫女たちの薬草畑の区画に一軒あった。
貴族巫女と平民巫女が顔を合わせて製薬することはなかったが、同じ貴族巫女であるシェイラとナタリアとメレディスは工房で頻繁に顔を合わせていた。
「ホバート様はずっと私が製薬したポーションを服用していらっしゃったの。でも急に偽物だとか別物だとか、言いがかりをつけられたの。薬草園の成績について言われるならまだ解るのです。でも、違うのです。ポーション、ポーションってそればかりで。いつもと同じポーションなのに、何がお気に召さなかったのか意味が解らなかったわ……」
沈痛な面持ちでメレディスはぽつぽつと語った。
「もともとホバート様が、私をスタイン公爵邸に招いてくださったの。それで何度もお会いして……ホバート様が私をお気に召してくださって、それでホバート様に求婚されたのです。それなのに急に、私がホバート様を騙していたと言いがかりをつけてきて、婚約破棄されたの。何が起こったのか本当に意味が解らないのです」
メレディスが語ったスタイン公爵令息の謎の行動について、ナタリアは首を傾げていた。
しかしシェイラには思うところがあった。
「それは、もしかすると……」
シェイラは母キルマー子爵夫人から聞いた噂話を二人に語った。
「母から聞いた話なのですが……スタイン公爵令息が下町の娘に浮気して、それでメレディス様と婚約破棄をしたという噂があるそうです」
「え?!」
「なんですって?!」
メレディスとナタリアが同時に驚愕の声を上げた。
「ホバート様は浮気なさっていたの?!」
「解りません。でも浮気ではないかという噂があるようです」
「シェイラ様、そのお話、詳しく教えてくださいませ!」
眉を吊り上げ、悪魔のような形相でそう言ったメレディスに、シェイラは神妙な顔で噂話を教えた。
「スタイン公爵令息は下町の茶房に足しげく通っているそうです。貴族の間で少し話題になっている茶房だとかで、何人もの貴族が、その店でスタイン公爵令息が下町の娘と親しくしている姿を見ているとか。メレディス様と婚約破棄をしたのは、その下町の娘が原因ではないかという噂が立っているようです」
「下町の、何処の店ですか?!」
「そこまでは存じませんが、母にもっと詳しく聞いて調べてみましょうか」
「ええ、お願いいたします。私も母に協力してもらって調べてみますわ!」
「メレディス様、私も協力いたします!」
シェイラ、メレディス、ナタリアの三人は、スタイン公爵令息ホバートが通う下町の茶房と、ご執心だという下町の娘について調査を開始した。
そしてやがて、彼女たちは知ることになる。
下町にある『カフェハウス』という茶房について。




