87話 黄金世代の巫女の静養計画
神殿の薬草園、貴族の巫女たちの居住区にある巫女シェイラの私室。
その部屋はゆったりとした広さがあり、下位とはいえ貴族の娘である彼女にふさわしい家具が並んでいた。
「シェイラ様、私は体調不良を理由に、正式に休暇を申請して実家で静養しようと考えております」
巫女シェイラの部屋に招かれ、婚約破棄を始めとする共通の不遇について愚痴を吐いていた巫女ナタリアは、決意の表情で言った。
「だってルネが見つからないのですもの。ルネがいなければ成績を取り戻すことは不可能ですわ」
「そうですね……」
ナタリアの言葉に、シェイラは暗い表情で頷いた。
「薬草園でいくら頑張ったところで、成績が戻らなければ怠けていると言われるだけですものね」
「そうです。ルネがいなければ成績は取り戻せません。メレディス様もきっとそうお考えになって巫女の位を返上なさったのでしょう」
スタイン公爵令息に婚約破棄された巫女メレディスは、巫女の位を返上して神殿から去った。
メレディスは、シェイラとナタリアには別れの挨拶をしたが、詳しい事情などは語らなかった。
その後、薬草園の巫女たちは次々と婚約破棄をされることになったが。
メレディスの婚約破棄事件は、その一連の婚約破棄の最初の事件だった。
メレディスが婚約破棄された当時は、まだシェイラとナタリアは婚約中であり、他の巫女たちも婚約中だったので、一人だけ婚約破棄されてしまったメレディスはばつが悪かったのだろう。
彼女は多くを語らずに神殿を去った。
「たしかに……このまま薬草園にいても、私たちの評判は落ちる一方ですね……」
「ルネが見つかるまでは、静養のためという名目で休暇をとったほうが良いと思いますの。体調不良で静養している事実があれば、成績が落ちたのは怠けていたせいではなく、猛暑と体調不良のせいだったということに出来ますわ。……元筆頭聖女セラフィナ様のように」
「セラフィナ様は上手く逃げたわよね……」
シェイラは憎々し気に眉を歪めた。
筆頭聖女だったセラフィナにルネが頻繁に呼び出されていたことを、シェイラもナタリアも、他の巫女たちも知っていた。
セラフィナは、ルネが神殿からいなくなった途端に体調不良で静養を始めた。
しばらくするとセラフィナは仕事を再開したが、以前の魔力は失われていて、それをまた体調不良のせいだと言い訳をして、素早く筆頭聖女の座を下りた。
セラフィナの一連の行動から、薬草園の巫女たちには容易に推測が出来た。
光魔法の天才と賞賛されていたセラフィナは、今までルネの魔力を大量に借りていたのだろうということが。
「ルネがいなくなったのは、そもそもは、セラフィナ様がルネをこき使っていたせいですのに。セラフィナ様がルネを三日もお泊りさせてこき使ったのが悪いのよ」
シェイラがそう言うと、ナタリアもそれに同意して頷いた。
「本当にあれは、度を過ぎていましたわね」
「あの猛暑の最中に、セラフィナ様がルネを三日もこき使ったりしなければ……」
シェイラは眉を歪めて怨嗟を吐いた。
「あれさえ無ければ、ルネは今まで通りに私たちのお手伝いをしていたはずよ!」
「あの時までは、ルネは不満など言いませんでしたものね」
「セラフィナ様は自分が原因を作っておきながら、さっさと逃げたのですわ。美味しいところだけを持って!」
「その通りですわ。セラフィナ様はずるいですわ!」
ナタリアも恨みがましく表情を歪めて言った。
「私たちが婚約破棄されたというのに、何故セラフィナ様は婚約破棄されないのでしょう」
「元凶のくせにね」
「フィリップ王子殿下に良い顔をして、小賢しく立ち回って、本当に忌々しい女ですわ」
シェイラとナタリアはひとしきり元筆頭聖女セラフィナへの恨みつらみを吐いた。
そして二人は今後の身の振り方を決めた。
「私たちも体調不良を申告して、実家で静養をしましょう」
「そうしましょう」
巫女が仕事を休んでも、巫女見習いたちが巫女の代わりに仕事をする。
巫女には二人ずつ巫女見習いが付いているので、巫女が長期休暇をとっても薬草園の仕事は滞ることはない。
シェイラとナタリアはすでに巫女見習いに仕事を任せて毎日休んでいたが、正式に申告をして休暇をとることにした。
「ルネさえ見つければ成績を取り戻せるのに……。こちらは全く手がかりが無いままです。ナタリア様のほうは何か成果はありまして」
「いいえ。王都郊外の救貧院と、孤児院も探させたのですが、それらしい子供はいませんでしたわ」
「私は商会の薬草畑を探させてみたのですが子供はいませんでした。市井の薬草畑では、子供は足手まといになるので雇わないそうです」
「市井の商会には、神殿のような慈悲はありませんものね」
二人はルネの捜索についての情報交換をした。
「下町の天才薬師だと評判の娘も調べさせたのですが、これも違いました」
「私もその下町の薬師の娘を調査させましたが、目の下にクマは無く、背丈も五尺以上あったという報告を受けました」
「同じですわ。薬屋の店主の親戚筋の娘で、年齢は十四歳。茶髪茶目しか一致していませんでした」
シェイラとナタリアは知らないが、彼女たちが放った調査員が『薬師アリー』について尋ねたとき、下町の薬屋の店主ローナは嘘を混ぜて答えていた。
「茶髪茶目は大勢いますものね」
「珍しくもない色ですものね」
シェイラとナタリアが知っているのは、魔力欠乏で成長が止まり、目の下にクマがあるルネの姿だった。
その後、ルネが養生をして健康を取り戻し、背丈や風貌が変わったことを彼女たちはまだ知らない。
シェイラとナタリアは、情報と知恵を出し合い、愚痴を吐き合い、セラフィナの悪口を合唱し、しゃべり続けることで鬱憤を晴らした。
「メレディス様はどうなさっているかしら」
「連絡を取ってみましょうよ。メレディス様も私たちと同じくセラフィナ様の被害者ですもの」
「メレディス様なら、スタイン公爵のご事情をご存知かしら」
シェイラは考えるような顔をして言った。
「私が無実を訴えたら、キース様は、フィリップ王子殿下とスタイン公爵を説得しろとおっしゃったの。スタイン公爵の誤解が解ければ、どうにかなる手立てがありそうな気がするわ」
「スタイン公爵令息とご婚約なさっていたメレディス様ならまだ伝手があるかもしれませんね」
◆
巫女シェイラと巫女ナタリアは静養の名目で実家へ戻った。
そしてシェイラは、母キルマー子爵夫人から思いがけない話を聞くことになった。
「誤解だと説明したのですが、キース様は私の話を聞いてくださらず婚約破棄だと……」
王都のキルマー子爵邸に戻ったシェイラは、マドック侯爵令息キースから直接に婚約破棄を告げられた件を、詳しく母に説明した。
すると母は、釈然としないような思案気な表情で言った。
「キース様が、他の女性に心を移されていた可能性はないの?」
「え?」
「スタイン公爵令息も、巫女の堕落を理由に婚約破棄をしたけれど、でもね……」
そして母は、思いがけない情報をもたらした。
「実は、スタイン公爵令息は下町の娘にご執心で、下町に足しげく通っているらしいの」
「え?!」
「下位貴族の娘に飽きて、下町の娘に乗り換えたのではと、もっぱらの噂よ。下位貴族の娘に付き合うのが面倒になり、それで薬草園の収穫が落ちたのをこれ幸いと、堕落を口実に婚約破棄したのではないかと」




