86話 黄金世代の統括の無能
「薬草畑の回復は見込めません。怠惰な巫女たちには見切りをつけたほうがよろしいかと存じます」
神官シモンは、薬草園の統括である神官長に報告をした。
「一部の巫女たちは畑に出て来なくなりました。巫女見習いに任せきりです。ポーションの製薬をしていない者もいます」
「むぅ……」
不愉快そうに眉間にしわを刻んだ神官長に、シモンはさらに問題点と思われる部分について質問をした。
「平民の巫女の畑はいかがいたしましょう?」
このところ平民の巫女たちの退去が相次いだ。
そのため今現在、薬草園に平民の巫女は一人もいない。
薬草園で奉仕したいと希望する平民の光魔法使いを、神殿は巫女として受け入れていた。
今までは希望者は絶えることがなかった。
畑の枚数の都合もあり、光魔法の才能があっても魔力量が少ない平民は受け入れを断わることもあった。
しかし平民の希望者がぱたっと来なくなった。
そのため、神殿を去った平民の巫女たちの畑は何も植えられないまま遊ばせている。
「このままでは薬草の収穫量はさらに減るでしょう。空いている畑を活用したほうが良いのではありませんか。貴族の巫女を多めに受け入れ、平民の区画でも薬草栽培をやらせては如何でしょう。どのみち平民にポーションを施す余裕はないでしょうから、貴族を受け入れたほうが良いかと」
平民の巫女が作ったポーションは、今までは平民に施されていた。
だが薬草の収穫量が減り、製薬できるポーションが減ったため、今回は平民の巫女が作ったポーションも王宮や貴族たちに回された。
それでも足りなかった。
また世間では不穏な噂が流れている。
神殿に地下牢があり、平民の光魔法使いがそこで強制労働させられているという噂だ。
もちろん神殿はそんな噂は否定しているが、市井では黄金世代の怠惰と関連付けて面白おかしく語られているようだった。
巫女になりたがる平民がいなくなったのは、噂のせいもあるかもしれないとシモンは考えている。
だから噂が消えるまでは、薬草園で奉仕したいとやってくる平民はいないかもしれないと。
「神官長、いかがいたしますか?」
「むうぅ……」
不愉快そうな顔で唸るばかりの神官長に、シモンはもう一度言った。
「このままでは薬草の収穫はさらに減少します。手を打たなくてよろしいのですか?」
「……どうにかしろ」
投げやりにそう言った神官長に、シモンは確認を取った。
「巫女の募集と采配を、私に一任なさるという意味でしょうか」
「それで良い」
神官長は役立たずぶりを発揮して、シモンに命じた。
「何とかしろ」
「……はい。承知いたしました」
(薬草園の統括の肩書はあっても、ろくに采配もできないようでは……)
神官長の様子を見てシモンは思った。
(統括は他の者に代わってもらったほうが良いだろうな)
「では私はこれにて失礼いたします」
「うむ。女神様のご加護を」
「女神様とともに」
シモンは神官長室を退室すると、廊下を歩きながら考えた。
(神官長に薬草園から去ってもらうなら、私が手を出し過ぎないほうが良いな)
薬草園が今のままでは、神官長は収穫量を落としたことの責任を問われて、薬草園の統括から外されるだろう。
しかしシモンが働いて薬草園の収穫が持ち直せば、それは神官長の功績になる。
(長い目で見れば、無能な統括がいなくなってくれたほうが薬草園のためだ)
功績を作らず最低限のことだけに止め、神官長が名誉挽回できず消えるのをシモンは待つことにした。
(そもそも神官長が巫女ルネを怒らせたことが、薬草園の収穫を落とした発端だ。よく働いていたルネを叱責して、怠惰な巫女たちを甘やかすとは。神官長は何も考えていなかったのだろうな)
働いた者が叱責され、怠けている者が優遇されたら。
働いている者は不服に思って当然だ。
市井の仕事のように給金が支給されているなら、理不尽でも金銭のために耐える者もいるかもしれないが、神殿の仕事は当然ながら無償奉仕だ。
(平民の巫女たちが次々と神殿を去ったのも、神官長のせいではないのか?)
貴族の巫女たちにルネが手伝いを強要されていて、ルネがそれを断わったら神官長に叱責された件は、巫女たちの間では知られていた。
ルネの扱われ方を見て、平民の巫女たちが逃げ出すのは不思議なことではない。
貴族の巫女たちに手伝えと言われたら、平民の巫女には逃げ場がないことが解ったのだから。
(本当に収穫量を上げたいなら人手を増やせば良いことだが)
薬草の収穫が減ったのは光魔法が足りないからだ。
ならば光魔法使いの数を増やせば、比例して薬草の収穫量は上がる。
貴族の巫女の見習いの人数は二人までと決められているが、その人数制限を取り払えば良い。
薬師ギルドで平民の光魔法使いの募集をかけ、給金を支払って雇えば良い。
本当はやり様はいくらでもあった。
(だが神殿の体制は容易には変えられないだろうな)




