85話 黄金世代の薬草畑の凋落の原因
――神殿の薬草園。
薬草園の統括である神官長の下で、現場での巫女たちの指揮を担当している神官シモンは薬草畑の見回りをしていた。
(相変わらず、畑が痩せている……)
貴族の巫女たちの畑は、薬草の枯れた葉は取り除かれて一面の緑になっていた。
しかし薬草たちは痩せていた。
薬草たちは世間の基準では痩せていない。
平凡な成長だ。
だが今までの、巫女たちが黄金世代と称えられていたころの豊作の風景をシモンは知っていた。
豊作だったころの畑に比べると、薬草たちの葉は小さく、葉の枚数も少なく、緑の量はすっかり減って貧相になっていた。
(巫女シェイラは今日もさぼっているのか?)
そこは巫女シェイラの畑だった。
巫女シェイラの姿は見えず、シェイラ付きの二人の巫女見習いが薬草に光魔法を注いでいる。
ここ数日、巫女シェイラの姿は畑に見えず、ポーションの製薬も止まっていた。
「巫女シェイラはどうしたのだ」
作業中の二人の巫女見習いにシモンは尋ねた。
「ポーションも提出されていないようだが?」
神官シモンの質問に、二人の巫女見習いは目と目を見交わし合い表情を曇らせた。
「……シェイラ様は体調を崩されて……」
「……お休みでいらっしゃいます……」
しどろもどろにそう答えた二人の巫女見習いに、シモンは問いかけた。
「医師は呼んだのか?」
「……いいえ……」
「何故、体調が悪いのに医師を呼ばない」
「……」
二人の巫女見習いは何か隠し事があるかのように挙動不審だったが、シモンが問い詰めるとようやく答えた。
「シェイラ様は、その……、お心の問題で……」
「何かあったのか?」
「……お家の事情でございます。それ以上は私たちの口からは……」
「どうかご容赦ください……」
巫女見習いたちは、実質は貴族令嬢である巫女の使用人だ。
巫女の実家に雇われていて給金を得ている。
(使用人の身では、口にすることが憚られる事情か?)
◆
(巫女ナタリアもさぼりか……)
シモンは巫女ナタリアの薬草畑を見て内心で呟いた。
巫女見習いたちが作業をしていたが、巫女ナタリアの姿は見えない。
巫女ナタリアも巫女シェイラと同じく、このところ姿を見せておらず、ポーションの製薬も止まっていた。
(怠惰なことだ)
黄金世代と称えられた巫女たちの名声は、薬草畑の収穫量が激減したことにより地に落ちていた。
収穫量が減ったことで怠惰が批判されているのだから、収穫量を取り戻せば名誉は回復できるだろう。
しかし巫女たちには汚名を返上しようという気概はないようで、薬草畑は痩せて行く一方だ。
(いっそ怠惰な巫女たちは全員お払い箱にして、新しい巫女に交代したほうが良いと思うが……)
薬草園の風景を眺めながらそう考えたシモンの頭に、ふと、一つの疑惑が過った。
(いや、まさか。有り得ない……)
浮かんだ疑惑をシモンは打ち消した。
(巫女ルネがたった一人で薬草園の収穫量を底上げしていたなどと、いくらなんでも有り得ないことだ……)
貴族の巫女たちの畑が枯れ始めたのは、平民の巫女ルネがいなくなる直前からだった。
ちょうどそのころ、ルネが手伝いをしなくなったと、貴族の巫女たちが神官長に不満を述べていたことは後から知った。
そのときは酷い猛暑の日が続いていたので、一時的に薬草が成長不良になっているものと思っていた。
しかしそれから薬草たちの調子は回復することはなく、およそ半分が枯れて失われた。
以来、薬草畑は痩せているままだ。
(馬鹿げた発想だ……)
豊作のころと違うことと言えば、ルネの手伝いがなくなったことだった。
貴族の巫女たちの畑をルネが手伝っていた光景は、シモンはよく目にしていた。
ルネの手伝いがなくなったことが原因か、と、一瞬だけ疑惑を持ったが。
それはあまりにも荒唐無稽な発想だった。
薬草園の半分が枯れて痩せた原因がルネの手伝いが無くなったせいだとすると。
ルネはたった一人で、薬草園の収穫を倍増させていたことになる。
薬草園の巫女たち全員の力を合わせた分と同等かそれ以上の魔力をルネは持っていたことになる。
常識的に考えて有り得ない魔力量だったので、シモンは馬鹿げた疑惑を頭から振り払った。
(……そういえば、薬草園の収穫が倍増して豊作になったのは……)
いつから薬草園は豊作になったか。
巫女たちが黄金世代と呼ばれ始めたのは、いつからだったか。
三年前からではなかったか。
聖女セラフィナとともに、巫女ルネがこの中央神殿にやって来た、三年前……。
(……)
シモンの背中に、すっと寒気が走った。




