84話 黄金世代の巫女シェイラとナタリアの破滅
「シェイラ、君には失望した」
マドック侯爵の息子キース・マドックは、婚約者である黄金世代の巫女シェイラに言った。
「か弱い平民の少女を虐めていたなんて、巫女として、いや、貴族として恥ずべきことだ。そんな心の卑しい女とは結婚できない」
「誤解です。根も葉もない噂です!」
シェイラは目に涙を浮かべて、弁明をした。
「私は平民を虐めたことなどありません」
「日頃の行いが悪いから、女神様の加護を失ったのだろう。君の薬草畑は酷い有様だったじゃないか」
「猛暑のせいです。今年は猛暑で薬草が育たなかったのです」
「市井で平民を虐待したバーナム子爵家のバカ息子の妹と、君はいつもつるんでいたらしいな」
「メレディス様のお兄様の事件は、何かの間違いです。間違いだから一日で釈放されたんです」
「あれはスタイン公爵が保釈金を積んだから解放されたんだ。知らないのか?」
シェイラを小馬鹿にするような目で見て、キースは言った。
「醜聞になりそうだからスタイン公爵が手を打ったんだろうよ。手遅れだったようだがな。だから君の悪友メレディス嬢は、スタイン公爵令息に婚約破棄されたんだ」
「……」
シェイラは口ごもった。
メレディスの婚約破棄については弁明のしようがなかった。
キースは厳しい表情でシェイラに言った。
「平民を虐待した醜聞がある娘と結婚しては、家の恥になる」
持てる者である貴族は、弱者を守ることが美徳とされていた。
とくに貴族の女性であれば、慈善活動は義務のようなものだ。
実際には貴族が平民を搾取していることは多々あり、貴族の横暴に泣き寝入りしている平民は大勢いる。
しかし実際はどうあれ、貴族であれば表向きには、寛大で慈愛に満ちている態度を示さなければならない。
それゆえ慈善家は称賛され、逆に罪のない平民を虐待したとあらば卑しいと嘲笑される。
「さらに君は、巫女でありながら、薬草園の仕事もおそろかにしていただろう。君が薬草の世話をさぼっていると知っていたら、私は君を夜会に誘ったりしなかった」
黄金世代の巫女たちの収穫量が半減したことは、ポーション飢饉と言われる騒動とともに世間に知れ渡っていた。
そのため巫女をエスコートして、夜会やサロンに顔を出していた婚約者の令息たちは、堕落した巫女たちの怠惰に同調していたと失笑されることとなった。
「よくも私に恥をかかせてくれたな」
「誤解です!」
「何が誤解だ。収穫量を見れば君が怠けていたことは明らかだ」
「猛暑のせいなんです」
「言い訳は結構」
キースは、憎々し気にシェイラを睨みつけると言った。
「君のような怠惰な女とは結婚できない。婚約は破棄する」
「待ってください、誤解なんです! 話を聞いてください!」
「黄金世代の巫女たちが堕落して、怠けていたことは周知の事実だ。今更君の話を聞く必要などない」
「お願いです……」
シェイラは泣きながら懇願した。
「キース様、私の話を聞いてください! みんな誤解しているんです!」
「聞く価値がない」
「ちゃんと説明します!」
「では、まず、フィリップ王子殿下やスタイン公爵をはじめとする皆に説明をしたまえ。皆が君の説明に納得したら、私も君の言い分を認めてやろう」
「そ、そんな……」
「フィリップ王子殿下やスタイン公爵が、君の説得に応じて、誤解だったと認めたなら、私も誤解だったと認めざるを得ない」
「そんなの無理です!」
「では話は終わりだ」
キースは話を締めくくった。
「醜聞まみれの君とは結婚できない。婚約は破棄だ」
◆
「ナタリア、君との婚約は解消する」
黄金世代の巫女ナタリアもまた、婚約者であるヒューズ侯爵令息サミュエル・ヒューズに婚約破棄をつきつけられた。
「そ、そんな! 心無い噂があることは存じておりますが、私は無実です!」
「神官長から直接話を聞いた」
「……!」
「君は平民の巫女の少女の悪口を言い、追い出したそうだな。平民いじめに熱中して、薬草畑の世話をさぼり、ずっと怠けていたというじゃないか」
「怠けてなんかいません」
「収穫量が減ったことが怠けていた証拠だ」
「それは猛暑のせいです。今年は猛暑で薬草が育たなかったんです」
「それはどうかな? 収穫量が落ちていない畑もあったぞ?」
サミュエルは、ナタリアを見下すような薄い笑みを浮かべた。
「悪天候のせいなら等しく収穫量が落ちるはずだ。しかし収穫量の落ちていない畑もある」
収穫量が落ちていない畑とは、平民の巫女たちの畑のことだった。
平民の巫女たちはルネに手伝わせていなかったので、収穫量の倍増もなければ半減もなく、今年も一定の収穫量をあげていた。
「どうしてこんなに差が出ているんだ? 君の収穫量が大幅に減ったのは、仕事をさぼっていたからだろう」
嫌そうに眉を歪めると、吐き捨てるようにサミュエルは言った。
「夜会で君をエスコートしていた私は、良い笑いものだ。巫女を堕落させた悪童だとね。もう君には関わりたくない」
「そ、そんな……、酷いです……!」
ナタリアは泣いて哀願した。
「私は頑張ったのに……!」
「仮に君が頑張っていたとして、それが何だと言うんだ?」
サミュエルはナタリアに冷たい目を向けて言った。
「頑張っただけで褒められるのは幼い子供だけだ。結果が出せなければ意味がない」
サミュエルはお道化るように肩をすぼめてみせた。
「たかが男爵家の、しかも悪評のある娘が、侯爵家に嫁入りできるわけがないだろう」
「そ、そんな言い方、酷いです……!」
「事実だ。君は、身分の低い男爵家の出身で、才能があるわけでも容姿が優れているわけでもない。薬草園の巫女としての功績が君の唯一の取り柄だった。しかしそれが失われた。取り柄が無くなったばかりか、仕事をさぼって平民をいじめていた傲慢で怠惰な娘だという悪評までついた」
「それは意地悪な人たちの言いがかりです。私は平民をいじめていません。仕事もさぼっていません!」
「悪評が言いがかりだというなら、自分で悪評を払拭すればいいだろう」
「そ、そんな……無理です! うちは男爵家だもの! 助けてください!」
「我が侯爵家の力を、ただで借りようというのか?」
「弱者を助けるのは貴族の義務じゃないですか! 助けてください!」
「君は何を言っているんだ」
ヒューズ侯爵令息は真顔で言った。
「弱者である平民をいたぶったのは、君じゃないか」
「ち、ちが……!」
「弱者をいたぶるような卑しい君の味方をしたら、私の評判が落ちる。君とはもう関わりたくない」
「た、助けてください……!」
「嫌だね」
懇願するナタリアをサミュエルは冷たくあしらった。
「ナタリア、君の下卑た趣味には呆れる。君は弱者をいたぶって遊んだのだ。遊んだ分は自分で支払うのが道理だろう」
「私はそんなことしていません!」
「それは私にではなく、世間に向けて言うんだな」
「サミュエル様! 信じてください!」
目をうるうると潤ませてナタリアは哀願したが、サミュエルは面倒臭そうに言った。
「君は、平民をいたぶって遊んでおきながら、後始末を私に擦り付けようというのか。反吐が出る」
サミュエルは吐き捨てるようにそう言うと、事務的に告げた。
「君との婚約は解消する」
「嫌です!」
「ではこちらから破棄する。婚約破棄だ」




