83話 初代聖女
「ポリーさんは聖女になりたくて神殿で働いていたんですか?」
私がそう質問すると、ポリーさんは悪びれずに答えました。
「そうよ」
私は神殿にいたときは、平民の巫女たちがどうして神殿に来たのかなんて考えたことがありませんでした。
ですが、その後、神殿を出て市井のことを学んでいくうちに、疑問が膨らみました。
市井にはお給金を貰える仕事がたくさんあるのに、どうして平民の巫女たちは神殿でただ働きをしていたのかと。
「実力があれば聖女になれるかもって、思っていたのよ」
ポリーさんは自嘲するように口の端で笑いました。
「聖女は貴族と同等の身分でしょう? 実力で聖女になって貴族になるっていう、そういう夢を見たのよ」
「聖女になれるのは貴族だけって、知られていないんですか?」
私がそう尋ねると、ポリーさんは大きく頷きました。
「知らなかったわ。神殿に入ったら解ったけれど。平民は、神殿の組織がどうなっているかなんて知らないからね。魔力が強い順に位がもらえると思ったのよ。だって、初代聖女様は平民だったもの」
「え?!」
私は驚きました。
「平民の聖女がいたんですか?!」
「初代の話を知らないの? 有名な昔話よ。そもそも神殿に聖女という位が作られたのは、平民の光魔法使いだった初代聖女様のためだったんだから」
「そうなんですか!」
「初代の後も、平民の聖女が続いたのよ。今は貴族の聖女しかいないけれど。それは今、たまたま貴族の聖女が続いているんだと思っていた。まさか貴族しかなれないなんて、思っていなかったわ……」
◆
「ポリーさん、差支えなければ夕食を一緒にいかがですか」
ニーナがポリーさんを夕食に誘いました。
「ルネと積もる話もあるでしょうし……。私もお話が聞きたいです」
「ご迷惑ではありませんか?」
「全然大丈夫です。私もルネも朝早くから別のお店に行くので、ポリーさんとお話するなら夜しか時間がとれないんです」
「では、お言葉に甘えて……」
私とニーナはポリーさんを厨房に案内しました。
この薬屋の建物では、厨房が食堂を兼ねています。
「どうぞ、座っていてください」
ニーナはポリーさんに食卓の椅子をすすめました。
そして夕食の用意にとりかかりました。
私もニーナをお手伝いします。
とはいえ、私に出来るお手伝いは微々たるものです。
「ルネ、お鍋のお願い」
「はーい。……解除!」
鍋に掛けていた結界魔術を、私は解除しました。
鍋の中にはニーナが作り置きしていたスープが入っています。
私のその作業を見てポリーさんが叫びました。
「ちょ、ちょっと、ちょっと! 何してるの?!」
「結界魔術の解除です」
「それは解るけど! どうしてここで結界魔術なんて使っているの?! なんで……?!」
ポリーさんは、はっと気付いたような顔で、調理台や整理棚を素早く見回しました。
「え? え? あちこちに結界がある?!」
結界魔術は、魔獣の侵入などを防ぐために使われている術です。
野外の戦闘で使われている防御の魔術です。
そんな術を厨房で使っていたからポリーさんは驚いたのでしょう。
「食品を保存するため結界魔術を使っているんです」
「は?」
面食らっているポリーさんに私は自信満々に説明しました。
結界魔術のこの使い方は大発見だと思うので、大いに自信があったのです。
「結界魔術で隙間なく覆うと食品が傷まないので、保存ができるんです」
「ほ、保存……? 結界で……?」
ポリーさんは放心したような顔をして言いました。
「ルネ、貴女はやっぱり天才よ……」
◆
夕食の準備が出来ました。
「女神様に感謝を」
私とニーナとローナさんと、そしてポリーさんは、祈りを捧げると、夕食を食べ始めました。
「美味しい!」
ポリーさんが、ニーナの料理の味に驚いています。
そしてポリーさんは一心不乱に食べ始めました。
(ポリーさんも魔法使いだものね)
ポリーさんがニーナのお料理に夢中になってしまったので、話しをするどころではなくなりました。
◆
――翌日。
私とニーナは、いつものように朝に市場に行き、そしてカフェハウスに行きました。
そしてカフェハウスの一日の営業を終えると、薬屋に帰宅しました。
「ただいま、お婆ちゃん」
「ただいま戻りました。あ、ポリーさん、こんばんは」
新しくこの店の薬師になったポリーさんが、まだ薬屋の売り場にいたので、私は挨拶をしました。
するとローナさんが言いました。
「ニーナ、ルネ、改めて紹介するよ。メイドのポリーだ」
「え?」
「メイド?」
私とニーナは、ローナさんが何を言っているのか解らなくて首を傾げました。
(ポリーさんはメイドじゃなくて薬師だよね?)
面食らっている私とニーナに、ローナさんが説明しました。
「ポリーがメイドの仕事もしてくれることになった」
「え?!」
「ええ?!」
ますます混乱している私とニーナに、ポリーさんはにっこり微笑みました。
「ニーナさんのお料理が忘れられなくて。それで、作り方を教えてもらえたらって思ったんです。そしたら、メイドの募集をしているという話を聞いて。メイドになれば、ニーナさんにお料理も教えてもらえる機会があるかなって思ったんです」
ポリーさんがニーナを前にしてモジモジしながらそう言うと、ローナさんもニーナに言いました。
「そういうわけだから、ニーナ、手が空いたときに作り方を教えてやっておくれ」
「う、うん。それは良いけど……」
(ニーナのお料理はやっぱり凄い!)
魔法使いを次々と虜にするニーナのお料理の戦闘力に、私は感心しました。
◆
ポリーさんはメイド兼薬師として、この薬屋に住み込みで働くことになりました。
薬屋の手伝いをしながら家事をするというのは、今までニーナがやっていた仕事でした。
「ルネは、神殿がどうなったか聞いてる?」
夕食の片づけを終えた後、花茶を飲みながらおしゃべりをする時間。
ポリーさんが私に言いました。
「ルネが抜けた後、ボロボロになっているみたいね」
それはそうでしょうね。
私がお手伝いしていた分が消えたのですから。
「神殿のポーションの生産量が減ったことは知っています」
「そうそう、それで、黄金世代の巫女たちは堕落したとか、神殿の地下には秘密の地下牢があるとか、色々噂が立っているわ」
「秘密の地下牢?」
中央神殿にそんなものは無い、と思います。
「そう、神殿に地下牢があって、そこには大勢の光魔法使いが囚われていたっていう噂が立っているの」
ポリーさんは面白そうに笑いました。
「ルネがやっていた仕事は、一人分の仕事じゃなかったもの。ポーション飢饉になったのは、強制労働させられていた大勢の光魔法使いが脱走したからっていう名推理よ」




