78話 スタイン公爵夫人の提案
――カフェハウスの定休日。
私たちはスタイン公爵邸を訪問することになっていました。
スタイン公爵夫人と話をするためです。
「妹たち、兄が迎えに来たよ」
ホバート様が馬車で迎えに来てくれました。
私とニーナは、持っている服の中で一番良い服を着てスタイン公爵邸へと向かいました。
「ようこそ、妹ちゃんたち」
スタイン公爵邸の玄関で、スタイン公爵夫人が私たちを迎えてくれました。
公爵夫人の後ろには使用人たちがずらりと並んで控えています。
(さすがは公爵家の使用人だわ)
使用人たちの服のほうが、私とニーナの服よりはるかに上等の服でした。
◆
私たちはシャンデリアがぶら下がっている豪華な部屋に通されました。
「どうぞ、掛けてちょうだい」
「は、はい……」
スタイン公爵夫人にソファをすすめられました。
私とニーナは少し緊張しながら、ふかふかのソファに座りました。
スタイン公爵夫人とホバート様は、私たちと向い合って座りました。
給仕が鮮やかな手さばきでポットのお茶をカップに注ぎ、お皿に乗ったお茶のカップを私とニーナの前に置きました。
「どうぞお茶を召し上がって」
「ありがとうございます」
私とニーナは勧められるままにカップのお茶に手を付けました。
(良い香り……)
私たちが普段口にしている香草茶や花茶とは違う、香り高いお茶でした。
(きっと銅貨では買えない高級なお茶よね)
「さっそく本題に入りましょう」
スタイン公爵夫人は話し始めました。
「平民向けのお店にしたいというアイディアはとても面白いと思ったの。でも、ちぐはぐよね」
何がちぐはぐなのか見当がつかなかったので、私はスタイン公爵夫人に問い返しました。
「ちぐはぐでしょうか?」
「ええ、そうよ。だって貴族が満足できるようなお料理を出しているのに、平民向けだなんて、ちぐはぐよ」
スタイン公爵夫人は面白そうに笑いました。
「あの日、私が見た限りだけど、身分のあるお客しかいなかったのではなくて。平民のお客が来ることもあるの?」
「……!」
魔法士さんたちは魔法士爵ですので、平民ではありません。
(リロイ様は公爵の甥。ホバート様は公爵家の嫡子。騎士団のエリオット様とダレス様は、騎士爵。みんな平民ではないわ)
平民のお客さんが来ていないことに初めて気付きました。
(ネヴィルさんの提案で、お金持ちに的を絞った値段にしたからかしら。いいえ、値段を上げる前はお客さんが誰も来なかったわ。平民もお金持ちも誰も来ていなかった……。あ、ネヴィルさんは平民だわ!)
「平民の方もいらっしゃいました」
「どんな平民が来たの?」
スタイン公爵夫人の質問に、私は自信を持って答えました。
ちゃんと平民のお客さんも来ていたと言う自信を持って。
「マゼラン商会のネヴィル・マゼランさんが来ました」
「マゼランという姓なら、マゼラン商会の会長の親族かしら?」
「はい。マゼラン会長の甥だと聞いています」
「マゼラン一族は富豪よ。爵位は持っていないけれどただの平民ではないわ」
ただの平民ではないことは解ります。
商人の王様のようなマゼラン商会の人ですから。
でも、只者じゃなくても身分は平民なのだから、平民ですよね。
と、そう思ったのですが、あっさり裏切られました。
「マゼラン会長本人は平民だけど親族には貴族がいるのよ。マゼラン一族は、貴族とも婚姻を結んでいるから」
「……」
(商人の王様は、家族が貴族だったのね……)
スタイン公爵夫人はにこにこと微笑んで言いました。
「平民のお客はいなかったようね」
「はい……」
私は何か失敗をしたような少し残念な気分になりました。
「恐れ入ります、スタイン公爵夫人」
それまで黙っていたニーナがスタイン公爵夫人に言いました。
「カフェハウスのメニューは、裕福な平民に的を絞り料金を設定しています。今はまだ身分のある方々しかいらしていませんが、これから店が有名になれば、平民のお客もきっと増えると思っています」
ニーナの説明に、スタイン公爵夫人は目を輝かせて質問を投げました。
「どうやってお店を有名にするのかしら?」
「……営業を続ければ、徐々に店の名は広まるのではないかと……」
ニーナは先程よりも、少し自信がなさそうに答えました。
スタイン公爵夫人は怪しく微笑みました。
「私がお手伝いするわ。貴族の間で流行すれば、平民にも流行するわ。私が流行を作ってあげる」
(カフェハウスに貴族が大勢来るってこと?)
私が知っている貴族は……。
平民とは違う上等の服を着て、呼吸するように身分をふりかざす人々です。
そして公爵夫人のお友達なら貴族の中でも上位の貴族たちでしょう。
(余計に平民が入り難いお店になっちゃう。ちゃんと断らなきゃ!)
「ありがたいお話ですが遠慮させていただきます」
「あら、どうして?」
「貴族が大勢来たら、余計に平民が入り難くなってしまうと思うからです」
私がそう言うと、スタイン公爵夫人はにこにこの笑顔を浮かべました。
「解るわぁ。そうよねぇ。私もそう思うのよ。だから、ねぇ……」
スタイン公爵夫人は目をキラキラと輝かせてわくわく顔で言いました。
「貴族の入店禁止にしたら良いと思うの」
「え?」
貴族たちの間で流行させるなら、カフェハウスに貴族が来ると思ったのですが。
貴族の入店禁止とは、意味が解りません。
「どういうことですか?」
「貴族は庶民の仮装をして、身分を隠して行くの。庶民の仮装をしていない貴族は入店禁止よ! これは絶対に流行ると思うの!」
スタイン公爵夫人は楽しそうにそう言い、傍らのホバート様を振り返りました。
「だからボブちゃんも庶民に仮装するのよ?」




