77話 皿洗いの聖女
「まずは洗い物からだね」
カフェハウスのその日の営業を終えた後。
厨房の洗い場に山になっている使用済みのカップやお皿を前にして、ニーナが腕まくりをしました。
今日の営業中は、私は給仕で忙しく、ニーナは料理で忙しかったので、洗い物が溜まってしまったのです。
「待って、ニーナ。ちょっと試したいことがあるんだ」
私は思い付いたことがあって、ニーナに言いました。
「何?」
「光魔法で浄化できるかなって」
「え……?」
ニーナは訝し気に眉を寄せました。
私は洗い桶に水を溜めると、桶の水の中に汚れたお皿を一枚沈めました。
そして聖句を唱えながら、浄化の術を洗い桶の水に放ちました。
「生命の根源たる水よ、清らかなれ!」
――パアァァ!
光魔法の黄金の光が弾け、洗い桶の中の水が浄化されました。
水に沈めたお皿の汚れも一緒に。
「出来た!」
私の思い付きは成功しました。
「光魔法でお皿が洗えるの?!」
ニーナが目を丸くして驚きを叫びました。
私は実験の内容を説明しました。
「光魔法でお皿は洗えないよ。でも水の浄化が出来るんだよ。だから汚れたお皿を水に入れたら、水の浄化と一緒にお皿の汚れも浄化できるかなって思ったの。もしかしたらお皿も浄化されて一緒に消えちゃうかなって思ったけど。お皿は消えなかった。成功だよ」
浄化の魔術を応用した思い付きが成功して、私の気分が上がりました。
「この方法でじゃんじゃん浄化するよ! 洗い物は私に任せて!」
「さ、さすがはアレキサンドライト様……!」
ニーナは驚きの表情のまま固まっていましたが、私は浄化の魔術で皿洗いを始めました。
私が光魔法を乱発して皿洗いをする様子を、茫然と眺めていたニーナは、難しい顔をして呻くように言いました。
「凄く、光魔法の無駄遣いをしている気がする……」
◆
「スタイン公爵夫人は何を思い付いたのかな」
浄化の魔術で一気に洗い物を終えた私は、木の実をすりつぶす作業をしながらニーナとおしゃべりをしていました。
この木の実の粉でクッキーやビスケットが香ばしくなるのです。
「私たちの目的もかなうって言ってたから、それほど無茶な要求じゃないと思うけれど……」
明日の料理の仕込みをしながらニーナが言いました。
「ホバート様のお母様だからね。何か吃驚するアイディアかも?」
「そうだよね。ホバート様のお母様だもんね」
ホバート様はとても親切で良い人なのですが、考え方がとても風変りです。
「でも、手が足りていないっていうスタイン公爵夫人の意見は正しいんだよね」
ニーナは思案気な表情で言いました。
「一昨日まではお客さんがほとんど来なかったから、二人で暇してたけど。昨日からお客さんが増えて急に忙しくなったから、手が足りなくなった」
「そうだね。魔法士さんたちは明日も来そうだもんね」
私が予想を口に出すと、ニーナは大きく頷きました。
「魔法士さんたちはきっと来るよ。ホバート様の昼食の予約もある。明日もきっと忙しくなる。今日みたいな日が続くなら人手が足りないよ。厨房の下働きと、給仕は必要だよ。……最強の給仕はいるけど。……皿洗いの聖女もいるけど」
「明日も私が身体強化して頑張るよ。皿洗いも任せて」
身体強化すれば給仕の仕事もラクチンです。
浄化の魔術を使えば皿洗いも一瞬です。
「どうかと思うのよ……」
ニーナは引きつるような微妙な笑顔で言いました。
「そんなことを毎日続けていたら、ルネはまた魔力欠乏になるよ」
「身体強化や浄化の魔術くらいなら平気だよ」
私は大丈夫なことを伝えたのですが、ニーナは苦笑いをしました。
「ルネが無茶な魔法の使い方をしなくても続けられるように、ちゃんと人を雇って作業を分担したほうが良いと思う。手が足りなかったら、普通は魔法を使うんじゃなくて人を雇うんだよ。流行ってる茶房は大抵、給仕が何人かいるよ」
「……!」
たしかに、お洒落な茶房には給仕の女性が何人もいました。
きっと厨房にも何人かいるのでしょう。
「スタイン公爵夫人が紹介してくれる従業員なら身元が確かな人だろうから、会ってみて、良い人そうだったら雇っても良いかも。今の売り上げなら人を雇う余裕はあるでしょ」
「うん。雇えるね」
マゼラン商会のネヴィルさんの助言で料理の値段を高額に改定した後に、魔法士さんたちが大勢来たので、売り上げが凄いことになっていました。
魔法士さんたちが来るようになったのは、ネヴィルさんが宮廷魔術師のリロイ様にカフェハウスを宣伝してくださったことが切欠です。
「売上が増えたのは、ネヴィルさんのアドバイスと宣伝のおかげだね。全然お客さんが来なかったのに、あれからたった三日で大繁盛だもの。ネヴィルさんは天才商人だね」
私がそう言うと、ニーナは難しい顔をしながら頷きました。
「ネヴィルさんみたいな人が本当の錬金術師かも……」
◆
私たちが薬屋へ帰ったのは、日がとっぷりと暮れた後でした。
「おかえり。今日も遅かったね」
そう言ったローナさんに、ニーナが説明しました。
「今日もお客さんが大勢来たんだ」
「ふうん……」
ローナさんは少し考えるような顔をすると言いました。
「ニーナが茶房の仕事で忙しくなるなら、うちも雑役メイドを雇ったほうが良いかね。家事と両立じゃニーナも大変だろう」
「うん。家事をやってもらえたらラクかも」
薬屋の日常が少しずつ変わり始めていました。




