76話 スタイン公爵夫人の要求
「ニワトコの花のチーズケーキと、カフェです」
私はホバート様たちのテーブルにデザートとカフェを運びました。
昼食の最後のメニューです。
(ご満足していただけたかな)
チーズケーキを上品に貪るスタイン公爵夫人の様子に、私は手ごたえを感じました。
「……!」
ホバート様とスタイン公爵夫人がこちらを振り向きました。
ホバート様が軽く手を上げて合図をしました。
「はい!」
私はすぐにホバート様のテーブルに向かいました。
身体強化した足で。
――すすすす!
「何かご用でしょうか」
「妹ちゃん」
スタイン公爵夫人が笑顔で言いました。
「料理長を呼んでくださる? お礼が言いたいわ。それから少しお話もしたいの」
◆
「料理人のニーナです」
ニーナがスタイン公爵夫人の前に立ちました。
スタイン公爵夫人は笑顔でニーナの料理を褒め称えました。
「とても美味しいお料理でした」
「ありがとうございます!」
「ニーナさん、我がスタイン公爵家の厨房で働いてみない?」
「え……?!」
ニーナはふいを突かれたような、はっとした表情を浮かべました。
そのときの私は知らなかったのですが、料理人にとっては凄く良い話だったようです。
料理人にとって国で最高峰の職場は王宮で、公爵家は王宮の次に上等な職場でした。
公爵家の厨房は、料理人の精鋭たちの職場なのです。
自分の店を持つにしても、公爵家の料理人だった経歴はとても有利に働くらしく、王都には『元公爵家の料理人の店』という看板を掲げているレストランもあります。
「……大変ありがたいお話ですが……遠慮させていただきます。私はこの店で働きたいのです」
ニーナは少し考えるような顔をして、そう答えました。
ニーナはエリート料理人への道を捨てて、私の店を手伝う選択をしてくれたのですが、そのときの私はその価値を解っていませんでした。
「そう……?」
スタイン公爵夫人は少しつまらなそうな顔をしました。
「残念だわ」
「母上、私が言った通りだったでしょう」
ホバート様が何故か得意気に言いました。
「彼女たちは、この店を趣味で経営しているのです。高等遊民なのです」
(高等遊民?)
ホバート様の言うことはちょっと解りませんでした。
スタイン公爵夫人は少し考えるような顔をすると、私とニーナに言いました。
「妹ちゃんたちは、たった二人でこのお店をやっているのよね」
「はい」
今度は私が答えました。
「私が店主で、ニーナが料理人です」
「従業員を増やしなさい。妹ちゃんは、何やら魔術を使って、一人で給仕をしているようだけれど……」
スタイン公爵夫人は面白そうにしながら、私に言いました。
「給仕が一人しかいないから手が足りなくて魔術を使っているのよね。このくらいの店舗ならば給仕は二、三人は必要よ。厨房も手が足りていないのではなくて?」
スタイン公爵夫人は私とニーナを交互に見て言いました。
「私が従業員を見繕ってあげます。給仕と、厨房の下働きを雇いなさい。従業員の給金はスタイン公爵家が持つわ」
「え……、スタイン公爵家が?」
「ええ、我が家が世話するわ」
「どうして、そこまでしてくださるのですか?」
私のその問いに、スタイン公爵夫人は優雅に微笑みました。
「私はこの店をお友達に紹介したいの。私が紹介したら、きっとお客が増えるわ。そしたら手が足りなくなるでしょう。だから先手を打っておきたいの。お友達をがっかりさせたくないもの」
(スタイン公爵夫人のお友達って、貴族の方々かしら)
庶民的な内装で、簡素な木製のテーブルと椅子が並ぶこのカフェハウスに。
公爵夫人のお友達の貴族のお客さんたちが大勢来るのでしょうか……?
どんなことになるのか想像が難しいです。
私が戸惑っていると、スタイン公爵夫人は更に言いました。
「それに、お料理の値段が安すぎるのではないかしら。ここのお料理は間違いなく特別なお料理なのだから、相応の値段にすべきよ」
スタイン公爵夫人はにっこりと微笑みました。
「……」
スタイン公爵夫人の圧のある笑顔に、聖女セラフィナ様の笑顔を思い出しました。
相手が自分に逆らうなんて微塵も思っていない人の笑顔です。
(自分の考えをちゃんと言わなきゃ……!)
私は、いつかジルさんがカフェを飲みに来てくれることを願って、このカフェハウスを開店しました。
ジルさんは金貨をたくさん持っていましたが平民でしたので、貴族向けのお店にするわけにはいきません。
スタイン公爵夫人の笑顔の圧に押されそうになる自分を叱咤して、私は自分の考えを言いました。
「申し訳ございません、スタイン公爵夫人。私はこのお店は、平民向けに営業したいのです。だから平民が支払える範囲の値段にしたいのです」
「あら、まあ……」
スタイン公爵夫人は軽く驚いたように目を見開くと、私に問い掛けました。
「平民向けに営業することは、公爵家の後ろ盾より大切なものかしら」
「はい」
私はスタイン公爵夫人を正面から見据えて答えました。
「このカフェハウスは目的があって始めました。目的と違うことをすると、このお店を営業する意味がなくなってしまうのです」
「妹ちゃんの目的って、なあに?」
「カフェがある茶房をやりたかったんです。カフェが好きな人が来てくれるように」
「私の目的もルネと同じです」
ニーナが加勢してくれました。
「私はここで、ルネの目的を手伝うために料理をしています」
私たち二人の言葉に、スタイン公爵夫人は気分を害した様子はなく、むしろ目を輝かせました。
「面白いわぁ」
(怒らないんだ……?)
神殿では、セラフィナ様も貴族の巫女たちも、私が命令に従わないと不愉快そうな顔をしましたが。
スタイン公爵夫人は楽しそうです……。
ホバート様と同じく、得体が知れないものを感じました。
(さすがはホバート様のお母様だわ。訳が解らない……)
「妹ちゃんたち、一度ゆっくり、私とお話をしましょう。妹ちゃんたちの目的がかなって、私も楽しめる、面白いことを思いついてしまったの」
スタイン公爵夫人は怪しく微笑みました。
「母上、おかしな真似は控えてくださいね」
ホバート様が嫌そうな顔をして、スタイン公爵夫人に苦言を呈しました。
「至高のポーションは世界の宝。妹たちは母上がオモチャにして良い相手ではないのです」
「まあ、ボブちゃんったら、妹ちゃんたちの心配をしているのね。すっかりお兄ちゃんになったわね」
「その呼び方は、外ではやめてくださいと何度も言っているでしょう」
楽しそうなスタイン公爵夫人と、不機嫌そうなホバート様は言い合いを始めました。




