75話 スタイン公爵夫人の来店
「追加注文を頼む」
「はい!」
光魔法で身体強化した私の体は羽根のように軽くなっていました。
声を上げたお客さんのテーブルに私は素早く駆け付けました。
――ひゅん!
「うお!」
「は、早い!」
(少し力が入りすぎちゃったかな)
私の強化した脚力のスピードがお客さんを驚かせてしまいました。
もう少し力を抜いたほうが良いですね。
「魔力の気配がする。その早さは何かの術かね?」
お客さんは魔法士だから魔力に敏感なのでしょうか。
私の魔術に気付いたようです。
「はい。魔術を少々」
「やはり……」
「ご注文を伺います」
「あ、ああ、ティー・ビスケットと、カフェのおかわりを」
「私は木の実のタルトとカフェを」
「かしこまりました!」
注文を伝票に追記すると、私はカウンターに戻りました。
――ひゅん!
(体が軽い。これならお客さんが大勢でもすぐに対応できるわ!)
私は軽くなった体で素早く注文の品を用意しました。
そしてお客さんを驚かせないように、力を加減した早足でテーブルに運びました。
――すすすす!
「お待たせしました!」
「早い!」
「配膳の達人か!」
◆
「妹よ、兄が来たよ」
お昼時になると、予約客のホバート様がいらっしゃいました。
「いらっしゃいませ!」
今日のホバート様は六人連れです。
ホバート様と、いつもの従者さんと、初めて見る護衛風の男性と、そして女性が三人。
(女の人がいる!)
三人の女性のうち一人は、装飾は控えめですが上等の生地のドレスを着た年齢不詳の貴婦人。
あとの二人は、貴婦人の小間使いらしき若い女性です。
男性のお客さんばかりだったこのカフェハウスに、初めて女性のお客さんがいらっしゃいました。
「あらまあ、この子はボブちゃんの妹ちゃんなの?」
貴婦人がそう言うと、ホバート様は不服そうにぎゅっと眉根を寄せて苦言を呈しました。
「母上、外ではその呼び方はやめてくださいと言っているでしょう」
「あら、ごめんなさい。ほほほ……」
ホバート様はお連れの夫人を私に紹介しました。
「ルネ、私の母スタイン公爵夫人だ」
(このお方がホバート様のお母様?!)
スタイン公爵夫人は暗金髪に青灰色の瞳で、ホバート様とは髪色も目の色も違いましたが、顔立ちは似ていました。
そして堂々とした佇まいも似ていました。
「お初にお目にかかります。店主のルネです。スタイン公爵夫人、カフェハウスへようこそ。お越しいただき光栄に存じます」
「まあ、可愛い店主さんね」
スタイン公爵夫人は優雅に微笑みました。
そしてすっと目を細めました。
「それに魔力の気配があるわ」
「はい。魔術を少々使っております」
「そうなのね。面白いわねぇ」
「テーブルにご案内いたします」
私はホバート様たちを予約席に案内しました。
◆
私はホバート様たちのテーブルにお料理を運びました。
ホバート様とスタイン公爵夫人は一つのテーブルに向かい合って座っています。
従者さんたちはもう一つのテーブルに四人で座っています。
まずはパンとスープを、ホバート様とスタイン公爵夫人のテーブルに配膳しました。
「豆と野菜のスープです」
スタイン公爵夫人は物珍しそうにスープを覗き込みました。
「これが庶民のスープなのね」
スタイン公爵夫人はスプーンを手に取ると、スープを口に運びました。
「……!」
スープを口にしたスタイン公爵夫人は驚きの表情を浮かべ、お淑やかにそして熱心にスープを口に運び始めました。
(スタイン公爵夫人はきっと、美味しくて吃驚したのよね)
私は誇らしいような気分になりながら、続けて料理を運びました。
今日はニーナは料理を用意するために厨房にかかりきりなので、私が一人で配膳しています。
「羊肉とリンゴの煮込みです」
私は主菜を運びましたが、ホバート様とスタイン公爵夫人はスープを口に運ぶことに夢中になっているようで無言でした。
(あの護衛っぽい男性と、女性の一人は魔法使いなのかしら)
ホバート様の従者さんたちのテーブルでは、四人のうち二人が料理に夢中になっていました。
護衛らしき男性と、小間使いらしき若い女性の一人です。
従者さんはいつものように和やかにお食事なさっていて、料理に夢中ではないほうの女性と時折おしゃべりしています。
「あの料理が食べたいのだが。メニューには載っていないのかね?」
魔法士さんがホバート様たちのテーブルを指して私に質問しました。
「あれは予約の特別料理なので、メニューにはないのです」
「私も食べたいのだが……」
「料理人に相談しないとお答えできないのですが……」
ニーナは厨房で今、ホバート様たちのデザートの盛り付けに大忙しなのです。
「料理人は今、手が放せない状態ですので、しばらくお待ちいただけますか」
「ふむ……」
私が魔法士さんとやり取りをしていると、背後から声がしました。
「昼食メニューは常連だけの特別料理なのだ」
(ホバート様?!)
ホバート様が珍しくお食事を中断して、席を立っていらっしゃいました。
「昼食メニューは、貴様らのような新参の客が頼める品ではない」
ホバート様は魔法士さんに挑戦的に言いました。
「身の程をわきまえるがいい」
「スタイン小公爵はこの店の常連でいらっしゃったのですか?」
「当然だ。私はこの店がオープンした初日から毎日通っているのだ」
ホバート様のその言葉に、魔法士さんたちは唸りました。
「初日から……!」
「す、すごい!」
「さすがは公爵家。すごい情報網だ」
(オープンした初日は誰も来なかったけれど……。二日目は魔王の疑いで調査されたけれど……。最初のお客さんは騎士団のエリオット様だったけれど……)
ホバート様は正確には三人目のお客様でした。
でもホバート様がいらしたとき、他にお客さんは誰もいなかったので、オープン初日だったと勘違いされても仕方ないかもしれません。
この店はオープンしてまだ数日ですから、ホバート様と魔法士さんたちの通い歴は数日しか違わないのですが。
ホバート様は堂々と言い放ちました。
「解ったか。私は貴様らとは年季が違うのだ。新参のハムスターどもは大人しくビスケットを齧っていろ」
「ぐぬぬ……」
魔法士さんたちはホバート様に羨望と嫉妬の眼差しを向けました。
ホバート様は魔法士さんたちの視線を心地よい風のように受け流しながら、涼しい顔でテーブルに戻りました。
「さすがはボブちゃんね」
スタイン公爵夫人が笑顔でホバート様を称えました。




