66話 リロイとビスケット
「いらっしゃいませ」
私は新しいお客さんの応対をしました。
新しいお客さんは、薬屋で上級ポーションを注文してくれた宮廷魔術師のリロイ様です。
(どうしてリロイ様がここに?)
薬屋で会うなら解るのですが。
リロイ様はどうしてこのカフェハウスに来たのでしょうか。
「おや? 君が何故ここに?」
リロイ様は私がここに居ることを知らなかったのか首を傾げました。
「薬屋はやめたのか?」
「製薬の仕事は続けていますが、昼間はこのカフェハウスで働いています」
「ふうん……」
「お好きな席にどうぞ」
私がそう言うと、リロイ様はカウンターの席に座りました。
「どうぞ、メニューです」
「カフェ豆茶があると聞いて来たんだが……」
リロイ様はメニューを受け取りながら言いました。
(聞いて来た?)
リロイ様は誰かに聞いてここへ来たようです。
カフェハウスの宣伝をしてくれるような人は、今のところマゼラン商会のネヴィルさんしかいません。
(ネヴィルさんが宣伝してくれた効果?)
「はい。カフェ豆茶ならあります!」
「では……。……ん?」
メニューを見ながらリロイ様は少し考えるような顔をしました。
「……この、ミルク・カフェというのは何だ?」
「カフェ豆茶にミルクと砂糖を入れたものです」
以前にエリオット様が来たときに、私が思いついたメニューです。
「なるほど。では、ふつうのカフェ豆茶と、それからティー・ビスケットをもらおうか」
「はい」
(リロイ様はカフェ豆茶の愛好家なのかしら)
カフェを知っている風のリロイ様の言葉に思案しながら、私はニーナに目で合図しました。
ニーナが得たりと、お茶請け菓子ティー・ビスケットの用意を始めました。
私は熱板で保温しているポットから、カップにカフェを注ぎました。
そしてニーナが用意してくれたティー・ビスケットと一緒にリロイ様にお出ししました。
「どうぞ。カフェ豆茶とティー・ビスケットです」
「ありがとう」
リロイ様はカップのハンドルをつまむと、カフェの香気を楽しむようにしてゆっくりと口元に運びました。
「ふむ。なかなかの味だね」
リロイ様はカフェの味を気に入ってくれたようで、笑顔でそう言いました。
「ありがとうございます」
(やっぱりリロイ様はカフェの愛好家だったのね)
カフェの苦味に動じないリロイ様の様子に、私は確信しました。
(カフェが好きな人にこの店を知ってもらえた)
同好の士を得たような気分になり、私は嬉しくなりました。
リロイ様はカフェを二口、三口飲むとカップを置き、ティー・ビスケットに手を伸ばしました。
そして、リロイ様がティー・ビスケットを齧った瞬間。
――カリッ。
「……っ!」
リロイ様の瞳孔が開きました。
――カリカリカリ……!
まるで木の実を齧るリスのように、リロイ様はすごい勢いでティー・ビスケットを食べ始めました。
「君! ティー・ビスケットのおかわりをくれ!」
あっという間にティー・ビスケットを食べ終わると、リロイ様は血相を変えておかわりを要求して来ました。
「は、はい!」
注文を受けて私が振り向くと、ニーナが得たりとティー・ビスケットをお皿に用意しました。
「どうぞ」
「うむ」
新しいティー・ビスケットのお皿を受け取ると、リロイ様はまた木の実を齧るリスのような勢いで食べ始めました。
――カリカリカリカリカリ!
(もしかしてリロイ様も魔力回路に何か問題が?)
リロイ様のティー・ビスケットを食べる勢いを見て、私はふと思いました。
「君、おかわりをくれ!」
二皿目のティー・ビスケットもあっという間に食べ終わると、リロイ様は言いました。
「それから十皿分ほど持ち帰りたい。包んでくれ。金なら出す。金貨一枚でどうだ?」
「え?! 金貨?!」
ティー・ビスケットは、バターやミルクや木の実や香草も入っていますが、ほぼ小麦粉です。
ニーナが光魔法でブレンドしていますが、ほぼ小麦粉です。
「金貨は高すぎます。銀貨二枚で大丈夫です」
「十皿で銀貨二枚は安すぎるだろう」
安すぎません。
ほぼ小麦粉ですから。
ですがリロイ様はきりっとした表情で言いました。
「金貨一枚を支払う。包んでくれたまえ」
「え、でも……」
私が戸惑っていると、テーブルの席のほうから声がしました。
「ふふふ……。少しは味が解るようだな」
テーブルの席で従者さんと一緒に、食後のカフェを飲んでいたホバート様が、ゆらりと立ち上がりました。
そして悠然とこちらに歩いて来ると、リロイ様に言いました。
「貴様の味覚に免じて良いことを教えてやろう。特別な味は、ティー・ビスケットだけと思わないことだ。他の品も味見するが良い。味覚があれば解るだろう」
「何だと?」
リロイ様は少し不愉快そうに眉を歪めて、ホバート様に対峙すると言いました。
「君、随分と偉そうだな。私が誰なのか解っているのか?」
「ふん、知らん。だが貴様こそ身の程をわきまえるが良い。私が誰なのか解っていないようだから教えてやろう」
ホバート様は堂々と言い放ちました。
「私はスタイン公爵が息子ホバート・スタインだ!」
「……っ!」
リロイ様は軽く衝撃を受けたような顔をして、膝を屈しました。
「おみそれいたしました。私はリロイ・ウィルモット。ウィルモット公爵が甥です」
(ウィルモット公爵の甥?!)
私はリロイ様の名乗りに驚きました。
リロイ様が宮廷魔術師であることは知っていましたが、公爵の甥だとは知りませんでした。
「ウィルモットか……」
ホバート様も軽く驚いたのか、それまで余裕綽々だった表情をかすかに曇らせました。
その一瞬の隙を突くように、へりくだった態度を見せていたリロイ様はきらりと目を輝かせ、更なる自己紹介をしました。
「はい。宮廷魔術師をしております」
「……っ!」
ホバート様は打撃を食らったように少し怯むと、呻くようにして言いました。
「す、少しは出来るようだな……」
(なにが『出来る』んだろう。身分かな?)
ホバート様とリロイ様の会話の意味が解らず、私は疑問符を飛ばしました。




