67話 錬金術か光魔法か
「宮廷魔術師が、どうしてこの店に来たのだ」
ホバート様が探るような眼差しでそう質問すると、リロイ様は涼しい笑顔で答えました。
「出入りの商人から、カフェを出す店が出来たと聞いてまいりました」
(やっぱりネヴィルさんが宣伝してくれたおかげだったのね)
私はリロイ様が来店した背景に確信を持ちました。
(宮廷魔術師のリロイ様はネヴィルさんのお得意様だったんだ。さすがはマゼラン商会だわ)
「マゼラン商会の男に聞いたのか?」
ネヴィルさんがこの店を宣伝すると言っていたことを、ホバート様も覚えていたのでしょう。
ホバート様がそのことを問うと、リロイ様は頷きました。
「そうです。我が家はマゼラン商会からカフェ豆を買っておりますので、その縁でこの店を教えてもらいました」
「カフェ豆を買っているなら、家でいくらでもカフェが飲めるのではないか?」
「カフェ豆茶というものは焙煎によって味が変わるのです。どんな味のカフェなのか興味がありました」
リロイ様はそう言うと皮肉っぽい微笑を口の端に浮かべました。
「薬屋の娘さんたちが居て驚きました」
「貴様も上級ポーションが目当てであの薬屋へ行ったのか」
「はい。それから……」
リロイ様は私をちらりと見ました。
「優秀な薬師をぜひ魔法塔にスカウトしたかったのです。断られてしまいましたが」
小さく肩を窄めてリロイ様がそう言うと、ホバート様は嬉々とした笑みを浮かべました。
「それは残念だったな。ちなみにこの建物の所有者は私だ。私がこの店の後援者であることを覚えておいてもらおうか」
「さすがはスタイン公爵家。薬屋のほうも御用達でしたね」
「その通り。我が家は良いものには出資を惜しまない方針でね」
ホバート様は勝ち誇るようにして胸を張りました。
「まあ、君も、この店の料理の味に価値を見出したとは感心だ。しかしティー・ビスケットばかり食べているようでは、まだまだだな」
ホバート様は挑戦的な態度で、リロイ様に向かって言いました。
「そこで思考停止するとは、宮廷魔術師の名が泣くというものだろう」
「カフェと極上のビスケット以外にも、この店には特別な品があるのですか?」
リロイ様が微笑みながら問い返すと、ホバート様は得意気な顔で頷きました。
「貴様はティー・ビスケットの味が解ったのだろう?」
「はい。非常に美味でした」
「美味の理由について考察したか?」
「この店の料理人が極めて優秀だという以外に理由があるのですか?」
「ある」
ホバート様は優位に立ったかのように自信満々に言いました。
「私はすぐに気付いた」
「……たしかに、このティー・ビスケットの美味しさは異様です」
リロイ様は考えるように首を傾げましたが、すぐに気付いたように顔を上げて言いました。
「もしや料理人は錬金術師ですか?」
「何故そうなる」
望む答えとは違ったのか、ホバート様は半目で疑問を呈しました。
リロイ様は滔々と説明しました。
「錬金術は台所で生まれたと言われています。フライパンも元は錬金術の実験器具だったという言い伝えがあるくらいです。実際、ポーションの製薬も料理に近い作業ですし、蒸留酒も錬金術の副産物です。このビスケットは、何か錬金術的な作られ方をしたのですか?」
「なかなか良い線だ。しかし、まだまだだな」
ホバート様は勝ち誇るように言いました。
「私は一口食べてすぐに解った」
「何が解ったのですか?」
「ふふふ……。貴様の味覚に免じて特別に教えてやろう」
ホバート様はもったいつけるようにして答えを言いました。
「光魔法だ」
「やはり錬金術ですか」
(ニーナのお料理って錬金術?)
リロイ様の話から私は気付きを得ました。
(ローナさんもニーナも研究をしているから魔法学者なのかな)
魔法塔にいる魔法使いたちは、魔術を研究したり魔道具を開発したりしている魔法学者です。
ローナさんやニーナがやっていることは、魔法塔の魔法学者たちがやっていることに近いような気がしました。
(ニーナの研究は、お料理の研究だけど)
「他の料理も食べてみれば解ることだ。食べてみれば解る」
ホバート様は上から見下すようにしてリロイ様に言いました。
「ふむ……」
リロイ様は笑顔でいながら、何か違うことを考えているような目をしました。
「では食べてみましょう」
そう言い、リロイ様は私を振り向きました。
「もう一度メニューを見せてくれ」
◆
リロイ様はナツメヤシのカスタード・タルトと無花果のタルトを注文なさいました。
「……!」
一口食べるとリロイ様は目を見開き、それから一心不乱にタルトを食べ始めました。
「ふふふ……。やはり味が解るようだな?」
ホバート様は、カウンターの席でタルトを食べているリロイ様の隣に座ると、リロイ様がタルトを食べている様子を満足気に眺めました。
ホバート様の従者さんが気を聞かせて、ホバート様のカフェのカップをカウンターの席に持って来ました。
「カフェのおかわりを頼む」
あっという間に二個のタルトを食べ終わったリロイ様は、カップの中のカフェを一気に飲み干して二杯目を注文なさいました。
「私もカフェのおかわりをもらおうか」
ホバート様もカフェのおかわりを注文してくださいました。
(ポットのカフェが空になるかも?!)
ポットに用意しているカフェが初めて空っぽになりそうです。
(今日はカフェが売れているわ)
ようやくカフェの店らしくポットが空になりそうで、私の気分は上がりました。
「スタイン小公爵、解りました」
リロイ様がホバート様に言いました。
「つまり錬金術ですね?」
リロイ様が真顔でそういうと、ホバート様は真っ向からそれに言い返しました。
「違う。光魔法だ」
ホバート様とリロイ様は睨み合いました。
二人とも同じことを言っている気がしたので、私はつい言ってしまいました。
「どっちも同じことじゃないですか?」
ホバート様とリロイ様はぱっと私を振り向くと、こだわりを叫びました。
「妹よ、違うのだ。こやつは何か取り違えている」
「錬金術の中に光魔法も含まれるのです。よって錬金術は光魔法ではないのです」




