64話 ダレスとカフェと闇の神官
「この値段で大丈夫かな」
今日もカフェハウスは静かです。
私はニーナと一緒にカフェを飲みながら、新しいメニューをもう一度見直しました。
マゼラン商会のネヴィルさんの提案で値段を改定したので、全ての品が値上げされているメニューです。
「大丈夫だよ。元の値段でもお客さんは来ないんだから。同じだよ」
ニーナが悟りの境地に至った僧侶のような顔で言いました。
「ネヴィルさんに宣伝してもらえるほうが見込みあると思う」
「そっか。宣伝してもらえるもんね」
「ネヴィルさんはあのマゼラン商会の人なんだから。きっとお金持ちのお得意様がいるよ」
「そうだね。マゼラン商会だもんね」
私とニーナがとりとめもないおしゃべりをしていると、入口の扉の鈴が鳴りました。
――チリン。
「……!」
お客さんです。
私はお客さんを案内するために、すぐに椅子から立ち上がりました。
「こんにちは」
「ダレス様?!」
お客さんは第二騎士団のダレス様でした。
騎士様が来るなんて、また何か事件かと思い私は尋ねました。
「な、何かありましたか?!」
「カフェを飲みに来た」
事件ではないようで、私はほっとしました。
しかもお客さんです。
閑散としているカフェハウスに、お客さんが来てくれて、私の気分は上がりました。
「お好きな席にどうぞ!」
「ありがとう。カフェを頼める?」
そう言いカウンターの席に座ったダレス様に、私は意気揚々と返事をしました。
「はい!」
でも次の瞬間、料金改定のことを思い出しました。
「……すみません、あの……実は、値上がりしたんです」
「え? いくら?」
「カフェ一杯、銀貨一枚です」
私はおずおずと値段を言いましたが、ダレス様は軽く了承しました。
「あ、そうなんだ。いいよ、いいよ」
「すみません」
「俺はこれでも一応、騎士爵だからね。銀貨くらいいつでも支払えるよ。銀貨一枚で眠気が吹っ飛ぶなら安いものさ。それに……」
私が出したカフェのカップを手に取って、ダレス様は口の端に皮肉っぽい笑みを浮かべました。
「こういう店は、値段は高くしておいたほうが良いと思う」
「え? こういう店って?」
意味が解らず私が問い返すと、ダレス様は少し困ったように眉を下げました。
「若い女の子がやってる店には、変な男が来て入り浸ったりするからね。あ、俺のことだ!」
「ダレス様は変な人ではないですよね?」
「ありがとう。一杯飲んだらすぐ帰るからね!」
ダレス様は冗談交じりに、少し怖い話を聞かせてくれました。
「お茶一杯の値段で女の子と話せるなら、夜の店に行くより安いからね。茶房なら、夜の店みたいに時間で料金が上がるわけじゃないから、女の子が目的で、お茶一杯で何時間も居座る男がいるんだ」
「え、でも、お茶を飲むだけですよね?」
「気が弱い女性は、話しかけられると相手をしてしまうから、ずっと男の話し相手をすることになる。それで毎日男が通って来て何時間も居座るから、閉店する店もあるんだよ」
「閉店?!」
「こういう茶房で変な男がずっといたら、女性のお客は来なくなるからね。売り上げにも影響する」
「あ……そういうことですか……」
変な男と聞いて、私は今までに会った悪い顔の男の人たちを思い出しました。
私が眠らせた、人攫いの男の人たちです。
ああいう男の人がお店にいたら、女の人は近付かないですね。
「お茶を飲んで話をするだけなら犯罪ではないから、迷惑行為ではあっても、騎士団に通報することはできない。迷惑な男が居座っているせいで、他のお客も来なくなる。それで経営も立ち行かなくなって閉店するんだよ」
「迷惑なお客さんを、お断りできないんですか?」
「迷惑な男を出禁にしたら、男に逆恨みされて何かされるかもしれないって、女性は怖くなるらしい。それで女店主は迷惑客に対処できずに閉店してしまうんだ」
ダレス様は小さく肩をすぼめました。
「男性の従業員がいたら良いんだけどね。女の子しかいないなら、料金を最初から高くしておくのは虫よけには良いと思うよ。料金によって出入りする客層が変わるからね」
「そうなんですか?」
「料金が高い店のほうが客層は良くなるんだよ。料金に見合う品を用意しなきゃいけないけどね」
「料金に見合う品……」
私は少し不安になりました。
私の煎れるカフェに銀貨一枚の価値があるかどうか。
「心配しなくても大丈夫だよ。目が覚める飲み物には銀貨一枚の価値があるよ」
ダレス様は気楽な調子で言いました。
「魔王の噂もそのうち消えるよ。頑張れ」
「ま、魔王の疑惑は、もう晴れましたよね……?」
私がそう尋ねるとダレス様は面白そうに笑いました。
「まだ疑っている人はいるよ。妙な臭いがする店で、人の出入りがほとんどなくて静まり返っていたら、そりゃ怪しまれるよ」
「……」
「魔王がいるって通報があって、行ってみたら、闇の神官ちゃんがいるんだもんな。あのときはどうしようかと思ったよ」
「……っ!」
(バレてる?!)
私がかつて光魔法で悪い人を倒したとき。
そのときの私の目の下にはクマがあったので、その残念な見た目のせいで闇の神官だという噂を立てられてしまいました。
噂の闇の神官の正体が私だということを知っているなら、ダレス様は私が王都で二十三人の悪い人を倒したことも知っているということになります。
「や、闇の神官がいるって、どういうことですか?」
私はとぼけて質問してみました。
「大丈夫だよ。言わないから。目の下のクマ、消えて良かったね」
ダレス様は完全に知っています。
「ど、どうして知っているんですか?!」
「どうしてって、これでも一応騎士団で働いているんだから知っているよ。事情聴収したからね。闇の神官ちゃんに倒された犯罪者たちはみんな、目の下にクマがある少女にやられたって言ってたよ。それに俺、君を宿屋に案内したときに、君の顔を見ていたからね。ピンと来たよ」




