63話 料金改定
「どうして値段を高くするんですか?」
下町に集まる人々はあまり裕福ではないから、下町で高級品を売っても売れないということは解りました。
でも、値段が高いから売れないのに、売れるようにするために値段をさらに高くするというのは、さっぱり理由が解りません。
私の質問にネヴィルさんは含みのある笑顔で答えました。
「下町に集まる人々は、カフェ一杯より安いお茶を五杯飲むほうを選ぶでしょう。そういう人たちにカフェは売れません。だから、カフェを売りたいなら、カフェを注文できる裕福な人たちにターゲットを絞るんです。裕福な人たちを対象にした店にして、値段もそれに合わせるんです」
「で、でも、下町にお金持ちは来ないのでは?」
「カフェ豆を買いに来る方々に、私がこの店のことを紹介します。カフェ好きの方々なら興味を持つでしょう」
「宣伝してくれるんですか?!」
「はい」
ネヴィルさんはにっこりと微笑みました。
(良い人だわ!)
私はネヴィルさんの親切に感動しました。
しかし……。
「待ちたまえ!」
それまでテーブルの席で食後のカフェを飲んでいたホバート様が、声を上げると、こちらにつかつかと歩いて来ました。
そしてネヴィルさんを胡散臭そうに見ながら言いました。
「君は何を企んでいる?」
ネヴィルさんは眼鏡の奥の鋭い視線でホバート様を見ると、瞬時に席から立ち上がりました。
そしてホバート様に恭しく礼をとって自己紹介をしました。
「私はマゼラン商会の者です。ネヴィル・マゼランと申します。以後お見知りおきを」
そんなネヴィルさんに、ホバート様は堂々と名乗りました。
「私はスタイン公爵が息子ホバート・スタインだ」
「スタイン公爵のご令息でしたか。お会いできて光栄に存じます」
愛想の良い笑顔を浮かべてそう言ったネヴィルさんに、ホバート様は探るような視線を向けました。
「君の企みを聞かせてもらおうか」
「私はカフェを売るお手伝いがしたいのです」
「それで君に何の得があるのだ」
「マゼラン商会はカフェ豆を売っています。カフェ豆茶が流行すれば、カフェ豆を売っているマゼラン商会にも利益があります」
「なるほど」
ホバート様は思案気な顔をすると言いました。
「私もこの店の品は安すぎると思っていたのだ。他にはない品なのだから、ふさわしい値段に改定すべきだ」
「ご慧眼に感服いたします」
「銅貨など、何も買えないはした金だからな。銅貨ごときで茶が飲めるのがおかしい」
(銅貨だって立派なお金なのに……)
ホバート様にお金だと思われていないらしい銅貨に、私は少し同情しました。
(茶房のお茶は銅貨があれば飲めるのに。ホバート様はいつもどんな高級なお茶を飲んでいるのかしら……)
一瞬そう疑問に思いましたが、次の瞬間、私の頭に答えが閃きました。
(あ、ホバート様が飲んでいるのは上級ポーションだったわ。一瓶のお値段は金貨一枚だわ……)
「妹よ、料金を改定するのだ」
ホバート様は私に言いました。
「私が料金を考えてやろう!」
(え?! ホバート様が料金を考えたら、すごく高くなるんじゃ?!)
貴族の中で一番爵位が高くて財産家のスタイン公爵のご令息ホバート様の基準で料金を設定されたら、公爵や王族しか支払いができなくなる気がしました。
危険を感じた私はホバート様に言いました。
「待ってください、ホバート様。あんまり値段を高くしすぎるとお客さんが誰も来なくなってしまいます」
「安心するが良い」
ホバート様は良い笑顔を浮かべて言いました。
「私はこれからもここへ来るのだから売り上げがなくなることはない。それに値段を上げて下々の者が入れないよう敷居を高くしたほうが、店の雰囲気の良さも保てる」
(他のお客さんを追い払う気?! それじゃジルさんも来れなくなっちゃう!)
「ホバート様……!」
ホバート様にはご恩がたくさんありますが。
ここは、自分の意見をきちんと言わなければならないと思いました。
「わ、私は、あんまり値段を高くしたくないです。庶民でも支払いができる値段にしたいです」
「良い品は、安売りをするものではない」
「で、でも……」
私がホバート様と押し問答をしていると、しばらく静観していたネヴィルさんが意見を言いました。
「恐れ入ります。カフェ一杯、銀貨一枚でいかがでしょう。貴族の方々にはお安いお値段かと存じますが、庶民は戸惑う金額ですので店の品位も保てるかと」
銀貨一枚は、宿屋に泊まれるような値段です。
庶民でも支払える金額ですが、庶民がたった一杯のお茶のために支払う金額ではありません。
お茶一杯の値段としては、庶民感覚では高すぎる値段です。
(でもジルさんなら支払えるわ)
ジルさんは金貨をたくさん持っていたので、きっと支払えるでしょう。
高すぎる値段だとは思いますが、ホバート様はきっともっと高い値段を主張するでしょうから、ここはネヴィルさんに賛成したほうが良いと思いました。
「私も銀貨一枚が良いと思います」
「安すぎると思うが?」
ホバート様は眉を歪めて少し不機嫌そうな顔をしました。
(……!)
以前の私は、相手が不機嫌そうな顔をしたら、空気を壊さないように意見を引っこめていました。
ですが、いくら恩人であるホバート様が相手でも、ここは譲ってはいけないと思いました。
このカフェハウスの未来のために。
(私には私の都合があるんだもの!)
「私はカフェは銀貨一枚が良いと思います。高すぎるくらいです」
「ふぅむ……」
ホバート様は不服そうでしたが、しぶしぶ了承しました。
「まあカフェは、そのくらいでも良いだろう。だが食事は金貨一枚だ」
(そのくらいは良いかな……。お食事はホバート様用の特別料理で他のお客さんにお出しするものではないから……)
「はい。お食事は金貨一枚にします」
「うむ」
ホバート様は今度は満足気に頷きました。
「恐れ入ります、スタイン公爵令息、質問してよろしいでしょうか」
私たちのやり取りを見ていたネヴィルさんがホバート様に言いました。
「うむ。何用か?」
「こちらのルネさんは、スタイン公爵令息の妹君なのですか?」
「血のつながりはないが、彼女たちは私の妹分だ。彼女たちに何かあったら私が許さないからな。覚えておいてくれたまえ」
(彼女たち?!)
ニーナもホバート様の妹分になったのでしょうか。
カウンターの中で控えているニーナを振り返ると、ニーナも驚いているのか、吃驚顔で、私に首をかしげて見せました。
◆
「ニーナもホバート様の妹分になったみたいね」
ホバート様とネヴィル様がお帰りになり、再び店の中に静寂が戻ると、私はニーナとおしゃべりをしました。
「そうみたいね」
謎と向き合っているような微妙な表情でニーナは言いました。
「光魔法料理が作れるとホバート様の妹になるのね」
「私は上級ポーションが作れるから妹になったよ」
「光魔法がとてもお好きなのね」




