62話 ネヴィルの提案
「さあ、料理を出したまえ!」
「は、はい……」
ホバート様にニーナのお料理を出すことになりました。
「どうぞ、豆と野菜のスープです」
それは店で売るための料理ではなく、私たちの昼食のためにニーナが作ったスープでした。
私の光魔法で保存ができるので、作り置きされていたものです。
「ふむ、これが庶民のスープか」
ニーナが出した素朴なスープを、ホバート様は物珍しそうに観察しました。
ニーナの料理が絶品だということを私は知っています。
ですがそれと同時に、神殿で貴族と付き合いがあった私は、ニーナの料理が貴族の食事に比べたら質素であることも知っています。
(だ、大丈夫かな……)
庶民的な料理にホバート様がどんな感想を持つのか、私は少しはらはらしながら見守りました。
ホバート様はゆったりとした上品な所作で、スプーンでスープをすくって口に運びました。
「……!」
スープを口にしたホバート様は、瞬間、目を見開き、瞳孔も開きました。
「美味だ!」
ホバート様はそう感想を叫ぶと、一心不乱にスープを口に運び始めました。
そしてあっという間にスープを飲み終えました。
「気に入った。良い光魔法だ」
ホバート様は良い笑顔で光魔法の感想を述べると、ニーナに問い掛けました。
「明日もこのスープを出せるか?」
「は、はい。お出しできます」
「他にも料理はあるか?」
「あります。でも……」
ニーナは少し不安そうにして言いました。
「私はこういった庶民的なお料理しか作れません。それでよろしいのでしょうか」
「良いとも。君の料理は絶品だ」
ホバート様は尊大な態度で言いました。
「君の料理の腕を、このホバート・スタインが認めたのだ。誇るが良い」
「あ、ありがとうございます!」
「明日の昼食を予約できるか?」
「はい!」
(ホバート様、明日も来てくれるんだ?)
ホバート様が明日も来てくれることは嬉しいです。
お客さんが全然来ないので、知り合いでも大家さんでも、来てくれたら嬉しいです。
◆
「どうぞ、カフェです」
「感謝する」
ホバート様はお腹が一段落したらしく、食後にカフェを注文なさいました。
ホバート様の従者たちもです。
(今日の売り上げは凄いわ!)
たった三人のお客さんですが、カフェハウスを開店して以来、最高の売り上げを更新しています。
私が売り上げにほくほくしていると……。
――チリン。
扉の鈴が鳴りました。
(新しいお客さん?!)
私は新しいお客さんを迎えるべく、入口に向かいました。
(……!)
お客さんは眼鏡をかけた若い男性でした。
「ネヴィルさん?!」
カフェ豆を売っているマゼラン商会の店員、ネヴィルさんです。
「こんにちは。うちの料理人から、君がカフェの店を始めたと聞いてね。興味が湧いたので来てみたんだ」
「ありがとうございます!」
(今日は大繁盛だわ!)
ネヴィルさんはカフェ豆の仕入れ先の店員さんですが、お客さんには違いありません。
「お好きな席にどうぞ」
「では……」
ネヴィルさんはカウンターの席に座りました。
「メニューをどうぞ」
「ありがとう」
私が差し出したメニューを受け取ると、ネヴィルさんは眼鏡の奥の鋭い目で、メニューに視線を走らせました。
そしてメニューを見終わるとネヴィルさんは言いました。
「カフェをお願いしよう」
「はい!」
私は早速ポットに入っているカフェ豆茶をカップに注いで、ネヴィルさんに出しました。
「ふむ。とても美味しく煎れていますね」
「ありがとうございます」
「ところで……」
ネヴィルさんはカフェの感想を言うと、カップを置きました。
そして眼鏡ごしの鋭い視線で私を見据えて言いました。
「どうしてこの店を始めたのか、理由をお聞きしても良いでしょうか」
「はい」
私はネヴィルさんの質問に答えました。
「カフェのある茶房をやりたかったんです」
「ご趣味で?」
「本気です」
「本気?」
ネヴィルさんは首を傾げました。
「カフェ豆茶を売る気があったのですか?」
「はい。たくさん売りたいです」
「それなら、どうしてこんな場所にカフェの店を出したんですか。ここではカフェは売れませんよね?」
「え?!」
(売れない?! どういうこと?!)
吃驚するようなことをネヴィルさんに言われて、私は問い返しました。
「どうしてここではカフェは売れないんですか?!」
「どうしてって、ここが下町だからです。下町に集まる人たちは、高級品を買いません。高級品を売るなら裕福な人たちが集まる大通りに店を出さないと売れませんよ」
「……!」
ネヴィルさんの指摘に、私は絶句しました。
言われてみれば、その通りです。
高級品を買うのはお金持ちです。
そしてお金持ちは下町には買い物に来ません。
(だ、だから……お客さんが全然来なかったの……?)
「じゃあ……ここでお店をやっていても……」
ネヴィルさんの指摘に愕然とした私は、絶望を口にしました。
「カフェは、永遠に売れないんですか……?」
「そんなことはありません。売り方を変えれば売れます」
涼しい顔でネヴィルさんは希望を口にしました。
(ネヴィルさんはベテランの商人さんだから、売れるようにする秘策を何か知っているの?!)
「どうすれば売れますか?!」
「売る気があるのですか?」
「あります! 売りたいです!」
「では、メニューの値段の改定を提案します」
「……!」
(そっか、下町の人たちに合わせた値段にするんだ)
「もっと安くするんですね!」
私はネヴィルさんの言わんとしていることが解った気がして、先回りして答えました。
でもネヴィルさんは楽しそうに私の間違いを正しました。
「いいえ、逆です」
眼鏡の奥の何か企んでいるような目をキラリと輝かせて、ネヴィルさんは不敵に微笑みました。
「もっと値段を高くするんです」




