60話 予想外の波紋
「エリオット様、どうかしましたか?」
「……!」
第二騎士団の団長室で、書類を前にしてぼんやりしていたエリオットは、そうダレスに声を掛けられて顔を上げた。
「別に……。何でもない」
「闇の神官ちゃんのことですか?」
「……!」
図星を突いたダレスの言葉に、エリオットは言葉を詰まらせた。
だがダレスは気楽な調子で言った。
「心配する必要はないと思いますよ。闇の神官ちゃんはあの戦闘力で、しかも今はスタイン公爵家が後ろ盾についている」
「スタイン公爵令息が味方についているのは、一時の気まぐれの可能性がある。あの店のポーションに飽きたら、どうなるか……。確実なものじゃない」
「でも今は味方でしょう」
「今はな」
「この世に、絶対に確実なものなんてありませんよ。今味方なら良いじゃないですか」
「君は気楽だな」
「エリオット様が深刻すぎるんですよ。心配しすぎです。それに、闇の神官ちゃんは……」
ダレスは面白そうに笑った。
「今、王都で最も恐ろしい人物ですよ。うかつに手を出した奴は、間違いなく消し飛ぶでしょう。物理的にも政治的にも。犯罪者どもだって、闇の神官ちゃんを恐れて縮こまっているじゃないですか」
「そうかもしれないが……。目立ってしまっては平穏には暮らせないだろう」
「そりゃあね、権力でも財産でも才能でも、特別なものを持っている者は常に羨望と嫉妬を浴びて、それを利用しようとする奴らがうじゃうじゃ寄って来ますよ。特別である限り、どうしたって平穏でいられない」
ダレスは皮肉っぽい微笑を浮かべてエリオットに言った。
「エリオット様のようにね」
「……」
「闇の神官ちゃんはエリオット様に似ていますね。生まれも育ちも状況も違いますが、特別なものを持って生まれたせいで、生まれつき苦難を強いられるところは同じだ。それで、気になっているんじゃありませんか?」
「まあ、そうだな……」
ダレスの指摘に、エリオットは降参したように答えた。
「隠れるのはやめて、戦うと、彼女は言っていた」
「勇ましいですね。エリオット様も見習ったらどうですか?」
「馬鹿を言うな……」
「冗談じゃなくて本気です。エリオット様も戦えば良いと思っていますよ」
「……火種を蒔くようなことをして騒動を起こしたくない……」
エリオットがそう答えると、ダレスは苦笑した。
「お行儀が良いことで」
◆
「ベイカー氏が?」
マゼラン商会で働くネヴィル・マゼランは、自宅に戻ると、執事から言伝を聞いた。
言伝の主は、屋敷の料理人ベイカーだ。
ネヴィルに話したいことがあるから、時間をとって欲しいという。
「一体何事だ?」
ネヴィルは首を傾げた。
食材の仕入れや調理器具のことなら執事に言えば事足りる。
料理人が直接話をしたい理由が思い当たらなかった。
「坊ちゃまのお客様からお手紙をもらったとかで、お知らせしたいことがあるそうです」
「私の客から? ベイカー氏が?」
ネヴィルはさらに首を傾げたが、ともあれ料理人ベイカーに話を聞くことにした。
「坊ちゃま、ルネ様からお手紙をいただきました」
「ルネ?」
(はて、誰だったか……?)
「お忘れですか。坊ちゃまのご命令で、私がカフェ豆の焙煎をお教えしました」
「ああ!」
ネヴィルは合点がいった。
カフェ豆を買いに来た少女たちのことは覚えていた。
少女たちは、つい最近もカフェ豆を買いに来た。
「ルネ様はカフェのお店を開店なさったそうです」
「あの少女がか?!」
「はい。ルネ様が店主です」
「カフェの店とは?」
「カフェを出すお店だそうです。『カフェハウス』という名前のお店だそうで」
「……は?」
(それは売れないだろう!)
瞬間的にネヴィルは思った。
カフェは嗜好品で、嗜む者は少ない。
しかも高級品だ。
茶房のような店で、メニューの中にカフェがあるならまだ解る。
だがカフェを全面に出した店名で、カフェを出して、売り上げが望めるとは思えなかった。
(いや、待てよ……)
だがネヴィルは思い直した。
(少女なのに店を出すとは。かなりの財産家の娘か?)
売れそうにないカフェを出す店は、明らかに趣味の店だと思われる。
そんな趣味の店を、しかも年端のいかない少女が始めたのだ。
よほど財産に余裕がなければできることではない。
「その店は、どこでやっているんだ?」
ネヴィルは興味を引かれて料理人ベイカーに尋ねた。
「西区でやっているみたいです。手紙に住所が書かれています」
料理人ベイカーは、ルネからの手紙をネヴィルに見せた。
(下町じゃないか!)
高級品であるカフェの店を、あまり裕福ではない人々が集まる下町に出す。
ネヴィルには結果が見えた。
(これは売れないぞ……)




