56話 閑古鳥
今日は私が経営する茶房『カフェハウス』の開店日です。
私もニーナも新品のフリルのエプロンを着けて、今日からカフェハウスで働くのです。
私が店主で、ニーナが料理人です。
私はカフェ豆茶を煎れて、ニーナはお茶に合う焼き菓子を作りました。
香草茶や花茶も揃っています。
「ニーナ、開店するよ」
私がニーナに声を掛けると、ニーナは笑顔で返事をしました。
「うん」
私は高揚した気分で、店のドアを開けました。
そしてドアの表側に『営業中』のプレートを出しました。
「営業中にしたよ!」
「ついに始まったね!」
カフェハウスを開店した私たちは、希望に満ち溢れていました。
しかし……。
「……」
「……」
開店したのに、ぜんぜんお客さんが来ません。
「お客さん、来ないね……」
「うん……」
店内には、私が煎れたカフェ豆茶の香りが漂っています。
カフェ豆茶は金属製のポットに入れて、火の魔石を使った熱板で保温しています。
ニーナと一緒に行ったお洒落な茶房のように、お客さんが次々と来ると思っていたので、すぐにカフェ豆茶を出せるようにあらかじめポットに用意しているのです。
ですがお客さんは来ません。
「ニーナ、カフェでも飲む……?」
「うん……」
私は布巾を手にして、熱板に乗せている金属製のポットの取っ手を掴むと、カップにカフェを注ぎました。
自分とニーナのために。
真っ白な陶器製のカップの中で、カフェは夜のように黒く、香ばしい湯気を立てています。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、ルネ」
私とニーナは、無言でカフェを味わいました。
苦い味が口の中に広がります。
「……」
「……」
さっぱりお客さんが来ません。
店内にあるのは、カフェの香りと静寂ばかりです。
◆
「ニーナが言っていた通りだよ。カフェって売れないんだね……」
「カフェは知られていないからね」
ぜんぜんお客さんが来ないので。
私はニーナと、カフェを飲みながらおしゃべりをしていました。
格好良い言い方をすれば、作戦会議です。
「どうすればお客さんが来てくれるのかな」
「宣伝するしかないよ。お婆ちゃんのお店にカフェハウスの宣伝のチラシを置かせてもらおう」
「ローナさんの薬屋は毎日お客さんが大勢来て大繁盛しているもんね。やっぱりローナさんって凄い」
「何を言っているのよ。お婆ちゃんのお店は、ルネの上級ポーションが売れているからお客さんが増えたのよ」
「この店でも上級ポーションを売ったら人が来るかな」
「だめよ、ルネ。それじゃ薬屋になってしまう……」
「でも、こんなに暇なら、ここでポーション作りもできちゃいそう」
「そんなの完全に薬屋よ。気をしっかり持って。闇落ちしちゃだめよ!」
お昼を過ぎてもお客さんが一人も来ないので。
私とニーナは、閑散としている店内で軽い昼食をとった後、ついに焼き菓子にも手を付けました。
それはお客さんに出すために用意していたお菓子たちです。
お客さんが来ないので、自分たちで食べ始めてしまいました。
「ニーナのお料理はお菓子も最高だよ。こんな美味しいお菓子を食べに来ないなんて、みんな人生を損しているよ」
「ありがとう、ルネ。ルネだけが私の理解者よ」
「このバター味の焼き菓子、めちゃくちゃ美味しい。不思議な薫りの風味があるね。何か混ざっているの?」
「木の実を砕いて、粉末にして混ぜ込んだの」
「調薬だね! さすがニーナ!」
「薬じゃないんだけどね……」
美味しい焼き菓子を食べながら、私たちはカフェハウスにお客を呼び込むための案を出し合いました。
「宣伝かぁ……。私が宣伝できそうな知り合いは、ホバート様と、マゼラン商会のネヴィルさんくらいかな……」
「そんなの大家さんとカフェ豆の取引相手じゃないの。その二人はお客さんとは違うわ……」
「あとは……ネヴィルさんのお屋敷の料理人ベイカー氏かな」
「ベイカー氏にはカフェ豆茶の煎れ方を教わって、お世話になったから、お店を出したことを一応お知らせしたほうが良いかも?」
「じゃあベイカー氏にお手紙を書くよ」
「私はお婆ちゃんの店に貼るチラシを作るわ」
◆
午後になってもお客さんが全然来ませんでした。
宣伝不足を痛感した私たちは、少し早めに店を閉めることにしました。
宣伝を優先することにしたのです。
「ルネ、保存をお願い」
「任せて」
ニーナが作り置きした焼き菓子たちが劣化しないように、私は結界の魔術で覆いました。
「女神様、か弱き我らをお守りください」
暇だったので。
私は魔術の初心者のように、丁寧に聖句を唱えて結界魔術を発動しました。
光魔法の黄金のきらめきがお菓子たちを保護しました。
「お見事! さすがルネ!」
ニーナは私の結界魔術を褒めると、惜しそうにぼやきました。
「私ももう少し魔力が強かったらなぁ。絶対に保存魔法を習うのに。料理人には必要な魔術だよ」
ニーナはこの魔術を、食品の鮮度を保つ保存魔法だと思っています。
本当は、聖女たちが習う、か弱き善人たちを邪悪から守る防御結界の魔術です。
結界魔術を使える聖女たちは、貴族のご令嬢ばかりで、食品の保存のことなど考える必要がない生活をしている人たちでした。
聖女たちは、結界魔術にこんな使い方があるなんてきっと知らないでしょう。
結界魔術で隙間なく覆うと、覆われた中では時間も止まってしまうのかどうなのか、仕組みや理由は解りませんが。
食品を保存するにはとても便利な魔術です。
(魔術を習わせてくれたことに関してはだけは、セラフィナ様に感謝だわ。でも私はその代わりに九年間もセラフィナ様のお手伝いを無料でやっていたんだから、代金はたっぷり支払ってるよね。代金を支払った品物は、もう私のものだわ)
神殿を出た私は、薬屋で働いて、物の売り買いの概念を知りました。
今なら、ジルさんが言った「泥棒されて喜んでいる」「ただ働き」という言葉の意味がすっと頭に入って来ます。
(セラフィナ様や巫女たちも泥棒だけど。神殿が一番の大泥棒だったわ……)
「火元、良し! 戸締り、良し!」
ニーナが店を閉めるための片づけを、指差し確認しました。
「じゃ、行こうか。ネヴィルさんのお屋敷に」
「うん」
私とニーナは帰宅する前に、マゼラン商会のネヴィルさんのお屋敷に行くことにしました。
◆
「いつぞやはお世話になりました」
ネヴィルさんのお屋敷の執事に、私はベイカー氏宛ての手紙を託しました。
「この手紙を料理人のベイカー氏にお渡しください」
「かしこまりました」
ベイカー氏に宛てたこの手紙が、ネヴィルさんをカフェハウスに導くことになります。
ですがその前に、開店二日目にして、私たちのカフェハウスに吃驚するような事件が起こりました。
カフェハウスは、近隣住民により騎士団に通報されてしまったのです。




