54話 ポーション契約
「戦力があれば良いんですよね?」
「うむ。アレキサンドライトほどの強さなら恐れるものなど何もないだろう。アレキサンドライトを襲ってもバーナム子爵家のローガンの二の舞になるだけだ」
私の質問に、ホバート様は嬉々として答えました。
「むしろ悪徳貴族は、天罰執行人アレキサンドライトを恐れる側だ。だからこそアレキサンドライトの『天罰の日』以来、王都の犯罪は減ったのだよ。悪人たちはアレキサンドライトの下す天罰を恐れて萎縮したのだ」
「さすがはアレキサンドライト様!」
ニーナは星を見つめるような瞳で、祈るように両手を組み合わせ、ホバート様の語りに感嘆を漏らしました。
「しかし、だがしかし!」
ホバート様は芝居がかった動作で、私とニーナに言いました。
「君たちは無敵の天罰執行人アレキサンドライトとは違うのだ。何かあったらすぐに私に知らせたまえ。いや、何か起こってからでは遅い。おかしなことがあったらすぐに私に知らせるのだ」
「はい、ホバート様」
「ありがとうございます」
私たちはホバート様の好意に感謝を述べました。
「そうだ、アリー」
ニーナが何か思いついたように、私を振り向きました。
「物件のこと、ホバート様に相談してみようよ」
ニーナがそう言うやいなや、ホバート様は視線を鋭くしました。
「何かあったのか?! すぐに相談したまえ! この兄に!」
「アリー、いいよね?」
ニーナが私に確認しました。
物件のこととは、カフェを出す店を開く場所のことです。
「うん、いいよ」
私が了承すると、ニーナはホバート様に物件についての相談をしました。
「ホバート様、実は、アリーはお店を出したいんです」
「薬屋として独立したいのか。よし、協力しよう」
「いいえ、ホバート様、アリーがやりたいのは茶房なんです」
「何だと?!」
ホバート様は途端に、悲愴な顔をして私を振り向くと、半ば叫ぶように言いました。
「妹よ! ポーション作りをやめようというのか?!」
「ポーション作りは続けます」
私は答えました。
「私は今のところ製薬するしかお金を稼ぐ方法がないので、製薬は仕事として続けます」
「なるほど。製薬で稼いだ金を使って、趣味で茶房をやりたいのか」
ホバート様はほっとしたように表情をゆるめました。
「趣味ならば良い。趣味ならいくらでも協力しよう」
ホバート様がにこにこの笑顔を浮かべました。
そんなホバート様に、ニーナが真剣な表情で言いました。
「ホバート様、私は本気です」
ニーナは込み入った事情をホバート様に説明しました。
「私は本気で料理人になりたくて、アリーはカフェを出す茶房をやりたいんです。だから二人で協力して茶房をやることにしたんです。それでお店がやれるような物件を探したんですけど……」
ニーナは小さく肩をすぼめました。
「私たちみたいな小娘二人では、物件を借りるには信用がないみたいで。保証人が必要だと言われたんです。お婆ちゃんに頼もうかと思っていたのですが……」
「よし、保証人の役は私が引き受けよう! そういうことは私に任せたまえ!」
ホバート様は素早く了承しました。
「物件の目星はついているのか?」
「はい」
「どこの物件だ?」
◆
「この建物です」
私はニーナと一緒に、目星をつけていた建物にホバート様を案内しました。
それはローナさんの薬屋から、通り二つ隔てた場所にある建物です。
私は薬屋で製薬の仕事は続けるつもりなので、なるべく薬屋の近くにある物件をニーナが探してくれました。
「一階に入っているお店が今月で閉店するみたいで、来月から空くんです」
ニーナがホバート様に説明をしました。
「なるほど」
ホバート様はきらりと目を輝かせました。
「この私が、話を付けてやろう」
◆
カフェを出す茶房ができそうな物件にホバート様を案内した、その数日後。
「ごきげんよう」
再びホバート様が来店して、私たちを呼びました。
ホバート様は今日は、いつもの従者だけではなく、もう一人連れていました。
上等の服装をした文官風の男性です。
「さあ、物件の賃貸契約をしようじゃないか!」
ホバート様がそう言い、指をパチンと鳴らすと。
文官風の男性は、持っていた鞄を開けて書類を出しました。
「ホバート様、保証人になってくださったのですか?! ありがとうございます」
「いや、私は保証人ではない。契約相手だ」
ホバート様はニヤリと微笑みました。
「君たちは、私と契約するのだ」
「え?」
「はい?」
ホバート様の話の意味が解らなくなり、私とニーナは同時に変な声を出しました。
そんな私たちにホバート様は余裕の微笑みを浮かべて説明をしました。
「私があの建物を買い取った。私が建物の所有者だ。だから私が、あの建物の一階を君たちに貸し出す!」
威風堂々とホバート様は言いました。
「さあ、契約をしよう。家賃はポーションだ。これからもずっとポーションを作っておくれ!」
「……」
「……」
ホバート様の驚きの行動と、その勢いに。
私もニーナも茫然としてしまいました。
ですが……。
「ホバート様、本当に、あの建物の一階を貸りられるんですか?」
お店が持てるなら望むところです。
「当然だ。所有者である私が了承しているのだからな。だが妹よ、家賃はポーションだ。茶房を始めてもポーションのことを忘れないでおくれ」
「はい、ポーションならいくらでもお作りします」
「おお!」
私がポーション作りを約束すると、ホバート様は喜色を浮かべて言いました。
「さあ契約しよう!」
「はい! ……あ、でも、契約書を読んでからで良いですか?」
「もちろんだ」
ホバート様は私にそう答えると、文官風の男性に命じました。
「君、契約内容の説明をしたまえ」
「かしこまりました」
私はニーナと一緒に文官風の男性の説明を聞きました。
そして契約を決めました。
「ではこちらにご署名を」
「はい」
私は契約の書類に署名をしました。
本当の名前で。
――ルネ。
私が署名した契約書を受け取ったホバート様は、満足気に微笑みました。
「契約成立だ。これからもポーションをよろしく頼むよ」
「はい! よろしくお願いします!」




