53話 撃退できる戦力
(でも貴族ってみんな財産も権力も持っているものよね?)
私はホバート様の話を聞いて、疑問に思ったことを質問しました。
「ホバート様、バンクス公爵たちも貴族だからお金も権力も持っていますよね。どうしてホバート様とはやり方が違うのですか」
「彼らは貴族の中では下っ端だ。下っ端の中には品がない者がいるのだよ」
「バンクス公爵たちが私を無理やり捕まえたら犯罪になりますか? 貴族でも?」
「貴族でも、嫌がる者を無理やり拉致したら、例え相手が平民でもそれは犯罪になる。嫌がっている者を暴力で強引に従わせたら犯罪だ」
「じゃあ、私がはっきり嫌だと言えば、彼らは引き下がりますか? 犯罪になることだったら、出来ませんよね」
「善人なら引き下がる。だが悪人はそうではない」
ホバート様は眉間にしわを寄せて、恐ろしい話を語り始めました。
「悪人なら、暴力で強引に拉致するかもしれない。拉致してどこかに閉じ込めてしまえば、なかなか見つかるものではない。犯罪ならバレないようにやれば良い、と考えるのが悪人だ」
「……」
「悪人を捕らえることができれば、犯罪者として処罰できる。だが犯罪者は、騎士団が捕らえに来るまで待っていてはくれない。その場で暴力をふるって犯罪を行い、騎士団が来る前に、素早く逃げてしまうのだ」
(ん? 騎士団が捕らえに来るまで? 待っていてくれない?)
ホバート様の話を聞いて、私に考えが浮かびました。
「ホバート様、その場で、自分で犯罪者を捕らえて、騎士団に通報することができれば大丈夫なのですか?」
「そうだな。捕らえることができればな。しかしそれは難しい」
「どうしてですか?」
「拉致が目的の犯罪者は集団で来る。数の多さは兵法の基本だからだ。犯罪の目的で動く者たちは、最初から必ず勝てる人数をそろえて来る」
ホバート様はしかつめらしい顔で語りました。
「強盗が強盗団を作り、人攫いが組織を作っているように、不埒な貴族は悪人たちを金で雇って人数をそろえている。戦争と同じなのだよ。よほど運良く、暴漢たちより強い戦力がそこにあって、すぐに助けに入ってくれるような偶然でもなければ、犯罪者は目的を達成する」
(戦力なら……多分、あるわ)
私には、光魔法で悪人たちを倒したという成功体験がありました。
(戦力はあるから、本名を名乗っても大丈夫かな)
「ホバート様、犯罪者より強い戦力があれば大丈夫なのですか?」
「うむ。そうだ。だが平民は出歩くときに、そんな戦力を持っていないことが常だ。だから王都では人攫いが横行していたのだよ」
そしてホバート様は、その噂話を語りました。
「もっとも、アレキサンドライト・カルメンシータという冒険者が王都に現れて以来、人攫いは減ったらしいがな」
「……っ!」
私が良く知っている名前を、ホバート様がさらっと言ったので。
私は吃驚して、飲み込んだお茶が変なところに入ってしまって咳き込みました。
「え?! アレキサンドライト様?!」
薬草を薬研でゴリゴリ潰して粉末状にする作業をしていたニーナが、鋭くこちらを振り向きました。
「ホバート様、アレキサンドライト様のお話を聞かせてください。私、アレキサンドライト様のファンなんです!」
私たちがお茶をしているテーブルに、ニーナは椅子を持って移動して来ました。
そして目を輝かせてホバート様に話をせがみました。
気前の良いホバート様は、得たりと話し始めました。
「アレキサンドライト・カルメンシータは凄腕の魔法使いだ。彼女を『天罰執行人』と呼ぶ者もいる。『天罰の日』のことは知っているかね?」
ホバート様は、私とニーナを交互に見て問いかけました。
「知らないです。それは何ですか?」
私のことなのに、私が知らない話なので、私は気になりました。
「教えてください!」
ニーナはアレキサンドライト・カルメンシータの正体を知っていますが、興味津々のようで、生き生きとした顔でホバート様に尋ねました。
「『天罰の日』とは、天罰執行人アレキサンドライト・カルメンシータが、王都の悪人を二十三人も倒した日のことだ」
「二十三人も?!」
ニーナが驚きの声を上げました。
(ぜんぶで二十三人だったの?)
私には悪人を何人も倒した覚えはありましたが、数は数えていませんでした。
二十三人と言われると、そのくらいだったような気がします。
私たちが興味を引かれている様子に気を良くしたのか、ホバート様はますます調子良く話しました。
「そう、アレキサンドライトはたった一人で、たった一日で、二十三人もの悪人を倒した。一人で騎士団一個小隊分の、いや中隊規模の働きをしたのだ。まさに一騎当千の手練れだ。しかも……!」
大げさな身振り手振りをしながら、ホバート様は感情をこめて語りました。
「アレサンドライトが倒した悪人の中には、賞金首の凶悪犯もいたのだ! 凶悪犯をあっさり倒したことは驚きだ。しかし驚くべきことは、それだけではない! 賞金首を打ち取ったことを、騎士団に届け出れば大金が貰えたものを、届け出なかったのだ。みすみす賞金をふいにした。金には目もくれないのだ!」
ホバート様は両手を広げて熱弁しました。
「アレキサンドライトは、ただ純粋に悪人だけを倒し、そして風のように颯爽と立ち去るのだ!」
「かっこいい!」
ニーナがうっとりとした表情で感想をもらしました。
(騎士団に届ければお金が貰えたの?!)
私は少し損をした気分になりました。
「悪人を駆逐することだけが目的であるかのようなアレキサンドライトは、その高潔で清廉な行動から、女神様が遣わされた『天罰執行人』だとの呼び声が高い。一方で、闇の神官の転生だという噂もある。実際は流れの冒険者だろうと言われているが、しかし冒険者ギルドにはそれらしい人物は登録されていないのだ。アレキサンドライトは完全に正体不明の謎の魔術師なのだ」
そこまで調子良く話すと、ホバート様は少し不味そうに眉を歪め、追加の情報を語りました。
「私の元婚約者メレディス……彼女と婚約していたことは私の黒歴史だが……メレディスの兄ローガンが悪事を働いて、アレキサンドライトに天罰を食らっていたのだ」
(メレディス様のお兄様、バーナム子爵令息ローガン様ね……)
宿屋の食堂で起こった事件を私は思い出しました。
「目の下に真っ黒なクマがある禍々しい呪術師に呪われたと、ローガンは言っていたが……」
ホバート様は皮肉っぽく微笑すると、肩をすぼめました。
「ローガンは悪人だからな。邪悪な者の側からは、正義の天罰は、恐ろしい呪いに見えたのだろう」
「ホバート様……」
私は思いついたことを質問しました。
「もし貴族が、アレキサンドライト・カルメンシータを無理やり捕まえようとしても、撃退できる戦力があるから大丈夫でしょうか?」




