52話 ホバートとの会話
「ロビニア横丁の薬屋は、随分と有名になったようだね」
その日。
スタイン公爵令息ホバート様が、予約しているポーションを受け取りに来ました。
公爵家のご令息なら、普通は買い物は使用人に任せるそうですが。
ホバート様は毎回、自らポーションを買いにやって来ます。
それを何度も重ねるうちに、私たちもホバート様に慣れて、ざっくばらんにおしゃべりをするようになりました。
「この店に来れば上級ポーションが買えると、貴族たちの間でも話題になっているようだ」
「ホバート様がくださった看板のおかげです」
「君の実力だよ。さすがは私の妹だ」
「ありがとうございます」
(妹ではないけれど……)
ホバート様は私のことを妹分として取り立ててくださっています。
「妹よ、兄がお茶菓子を持って来たよ」
ホバート様がパチンと指を鳴らして合図をすると、後ろに控えていたホバート様の従者がバスケットを恭しく差し出しました。
バスケットからは甘い香りがします。
「さあ、お茶にしようではないか」
ホバート様はそう言うと、いつものように薬屋の工房に入りました。
スタイン公爵家のご令息ホバート様は超のつくお得意様で、後ろ盾にもなってくださっているので、工房にも出入り自由です。
「壮観だ。これほど美しい風景は無い」
ホバート様は工房に入ると、私が作った上級ポーションが入った薬瓶が並べられている棚を、いつものようにうっとりとした表情で鑑賞なさいました。
「この深い緑色。まるで宝石の森だ」
最近のホバート様は……。
薬屋に来ると工房に入り、まずポーションの棚を鑑賞します。
タイミングが合えば、私の製薬を見学なさいます。
その間にニーナがお茶の用意をします。
ニーナがお茶とホバート様が持って来てくださったお茶菓子とを運んでくると、ホバート様は私とお茶をします。
そしてお茶を飲み終わると、ホバート様は予約したポーションを受け取ってお帰りになります。
「ホバート様、お茶をどうぞ」
その日もいつものように、ニーナがお茶と、ホバート様が持って来てくださったお茶菓子を運んで来ました。
今日のお茶菓子は、乾燥果実が入った焼き菓子です。
「ご厚意痛み入る」
「どういたしまして。はい、こっちはアリーの分」
私はニーナが煎れてくれた香草茶を飲みながら、いつものようにホバート様とおしゃべりをしました。
ホバート様は私に、世間の出来事や噂話などを教えてくれます。
「そうそう、筆頭聖女セラフィナは地位を返上したそうだよ」
「セラフィナ様が?!」
「過労のため、体調不良が続いていたので本格的に療養をするとのことでね」
(セラフィナ様が……過労?)
聖女のお仕事をせずに、夜会やサロンにばかり行っていたあのセラフィナ様が、過労とは……。
さすがにちょっと呆れてしまいました。
(セラフィナ様は、夜会に行きすぎて疲れたのかな)
「君がいなくなったせいだろう?」
ホバート様は訳知り顔でニヤリと笑いました。
「筆頭聖女セラフィナは急に力が衰えて、神器が使い物にならなくなったらしい。君が神殿を出てからだ」
「ええと……」
私は目を逸らしましたが、ホバート様は得意気に言いました。
「私には解っている。ポーションは嘘を吐かないからな」
(私がセラフィナ様の裏方だったことまでバレている……。フィリップ王子殿下は、私がお手伝いしたって言っても信じてくれなかったのに。ホバート様はポーションの味見をしただけでどうして解るんだろう)
ホバート様のポーションの味見の能力は、全く得体が知れなくて、少し怖いような気もします。
(あれ? でもセラフィナ様が聖女をやめたなら……。私はもうセラフィナ様に必要ないよね)
私は聖女セラフィナ様の裏方として、神器に光魔法を充填する聖女の仕事を代行していました。
でもセラフィナ様が聖女でなくなったなら、私の光魔法も必要ないはずです。
「ホバート様、セラフィナ様が聖女をやめたということは、バンクス公爵家はもう私を探していないのでしょうか?」
私は追手から身を隠すために、アリーという偽名を名乗っています。
でも偽名では、ジルさんにも見つけてもらい難くなります。
追手がいないなら、私は本名のルネを名乗りたいです。
「探しているだろうよ」
「どうしてですか?」
ホバート様はポーションの味見により全て知っているようでしたので、その前提で尋ねました。
「セラフィナ様が聖女をやめたなら、もう私のお手伝いは必要ないはずです。私を探す必要も無いのではありませんか?」
「光魔法使いの使い道は、聖女の裏方作業だけではない。現に君は今、薬師として至高のポーションを作っている。そして多くの者がそれを買い求めている」
「でも貴族は、薬屋はやらないですよね?」
「光魔法使いの中でも、特に魔力が強い者は、癒しの魔術で治療をすることもできる。その才能は色々な使い道がある」
「癒しの魔術が使えると、魔力が強いんですか?」
「うむ。癒しの魔術が使えれば、聖女クラスの使い手だ」
(じゃあセラフィナ様も、魔力は強かったんだ)
薬草園の貴族の巫女たちも世間では使える部類だと、ジルさんが言っていました。
セラフィナ様も、世間では魔力が強い部類だったようです。
「バンクス公爵も、薬草園の巫女たちも、君の実力を知っているから、君を囲いたいのだろう」
(神殿でそうだったように、皆様は私を奴隷として使いたいのね)
私はげんなりしました。
そして、ふと、疑問に思いました。
ホバート様はどうして私を捕まえないのでしょう。
貴族の中で一番爵位が高い公爵家のご令息なのに。
「ホバート様はどうして私を捕まえて奴隷にしないんですか?」
大分ホバート様に慣れていた私は、あけすけな質問をしました。
「妹よ、それは犯罪だ」
ホバート様は真顔で答えました。
「私は犯罪はしない。する必要がないからな。私は財産も権力も持っている。小狡い犯罪などしなくても、欲しいものを手に入れることができるのだよ」
ホバート様は悠然とした態度で語りました。
「至高のポーションすら、こうして予約して定期購入することができるのだ。奇跡の製薬を間近で見学することもできる。援助を惜しまなければ、犯罪などする必要がない。そしていくらでも援助できる財産と権力が、我がスタイン公爵家にはあるのだ」
(やっぱりスタイン公爵家って凄いんだわ)
ホバート様とのおしゃべりで、私は世間の色々なことを学びました。
私が私として、カフェハウスを経営するための大きなヒントをくれたのもホバート様でした。
この日のホバート様との会話で、私は大きなヒントを得ることになりました。




