112話 闇のカフェ
「闇の神官アレキサンドライト・カルメンシータは、今、王都で大変話題になっている人物です」
ネヴィルさんは眼鏡の奥の鋭い眼差しを私に向けて言いました。
「闇の神官の人気にあやかればカフェは大売れします」
「カフェが……大売れしますか?」
「今この時、この機会なら売れます。人気絶頂の闇の神官が飲んだカフェだと宣伝すれば、みんなが興味を持ちます。メニューに『闇の神官カフェ』を追加しましょう」
「え……。闇の神官カフェは……ちょっと……」
以前、私の目の下にクマがあったせいで、アレキサンドライト・カルメンシータは闇の神官という不名誉な渾名を付けられてしまいました。
その渾名の元になっている伝説の闇の神官は、悪い顔をした男性で、最後には斬首された悪人です。
神殿が管理する墓地の一角に、闇の神官の首が葬られているという伝説の遺跡、首塚がありますが、それは不気味な伝説とともに皆に怖がられている場所でした。
そんな恐ろしい伝説の闇の神官の名前がメニューにあるのは、私が目指すお洒落な茶房のメニューのイメージとは違います。
私はこのカフェハウスをお洒落な茶房にしたいので、メニューには可愛いお茶やお菓子の名前を並べたいのです。
「メニューにされたら、闇の神官が嫌がるんじゃないかと……」
「あ、なるほど。そうですね」
ネヴィルさんは少し思案気な顔をしました。
「闇の神官ご本人が再び来店したときに、自分の二つ名がメニューにされているのを見たら、不快に思うかもしれませんね。では……闇のカフェならどうでしょう」
「はあ……」
「カフェは黒い色ですから、濃い目に煎れたカフェを闇のカフェと名付けても不自然ではありません。闇の神官の雰囲気がありながら、一般的な言葉ですから名指しにはなりません。すでにミルク・カフェがありますから、ここに闇のカフェが並んでもおかしくないでしょう。いかがですか?」
「そうですね……」
闇のカフェなら、メニューのミルク・カフェと並べればそんなにおかしくないかもしれません。
私はこのカフェハウスを、お洒落で可愛い茶房にしたいので、闇の神官を宣伝に使うのは気が進みませんが。
でもカフェは売れて欲しいです。
理想と現実の間で、私の心は揺れました。
(闇のカフェが大売れしたら、ジルさんが来てくれるかもしれない)
広い王都の何処にいるか解らない、ジルさんの耳にまで届くように。
このカフェハウスを有名にすることが今の私の目標です。
(商売上手なネヴィルさんが大売れするって言っているんだから、闇のカフェを出せばきっと大売れするんだわ)
私は、理想の可愛い茶房より、現実にカフェが売れる茶房のほうを選ぶことにしました。
閑古鳥だったカフェハウスが、ネヴィルさんの助言で繁盛するようになったのです。
そのネヴィルさんが大売れすると言っているのですから、きっと大売れします。
「解りました。メニューに闇のカフェを追加してみます」
私がそう言うと、カフェ豆を売っているマゼラン商会で働くネヴィルさんは、眼鏡の奥の計算高そうな目を細めて微笑みました。
「闇のカフェ、楽しみにしています。闇の神官が話題になっている今この時なら、闇の神官が飲んだカフェは絶対に売れます。カフェの愛好家を増やす絶好のチャンスです。お互いにカフェで稼ぎましょう」
◆
「妹よ、例の裏メニューを出すのだ」
お昼になるとホバート様がいらっしゃいました。
そして昼食の前に特別メニューのポーション・ミルクを注文しました。
「どうぞ。裏メニューの特別製グリーン・ミルクです」
「おお!」
ホバート様は、上級ポーションが入っている特別製グリーン・ミルクをゆっくりと味わうように飲み始めました。
「ボブさんが飲んでいるのは何ですか?」
ホバート様の隣のカウンター席に座っている赤毛の魔法士モルさんが私にそう尋ねました。
「新しいメニューのグリーン・ミルクです」
私がそう答えると、ホバート様が勝気な笑みを浮かべてモルさんに言い放ちました。
「これは私だけの特別ブレンドのグリーン・ミルクだがな」
「ボブさんのそれはメニューとは違うのですか?」
「当然だ。私は一流の常連だから特別注文ができるのだ。所詮二流の常連でしかないハムとは違うのだよ」
「モルです」
「ハムスターの仲間だろう」
「前々から疑問に思っていたのですが、そのハムスターというのは何処から来ているのですか?」
ホバート様とモルさんが言い合いを始めました。
(闇のカフェは、やっぱり苦いほうが良いかな)
ホバート様とモルさんの言い合いをぼんやりと眺めながら、私はネヴィルさんの助言で決まった新しいメニュー、闇のカフェに、再び思考を囚われました。
(いつもの焙煎とは違うほうが良いよね。えぐい味にしたら刺激的で闇の神官っぽいかしら。でも不味かったら、また飲みたいって思って貰えないから駄目よね)
闇のカフェは美味しいものでなければ、宣伝してもきっと一時しか売れません。
不味いと思ったら、その人はカフェの愛好家にはならず、二度と飲まないと思うのです。
カフェの愛好家を増やすには、興味を持ってカフェを飲んでくれた人が、美味しいと思うような味を考える必要があります。
(大勢の人が美味しいと思う味……。光魔法料理みたいにニーナに光魔法で焙煎してもらったら……)
そう考えた私は、すぐにその手は使えないと気付きました。
(ニーナのお料理のあの特別な美味しさは、高魔力の人にしか解らないんだったわ。魔力が無い人にも美味しいと思って貰うには……)
「妹よ、何か心配事でもあるのか?」
「……!」
ホバート様に声を掛けられて、私ははっと顔を上げました。
「あ、いいえ。ちょっと考え事をしていて」
「この兄に相談するが良い」
「新しいメニューのことを考えていました。カフェの味を、大勢の人が美味しいって思えるようにするには、どうすれば良いかなと」
「そんなことか。簡単だ。ポーションを混ぜれば良い」
(それはホバート様だけの好みだと思う)
私は内心で反論しながら、ホバート様に言いました。
「ポーションは薬だから駄目です」
「ニーナが作れば美味しくなるだろう」
「ニーナの光魔法料理の味は、魔力が無い普通の人には解りません。普通の人にも解って貰える美味しい味を探しています」
私は難問を説明したつもりでしたが、ホバート様は不敵に微笑んですぐに回答をしました。
「砂糖とミルクを入れれば良いのだ」
真っ直ぐな正解です。
ホバート様の隣でモルさんもうんうんと頷いて言いました。
「正論ですな。魔法塔でもカフェは飲まれていますが、砂糖とミルクを入れて飲む者は多いです」
たしかに砂糖とミルクを入れたら、砂糖の甘さとミルクのまろやかさで、苦いカフェも飲みやすくなります。
でもそれはもうメニューにあります。
「お砂糖とミルクを入れたカフェなら、ミルク・カフェがメニューにあります。ミルク・カフェとは違う美味しさのカフェをメニューに追加したいんです」
私は難しさを説明しましたが、ホバート様はまた事もなげに答えました。
「ではミルク抜きで砂糖だけにすれば良い。ミルクを入れなければミルク・カフェにはならん」
「……!」
たしかにミルクを入れなければ、ミルク・カフェにはなりません。
「正論ですな」
モルさんがまた、うんうんと頷きました。
(ミルクを入れなければミルク・カフェにはならないし、砂糖だけでもカフェは飲みやすくなるわ)
さらにミルクを入れなければカフェは濁ることもなく黒いままなので、闇のカフェという名前にふさわしい見た目も維持できます。
「ホバート様、凄いです。それ、名案かもしれません」
「ボブ兄さんと呼ぶのだ」
「ボブ兄さん、凄いです!」
私が賞賛すると、ホバート様は得意気に微笑みました。
「いつでも、この兄を頼りにするが良い」




