111話 カフェハウスの営業再開
「妹たち、ごきげんよう。カフェハウスの修繕が終わったよ」
ホバート様がいつもの従者さんを伴って薬屋に来ました。
そしてカフェハウスの修繕が終わったことを知らせてくれました。
「ホバート様、ありがとうございます。カフェハウスの様子を見に行っても良いですか?」
身体強化の魔術の副作用の体の痛みもすっかり良くなっていた私は、修繕が終わったカフェハウスを見に行きたくなりました。
「もちろんだ。私も行こう」
ホバート様は快く了承してくれました。
私はニーナとホバート様と一緒に修繕が終わったカフェハウスを見に行きました。
「きれいに直ってる!」
「ホバート様、ありがとうございます!」
風魔法でガラスが割られてしまった窓には、新しいガラス窓がはめ込まれていました。
ホバート様は得意気な笑顔で胸を張り、その後ろで従者さんはにこにこと微笑んでいます。
「ホバート様、明日から営業を再開して良いでしょうか」
「ああ、そうするが良い」
「キャリーさんたちに伝えていただけますか?」
カフェハウスの従業員はスタイン公爵家の侍女と厨房係なので、私はホバート様に確認をしました。
「伝えておこう」
「ホバート様は、明日の昼食はどうなさいますか?」
「もちろん予約する」
カフェハウスが再開できることになり、ニーナも笑顔です。
「ルネ、明日の朝は市場に買い出しに行かなくちゃね」
「うん。明日はグリーン・ミルクのお披露目だね」
私とニーナの会話に、ホバート様は少し首を傾げました。
「グリーン・ミルクとは何なのだ?」
「カフェハウスの新メニューです。ポーションをイメージした緑色のミルクなんです」
「ポーションだと!」
ホバート様がポーションという単語に食いつきました。
「私が養生しているときにニーナが作ってくれたポーション・ミルクが美味しくて綺麗だったので、カフェハウスで出したいなって思ったんです」
「ポーション料理なのか?!」
「いいえ、ポーションみたいな色のミルクです」
「本物の上級ポーションは薬なので、お料理としては出せませんから」
ニーナがホバート様に説明しました。
「上級ポーションの代わりに香草を混ぜて緑色にしたミルクです」
「本物には上級ポーションが使われているのか?」
「本物というか、元はルネが飲みやすいように、蜂蜜入りのミルクにポーションを混ぜたものだったんです。カフェハウスでは本物のポーションは出せないので、それで代わりにハーブを使うことにしました」
ニーナがそう言い終わらないうちに、ホバート様はかっと目を見開いて言いました。
「本物を出すのだ!」
「え、本物は駄目ですよ。薬ですから」
「他の連中にはニセモノを与えておけば良い。だが私には本物を出すのだ!」
ホバート様は、ティー・ビスケットを見つけた魔法士さんのように目を爛々と輝かせて私たちに言いました。
「私はホバート・スタインだ! 本物を所望する!」
ホバート様はポーションがお好きなので、ポーション入りのミルクの話を聞いて飲みたくなってしまったのでしょう。
(ホバート様はポーションが大好物だもの。飲みたくなっちゃうよね)
◆
「ホバート様、どうぞ、ポーション・ミルクです」
私たちは薬屋に戻りました。
そして薬屋で働いていたころによくホバート様と一緒にお茶をしていたように、久しぶりに工房でホバート様とお茶をしました。
ホバート様には、ニーナがポーション・ミルクを作ってお出ししました。
「おお! これが!」
緑色のポーション・ミルクを見てホバート様は感嘆の声を上げました。
ホバート様は味わうようにしてポーション・ミルクを飲みました。
「何という美味。素晴らしい。これぞ天上の美味!」
うっとりとした表情でホバート様は感想を述べると、ニーナに言いました。
「妹よ、カフェハウスでもこれを出すのだ」
「駄目ですよ。薬ですから」
ニーナがホバート様を嗜めました。
「カフェハウスではポーションは出せません」
「常連だけが飲める特別な裏メニューにすれば良い」
「ホバート様だって、ポーションの飲み過ぎは良くないですよ」
「問題ない。私は毎日ポーションを飲んでいる。毎日飲んでいるポーションを、カフェハウスで飲むようにすれば良いのだ」
ホバート様とニーナはしばし押し問答をしましたが、やがて決着がつきました。
「ポーション・ミルク一杯に金貨一枚を支払おう!」
「お金の問題じゃなくてですね……」
「私は飲み過ぎない。大丈夫だ」
「本当に、一日一杯だけですよ?」
ニーナがそう念を押すと、それまでずっと無言で控えていたホバート様の従者さんが口を開きました。
「僭越ながら申し上げます」
従者さんはにっこりと微笑むとニーナに言いました。
「ご安心だくさい。私が若様をしっかり見張っておりますゆえ」
ホバート様は少し眉を歪めると従者さんに抗議しました。
「誤解を招くような言い方をするな。まるで私が無茶をするように聞こえるではないか」
「これは失礼いたしました」
従者さんは慇懃無礼な態度でホバート様に謝罪を述べました。
◆
翌日、私たちはカフェハウスの営業を再開しました。
「いらっしゃいませ!」
お店を開けると、魔法士さんたちが早速来店しました。
「おお、ルネさん、ご無事で何よりです」
「お元気そうで安心しました」
「聞きましたぞ。災難でしたな」
(魔法士さんたちも事件を知っているんだ。そういえば薬屋に魔法士さんが何人か来たってニーナが言っていたっけ……)
庶民に扮した貴族のご婦人方も次々と来店しました。
ご婦人方のグループはいつも午後くらいから来る人が多いのですが、今日は午前中にもう来ています。
「ルネさん、事件のこと聞きましたわよ」
「お怪我がなくて良かったわぁ」
「ニーナさんも大丈夫だったの?」
「はい、ニーナも大丈夫です」
貴族のご婦人たちも事件のことを知っていました。
(スタイン公爵夫人から聞いたのかな?)
貴族のご婦人方はスタイン公爵夫人のお友達の繋がりだと思うので、スタイン公爵夫人から事件のことを聞いたのかもしれません。
「このグリーン・ミルクというのは新しいメニューかしら?」
「はい。体に良い香草が入っている緑色のミルクです」
「まあ、面白そう」
早速グリーン・ミルクの注文が入りました。
「本当に緑色のミルクだわ」
「珍しいこと」
「美味しいわ。それにお洒落ね」
(お洒落って言われたわ! 綺麗な色のミルクだもんね!)
新しいメニューの評判も良いようで、私の気分は上がりました。
(今日は午前中から大繁盛だわ)
営業を再開したら早々にお客さんが大勢来ました。
(人気のお店みたいになっている!)
私たちがお手本にしたお洒落な茶房のように、店内はお客さんで賑わっています。
とても良い感じです。
そして……。
――チリン。
「いらっしゃいませ!」
久しぶりのお客さんも来ました。
(ネヴィルさん!)
眼鏡を掛けた怜悧そうな青年は、マゼラン商会のネヴィル・マゼランさんでした。
ネヴィルさんは、閑古鳥だったカフェハウスを救ってくれた大恩人です。
カフェハウスにお客さんが来るようになったのは、ネヴィルさんの知恵と人脈のおかげでした。
「ネヴィルさん、お久しぶりです」
カウンターの席に座ったネヴィルさんに私は挨拶とお礼をしました。
「ネヴィルさんに宣伝していただいたおかげで繁盛しています。ありがとうございました」
「どういたしまして。お役に立てたなら良かった」
「ご注文は何にしますか?」
「カフェをお願いします」
「はい」
私は早速、ポットのカフェをカップに注ぎ、ネヴィルさんにお出ししました。
ネヴィルさんはカフェを一口飲むと、少し声を潜めて私に言いました。
「ルネさん、襲撃事件があったと聞きました。ご無事でなによりです」
「ありがとうございます。おかげさまでみんな無事でした。カフェハウスが襲撃されたこと、ネヴィルさんもご存知だったのですね」
「もちろんです。大変な評判ですからね」
ネヴィルさんは獲物を見つけた猛禽類のようにキラリと目を輝かせました。
(ん? 評判?)
違和感のある言葉に私は首を傾げましたが、ネヴィルさんは何か含みがあるような微笑を浮かべながら私に言いました。
「闇の神官がこの店に来たそうですね。本当ですか?」
「え、あ……」
その作り話のことは、私はニーナから聞いています。
闇ギルドの悪人たちを倒したのは、アレキサンドライト・カルメンシータだったことにしても良いと、第二騎士団のエリオット様が許可してくださったので、お言葉に甘えてそうさせていただきました。
それならば、アレキサンドライト・カルメンシータがカフェハウスに客として来ていたことにしたほうが自然だろうと、ニーナが考えた作り話でした。
「はい……」
私がしどろもどろに答えると、ネヴィルさんは勝利を確信したようにニヤリと微笑んで言いました。
「商売の大チャンスですよ」




