110話 王都の新たな伝説
「カフェハウスが魔術師に襲撃されたって聞いたんだが……」
ローナの薬屋には、カフェハウスが襲撃された騒動についての詳細を尋ねる人々が入れ替わり立ち代わり来店した。
それは大抵が近隣の住民たちだった。
薬屋の看板娘だったニーナが、今はカフェハウスで働いていることは、近隣の人々の知るところだったからだ。
「そこでアレキサンドライト様が現れたのよ」
ニーナは事件について、そして闇の神官アレキサンドライト・カルメンシータの活躍について、皆に気前良く語った。
「アレキサンドライト様があっという間に悪人たちをやっつけてくれたの!」
「闇の神官って本当に居たのか」
「ニーナちゃんが無事で良かったよ」
「天罰の日に二十三人の悪人を倒して以来、闇の神官アレキサンドライト・カルメンシータは姿を消してしまったが……。まだ王都に居たんだなぁ」
「ふふふ……。実はね、アレキサンドライト様はカフェが好きなのよ」
「え?!」
「闇の神官はカフェハウスに来ていたのかい?!」
「まあね。秘密なんだけどね」
「そういえばあの辺りで、火柱が上がった事件があったな……」
「あった、あった!」
「貴族が騒ぎを起こしたって事件か」
「あの火柱も、アレキサンドライト・カルメンシータがやったのかい?」
「それは秘密だよ。お客さんの秘密は守らないと」
ニーナが絶好調で語っているときに、たまたま居合わせた薬屋の客も、噂の天罰執行人アレキサンドライト・カルメンシータの話に興味を持ち、聴衆に加わることがあった。
「天罰執行人はどんな人物なのかね?」
「とにかくオーラが凄いんですよ。最強って感じ」
「闇の神官の転生だという噂があるが……」
「そうですよ。闇の神官アレキサンドライト・カルメンシータ様です。すんごい天罰を下すんです」
「君は天罰を見たのかね?」
「見ました。酒場にいた悪人たちはアレキサンドライト様が一瞬で全員倒しちゃいました」
「へえー」
「ほう!」
「その酒場だがな……。どうやら闇ギルドだったらしいよ」
たまたま居合わせて、ニーナの話に興味を持って聴衆に加わっていた身なりの良い客は、声を潜めて訳知り顔で言った。
「犯罪を請け負っている闇ギルドが王都にあるという噂が前々からあったが。どうやらその噂は本当だったようでね。闇ギルドは実在したんだ。その酒場が闇ギルドの本拠地だったんだよ……!」
「ええー!」
「そうなのか?!」
「お嬢さんの話が本当なら……」
身なりの良い男は、ニーナに言った。
「信じ難いことだが、アレキサンドライト・カルメンシータが、たった一人で、闇ギルドを壊滅させたことになるっ!」
「本当の話ですよ。凄い天罰でした」
「大勢の凶悪犯罪者たちの巣だったのだよ。本当に、アレキサンドライト・カルメンシータはたった一人で全員を倒したのかね? 第二騎士団が全員で踏み込んでしかるべき犯罪組織の拠点だったのだよ?」
「本当ですよ。アレキサンドライト様が天罰を下したんです」
ニーナは堂々と答えた。
「第二騎士団に聞けば解ります。第二騎士団には、アレキサンドライト様のサインだってあるんだから」
「天罰執行人のサインがっ!」
「あるのかっ?!」
「アレキサンドライト様が倒した悪人たちの中に賞金首がいたので、第二騎士団はアレキサンドライト様に賞金を支払ったんです。アレキサンドライト様は賞金を受け取って、受取証にサインをしたんです。第二騎士団の詰所にアレキサンドライト様がサインした受取証があります」
「第二騎士団の詰所にっ?!」
「アレキサンドライト・カルメンシータのサインがっ?!」
◆
「闇の神官アレキサンドライト・カルメンシータのサインが第二騎士団の詰所にあるらしい!」
「え?! 天罰執行人のサインが?!」
「第二騎士団の詰所に?!」
燎原の火のごとく、その噂は王都中に広まった。
「闇の神官って本当に居たの?!」
「サインがあるなら、実在の人物だろう」
闇の神官あるいは天罰執行人と噂されるアレキサンドライト・カルメンシータの噂について。
それまでは、信じる者がいる反面、半信半疑の者や全く信じない者も存在した。
だが第二騎士団の詰所にアレキサンドライト・カルメンシータのサインが実在するという事実が広まったことにより、噂は一気に信憑性を増した。
「本当にサインがあるのか?!」
「上級魔術師の凶悪犯、火炎のマッコイを倒した賞金の受取証だとよ!」
「マッコイが闇ギルドの元締めだったらしい」
「闇ギルドに天罰が下された!」
「闇ギルドって本当にあったの?!」
「あったんだよ。天罰執行人アレキサンドライト・カルメンシータ様の天罰を食らって壊滅したがな」
「闇の神官は神殿の首塚に葬られているんだから、第二騎士団の詰所でサインをした闇の神官は転生者だよな?」
「たった一人で、一夜にして、闇ギルドを壊滅させちまったんだ。只者じゃないことは確かだ」
アレキサンドライト・カルメンシータのサインを一目見ようと、王都の第二騎士団の詰所には人々が押し寄せた。
「闇の神官のサインを見せてくれ」
「そのような要望に応えることはできない」
「そこを何とか」
「第二騎士団の詰所に天罰執行人のサインがあると聞きました。あるんですか?」
「ある」
「見せてください」
「見世物ではない」
次々と現れては、闇の神官あるいは天罰執行人のサインを見せてくれと懇願する王都民たちの対応に、第二騎士団は時間を割かれることとなった。
「そんなにアレキサンドライト・カルメンシータのサインが見たいなら……」
サインを見せてくれと、おねだりする王都民の対応に出た騎士ダレスは言った。
「宰相府に嘆願書を出したまえ。受領証は見世物ではないから見せることは出来ないが、宰相府から命令があれば展示することになるだろう」
「なるほど!」
「さすがダレス様!」




