109話 グリーン・ミルク
「ルネ、ポーションを持って来たよ」
身体強化の魔術の副作用で体中が痛くなってしまった私は、今日は一日ベッドで大人しくして養生することになりました。
ニーナが私のために、この薬屋で最も上位の回復薬である上級ポーションと、コップに入れた水を持って来てくれました。
「ルネが作った最高級のツベルギア・ポーションだからね。効くよ!」
「ありがとう、ニーナ」
こういうの、ミイラ取りがミイラになるって言うのでしたっけ。
私は自分が作った上級ポーションをコップの水に溶かして飲みました。
「苦いね」
ツベルギア・ポーションは苦いので水で薄めて飲みます。
それでも苦いです。
「カフェみたいに、お砂糖とミルクを入れたら美味しくなるかな?」
私がそう言うと、ニーナは苦笑しました。
「薬は美味しくしたら駄目なんだよ。私も薬が美味しければ良いなって思ったことあるけど。お婆ちゃんに言われたよ、美味しい薬は危ないって」
「薬が美味しいとどうして危ないの?」
「あんまり美味しいと、子供が親の目を盗んで飲んじゃうかもしれない」
「あ、そっかぁ。美味しかったら子供は沢山飲んじゃいそうだね」
「そうそう」
「でも……飲み過ぎなければ良いんだよね」
「飲み過ぎなければね」
「じゃあ、美味しくして飲んでも良いかな?」
◆
「はい、ポーション・ミルクだよ」
「ニーナ、ありがとう!」
ニーナがポーションと蜂蜜を入れたミルクを作ってくれました。
ポーションは緑色なので、緑色がかったミルクです。
「美味しい! それに緑のミルクなんて面白い。これカフェで出せないかなぁ」
「駄目だよ。これは薬なんだから」
「ポーション以外で、ミルクに混ぜたらこういう色になる食べ物はある?」
「そうねぇ……。ミントの砂糖漬けとか?」
私たちのカフェハウスの新しいメニュー、グリーン・ミルク誕生の瞬間でした。
◆
――ルネが薬屋で養生しているころ。
「一体これはどうしたことだ!」
カフェハウスの前ではちょっとした騒動が起きていた。
カフェハウスの壊れた窓は掛け布で覆われ、ドアは当然ながら固く閉じられ「休業中」の張り紙があった。
このカフェハウスの有様を見て、いつものようにカフェハウスを訪れた魔法士たちは騒然とした。
「何か事故があったのか?!」
「ルネさんとニーナさんは無事か?!」
魔法士たちは近隣の商店に聞いて回った。
すると只ならぬ事態が起こったと推測できる断片的な情報が集まった。
「昨日、喧嘩があったんだよ」
「喧嘩じゃないよ、襲われたんだよ」
「強盗が魔法で攻撃したんだ」
「騎士団が来てたぜ」
近隣の商店に聞き込みをした魔法士たちは怒りに震えた。
「何ということだ!」
「身の程知らずの卑しい盗賊めが!」
魔法士たちより一足遅れて。
優雅にのんびりとカフェハウスを訪れた貴族夫人たちもこの事件を知ることとなった。
「私たちの楽園が!」
「許せませんわ!」
「下賤な強盗たちなど、全員死刑にしてやりましょう」
「スタイン公爵夫人はご存知なのかしら。お知らせしなければ……!」
◆
――魔法塔。
それは王国の魔法研究の最高峰である王立魔法研究所の通称だ。
「ティー・ビスケットが無いだと?!」
その日、魔法塔の中にある喫茶室では騒動が巻き起こっていた。
「一体どういうことだ!」
「何故、入荷していないのだ!」
魔法塔の喫茶室は、食堂と同じく、魔法塔に泊まり込んで研究に打ち込んでいる魔法士たちに食事や飲み物を提供する部屋だ。
この喫茶室で、最近、ティー・ビスケットという菓子が売られ始めた。
ティー・ビスケットは、魔法塔の中で大ブームを巻き起こした。
連日、ティー・ビスケットの販売時刻に合わせて、魔法士たちは喫茶室に押し寄せていた。
ティー・ビスケットが入荷する時間に、喫茶室には灰色のローブを纏った魔法士たちの長蛇の列が出来あがっている現象は、この魔法塔の風物詩になりつつある。
しかし……。
「ティー・ビスケットを製造しているカフェハウスが襲撃されたため、しばらく休業することになったらしいのです」
喫茶室の給仕たちは、魔法士たちにそう説明した。
魔法塔は王国の重要機関であるため、身分の無いものは許可がなければ立ち入ることはできない。
そのため魔法塔で働く者は、たとえ掃除夫であっても身元の確かな者で、王国から下位の官位を与えられている。
喫茶室で働く料理人や給仕たちも下位の官位を持っているので、給仕といえど官吏だった。
「襲撃だと?!」
「一体どこのどいつの仕業だ!」
「わ、解りません。私たちは休業の知らせを聞いただけでして……」
「料理人は無事なのか?!」
「おそらく、無事なのではないかと」
「本当か?!」
「あ、いえ、確認はしておりませんが。建物の修理が終わったら製造を再開するということでしたので、おそらく料理人は無事かと」
「建物が壊されたのか?!」
「詳しいことは存じません。申し訳ございません」
喫茶室の給仕たちはそれぞれが、怒れる灰色のローブの魔法士たちに取り囲まれ、詰め寄られ、質問攻めにされていた。
「今日はティー・ビスケットが無いだと?!」
「しばらくティー・ビスケットが食べられないだと?!」
ティー・ビスケットの虜である魔法塔の魔法士たちは、この悲報に皆が皆、深く嘆き悲しみ、そして激しい怒りに震えた。
「おのれ……」
「この恨み、はらさでおくべきか……」
カフェハウスを襲撃してティー・ビスケットの供給を止めた犯罪者たちへの恨みにより、今、ティー・ビスケットを愛する魔法士たちの心は一つとなった。




