113話 魂の深淵のように暗く、地獄のように熱く、愛のように甘いもの
「ところで妹よ、他に困っていることはないか?」
ホバート様は意味深な微笑みを浮かべながら私に言いました。
「この店に闇の神官アレキサンドライト・カルメンシータが来たらしいが、妹は何か困っていることはないか?」
「……っ!」
隠し事の部分に触れる形で質問をされて、私は面食らいました。
(私がアレキサンドライト・カルメンシータだということは、ホバート様は知らないはずよね?!)
そう思ったのですが。
私のその予想を覆すことをホバート様は言いました。
「私は侍女たちから事件の報告を聞いている。闇ギルドに攫われたニーナを追跡した人物を、侍女たちは見ているのだ」
(キャリーさんとプリスさん!)
ニーナが攫われたとき。
カフェハウスの給仕係であると同時にスタイン公爵家から私たちの護衛を命じられているキャリーさんとプリスさんの二人は、あの場に居ました。
彼女たちは、私が身体強化の術を使って、屋根の上まで飛んだゴーレムを追跡した場面を見ています。
「ニーナを追跡したその人物こそ、闇の神官アレキサンドライト・カルメンシータではないかと思うのだが?」
ホバート様は少し面白そうにしながら私に言いました。
「妹よ、困っていることがあるなら、この兄に何でも相談するが良い」
「あ、あの……。あ、後で。後で相談しても良いですか。今はちょっと……」
「よしよし。この兄が、後で相談に乗ってやろう」
ホバート様が自信満々といった様子でそう言い放つと、隣りのカウンター席に座っているモルさんが思案気な顔をして言いました。
「ボブさんは闇の神官の正体をご存知なのですか?」
「当然だ。私は一流の常連だ。この店のことなら何でも知っている」
ホバート様は堂々と答えました。
(バレている……。ホバート様には完全にバレている……)
私はドキドキしながら、場を誤魔化すようにして目を泳がせました。
ですが私には次なる衝撃が待ち構えていました。
モルさんが少し声を落として、私をじいっと見つめて言いました。
「実は我々も、闇の神官の正体に目星をつけているのです」
「……っ!」
私は吃驚して言葉を失いました。
「たかがハムごときが、何を知っているというのだ」
ホバート様が不愉快そうにそう質問すると、モルさんはしかつめらしい顔で答えました。
「闇ギルドの余罪や関係者について、第二騎士団が捜査をしています。魔法塔は第二騎士団のその捜査に全面協力しているのです。自白剤の提供など……、まあ……、犯罪者の取り調べをするのに有益な魔術は色々とありますからね……」
モルさんはさらに声を潜めて、内緒話をするような小声で言いました。
「犯罪者たちを倒した魔術は、光魔法の安眠の魔術だということが解っております。犯罪者たちの供述から、闇の神官の人物像も解りました。そして、それに該当する人物は……」
モルさんがじいっと私を見つめて言葉を切りました。
「……」
(バレている……!)
私は冷や汗をかきながら固まりました。
「ハムよ、余計な詮索はこのボブ兄さんが許さない」
「モルです。魔法塔の魔法士たちは闇の神官びいきですので、闇の神官が秘密にしたいと望むのであれば、秘密は守ります。もし闇の神官の意に反して、秘密を漏らすような裏切り者がいれば、魔法士たちが一丸となって制裁をいたしますので、ご安心めされよ」
「なるほど」
ホバート様は得心がいったように頷きました。
「ハムスターどもはティー・ビスケットが大好物というわけか」
「あー、えー、まあ……大体それで合っています」
モルさんはホバート様に相槌を返すと、私に視線を向けて言いました。
「ルネさん、魔法塔の魔法士たちは皆、このカフェハウスを守りたいと思っています。魔法塔はカフェハウスの味方です」
「闇の神官の秘密を……守ってくれるのですか?」
私がおずおずと問い掛けると、モルさんは頷きました。
「もちろんです」
「モルさん、ありがとうございます」
(良い人だわ!)
モルさんや魔法士さんたちの親切に、私の心は温かくなりました。
「妹よ、ハムは魔法はそこそこ出来るかもしれんが、所詮は働き鼠。政治はトンチンカンだ」
ホバート様が前のめりになって私に言いました。
「困り事はまず、この兄に相談するのだ」
「はい、ボブ兄さん。ありがとうございます」
◆
「闇のカフェ! それ良い! かっこいい!」
ネヴィルさんに提案された闇のカフェのことを、私は帰宅後にニーナに話しました。
「アレキサンドライト様は今、王都で凄い人気だもの。きっと流行るよ!」
「ニーナ、そんな噂どこで聞いたの?」
「ジェシカさんとベティさんから聞いたわ」
私が知らない私の噂を、ニーナは厨房係のジェシカさんとベティさんから仕入れたようです。
「闇ギルドって結構ヤバイ犯罪組織だったんだって。そのヤバイ組織をアレキサンドライト様は一人で討伐しちゃったんだもん。王都最強って言われてるらしいよ。私も鼻が高いわぁ」
「ニーナ、秘密だからね」
「解ってるって。ルネだってことはバレていないから大丈夫!」
「それが……ちょっとバレちゃったみたいで……」
ホバート様とモルさんに闇の神官の正体がバレていたことを、私はニーナに話しました。
「スタイン公爵家は、まあ、そうだよね」
ニーナがうんうんと頷きながら言いました。
「ジェシカさんたちはスタイン公爵夫人の命令でここで働いているんだから。そりゃあ報告するよね。報告を繋ぎ合わせたらルネだって答えに行き着く。上級ポーションを作っている薬師としての腕前だけでも、ルネは相当な光魔法の使い手だってとっくにバレているんだから」
「そっかぁ。そうだよね」
「うん。魔法士さんたちも、第二騎士団の捜査に協力しているなら、そりゃあ解るよ。魔法塔もうちから上級ポーションを買っているから、そっちからも解るかも。バラすつもりならもうバラしているはずだから、秘密にしてくれるっていうのは本当だと思う。魔法塔とは上級ポーションとティー・ビスケットの取引をしているから、味方になってくれるのかな」
ニーナは珍味を味わうような微妙な表情で言いました。
「魔法士さんたちってちょっと変わっている人が多いもん。世間の道理や正義なんかよりも、自分の興味や趣味が一番大事って感じ? 政治にも商売にも興味が無くて、そんなことよりポーションや今日のおやつのほうが大事って言いそう」
「あー、そうかも?」
「心配しなくても大丈夫。第二騎士団のエリオット様がルネのことは秘密にしてくれているもの。もしバレて、何かあったら、エリオット様かダレス様が知らせてくれるよ。ダレス様はよく来ているんだから、きっと教えてくれるよ」
「そっか。そうだよね」
「そうよ」
賢いニーナの説明を聞いて、私は安堵しました。
ニーナは私に相槌を打つと不敵な笑顔を浮かべました。
「闇ギルドを壊滅させた最強のアレキサンドライト様を怒らせるような愚か者は、王都にはいないわよ。うふふふ……」
そう独り言のようにぶつぶつと呟いたニーナは、顔を上げて私に質問しました。
「それで、ルネ、闇のカフェってどんなのにするの?」
わくわく顔になったニーナに、私はホバート様の提案を取り入れた構想を語りました。
「深煎りするつもり。いつものより苦くて濃い味のカフェにして、それに砂糖を入れて飲みやすくしようと思うんだ」
「強くて激しいガツンとした味にするわけね。アレキサンドライト様のイメージにぴったりだわ!」
◆
翌日。
私とニーナは少し早めにカフェハウスに行きました。
新しいメニューを追加するためです。
「ニーナ、闇のカフェの焙煎終わったよ。飲んでみる?」
「飲む飲む!」
私は闇のカフェを煎れたカップをニーナに差し出しました。
「はい」
「ありがと。こっちも書き終わったよ」
ニーナはメニューに闇のカフェを書き加える作業をしてくれていました。
「見て」
ニーナは闇のカフェを書き加えたメニューを私に差し出しました。
私はそれを受け取り、闇のカフェが追加されている部分の確認をしました。
――闇のカフェ。
――魂の深淵のように暗く、地獄のように熱く、愛のように甘いもの。
「ニーナ、魂の深淵の……って、これ何?」
闇のカフェという品名が書かれている下にある謎のポエムについて私は質問しました。
「宣伝文句だよ。売れるように宣伝だよ」
「そっかぁ。宣伝なんだ」
「そうそう、宣伝は大事だからね」
私が到底思い付かないような宣伝文句を考えてくれたニーナの才能に、私は感心しました。
「ニーナ凄い!」
その日。
私たちのカフェハウスのメニューに闇のカフェが新登場しました。
それはやがて王都に空前のカフェ・ブームを巻き起こすことになる、大ヒットメニューの提供が開始された記念すべき日でした。
お読みいただきありがとうございます。
この章はこれで終わりで、次話から新章になります。
ゴーレムの男の子と妹のその後や、闇ギルドに依頼したメレディスの実家のその後などは、次章で書きます。
ニーナの謎ポエムは「地獄ほど黒く、死ぬほど濃く、愛ほど甘い」という有名なコーヒーの詩とか、それをモチーフにしたフランスの外交官の「良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」という言葉などを参考にしています。




