107話 自称兄のお迎え
「伝説降臨!」
ニーナは私が書いたサインを見て、大いに喜んでくれました。
(ニーナはアレキサンドライト・カルメンシータの名前の良さを解ってくれているものね)
宝石とお姫様を合体させたアレキサンドライト・カルメンシータという名前は、私が考えた素敵な名前です。
ニーナもこの名前をとても気に入ってくれているのです。
ローナさんには不評でしたが……。
(賞金も貰ったし、受取証にサインもしたし……)
「私たちは家に帰れるでしょうか?」
私はエリオット様に尋ねました。
「ああ、かまわない。馬車で送らせよう」
エリオット様はそう言いながら、顔を上げて部屋のドアのほうを振り向きました。
「!」
廊下のほうから、何やら言い合いをしているような騒がしい声がします。
すぐに部屋の扉がノックされ、騎士が報告を持って来ました。
「失礼します、エリオット様、スタイン公爵のご令息がいらしています。ルネさんとニーナさんを引き取りたいとのことで……」
(ホバート様?!)
◆
「妹たち! 無事だったか!」
私とニーナは、エリオット様に連れられて、騎士団の詰所の玄関ホールへ行きました。
そこには煌びやかな貴族の装いのホバート様がいました。
従者さんたちを引き連れています。
「安心するが良い。兄が来たよ」
最近のホバート様はずっと庶民のボブ兄さんの仮装をしていたので、貴族の出で立ちのホバート様を見るのは久しぶりです。
「エリオット卿、妹たちは今すぐ連れて帰らせて貰う」
ホバート様はきりっとしたお顔でエリオット様に言いました。
「保釈金が必要なら、いくらでも払ってやる」
「保釈金は必要ありません。取り調べの結果、彼女たちは被害者であることが解りましたので、お帰りいただいてかまいません」
「では遠慮なく、連れ帰らせてもらう」
「彼女たちがそれで了承すればですが」
エリオット様がそう条件を付けると、ホバート様は自信満々に私とニーナを振り向きました。
「妹たち、この兄が、家まで送ってやろう。異存はないな」
「はい、ホバート様」
「ありがとうございます」
私たちはスタイン公爵家の馬車で送ってもらうことになりました。
エリオット様とダレス様が、馬車に乗り込む私たちを見送ってくれました。
「エリオット様、ありがとうございました。あの……アレキサンドライト・カルメンシータのこと……」
「ああ……」
エリオット様のおかげで、私は偽名で賞金を受け取ることができました。
私がお礼を言うと、エリオット様はほんの少しだけ笑いました。
「どういたしまして」
(エリオット様が笑った……!)
微笑みというよりは、苦笑に近い気もしますが。
美貌のエリオット様が微笑むと、破壊力があります。
「道中、女神様のご加護を」
エリオット様が祈りの言葉で見送ってくれましたが、ホバート様は自信満々にそれに言い返しました。
「この私が付き添っているのだ。心配などいらぬ」
◆
「ホバート様、カフェハウスに寄りたいので、カフェハウスの前で降ろしていただけますか」
馬車が走り出すと、私はホバート様にそうお願いをしました。
「カフェハウスに寄るのは構わないが、また何かあっては私の沽券に関わる。薬屋まで送らせてもらう。用が済むまで待っていてやる」
「いえ、少し時間がかかると思うので……カフェハウスまでで結構です」
「こんな夜にカフェハウスに何の用事があるのだ?」
「カフェハウスの窓ガラスが壊れてしまったんです。お片付けをして、窓を塞がないといけないのです」
私がそう説明すると、ホバート様は余裕の笑みを浮かべました。
「それなら心配いらない。もう手配はしている」
「え?!」
「侍女たちから報告を受けて、すでに手配済みだ」
「キャリーさんとプリスさんが?」
「そうだ。妹たちは何の心配もしなくて良い。あの建物の所有者は私だからな。修繕も私が行う」
「修理していただけるのですか!」
「もちろんだ。用事は修繕のことだけか?」
「はい」
「では用事はないな。薬屋まで送ろう」
ホバート様の親切に、私とニーナはお礼を言いました。
「ありがとうございます」
「ホバート様、ありがとうございます」
「気にするな。大したことではない」
「ルネ、良かったね」
「うん!」
「被害の状況を見たが……」
ホバート様は少し眉を歪めて言いました。
「ひとまず明日は営業できまい。修繕が終わるまでは休むと良い」
窓が壊れてしまいましたものね。
休業は仕方ないです。
「何にせよ、妹たちが無事で良かった。妹たちは世界の宝だ。建物などいくらでも修理できるが、妹たちの代わりはいない」
「ニーナはお料理が上手だから狙われたのでしょうか?」
私がホバート様にそう質問すると、隣りにいるニーナが皮肉っぽく笑いました。
「私の料理の腕が目当てなら、攫う前に引き抜きに来ると思うよ。……ルネと間違われたんじゃないかなぁ。だって神殿の巫女が来ていたんでしょう?」
そういえば、そうでした。
シェイラ様、メレディス様、ナタリア様がカフェハウスに来て、私を見ていました。
彼女たちの実家が私を探していると、以前ダレス様が教えてくれました。
「ふむ……。メレディスが来ていたな……」
ホバート様は難しい顔をして、考えを口に出すようにして言いました。
「メレディスが人攫いを雇った可能性はあるな」
ホバート様の推理にニーナが頷きました。
「きっとそうですよ。人攫いは雇い主から、ルネの年齢だけ聞いていて、顔を知らなかったんだと思います。ルネって十六歳にしては小柄だもの。それで私と間違えたんじゃないかなぁ……」
「人攫いたちは、私を十六歳だと思わなかったってこと?」
「そうだと思うよ。だって巫女たちが来たタイミングだよ。魔術師まで雇って攫おうとするんだから、目当てはルネだったと思うよ」
「……」
私は十六歳なのに、私を十六歳だと思わなかったらしい人攫いたちに、新たな怒りが湧いて来ました。
人攫いたちが私の事を「地味女」と言っていたことも思い出してしまいました。
(失礼しちゃうわ)
「私が調べてやろう。黒幕まで必ず捕らえる。後のことは私に任せておけ。妹たちは安心して休んでいるが良い」
ホバート様は少し悪い顔でニヤリと笑いました。
「スタイン公爵家に盾突いたことを、愚か者たちに一生後悔させてやる」




