100話 追跡
(ど、どうすれば……!)
ニーナを片手で丸太のように抱えて跳躍した黒マントの大男は、建物の屋根まで飛び上がりました。
ニーナの細い悲鳴が上方に遠ざかって行きます。
「……!」
安眠の術が通用せず、私はどうすれば良いか解らなくなり一瞬混乱しましたが。
大男を追いかけるしかないと思いました。
「キャリーさん、騎士団に通報をお願いします!」
私はそばにいたキャリーさんにそう言うと、自分に身体強化の魔術をかけました。
(強化!)
私が放った光魔法が輝きました。
「私はニーナを追います!」
キャリーさんにそう告げると、私は身体強化の術で羽根のように軽くなった体で、思い切り地面を蹴りました。
――タン!
私の体が高く飛び上がります。
私の跳躍にちぎられた風が耳元でびゅうっと鳴りました。
「え?!」
「ルネさん?!」
キャリーさんとプリスさんの驚愕の声が、足元から聞こえました。
私はいつも厨房で食品保存のために結界魔術を使っているので、キャリーさんもプリスさんも、私の光魔法の輝きには驚きませんでしたが。
身体強化の術は見せたことがなかったので驚いたのでしょう。
――トン!
私は屋根の上に降り立ちました。
(ニーナは)
顔を上げて屋根の上を一瞥すると、私はすぐにニーナと、ニーナを抱えてぴょんぴょんと跳躍しながら移動している大男を見つけました。
(え?!)
大男の進行方向に、何故か小さな男の子がいました。
私よりずっと小さい、十歳くらいの男の子です。
どうして屋根の上に男の子がいるのか、私が考える間もなく。
右手でニーナを丸太のように抱えている大男は、次の瞬間、左手でその男の子を抱え上げました。
(子供も攫われた!)
ニーナと男の子を抱えて屋根の上を移動する大男を、私は追いかけました。
(安眠の術が効かない相手と、どうやって戦えば良いの?)
大男を相手に、どうやってニーナと男の子を助ければ良いのか。
何の手立てもないまま、私も屋根を跳躍で移動して大男の後を追いました。
(もう一度、もっと思いっきり魔力を使って安眠の術をかけてみたら……)
私は足元に注意して跳躍で進みながら、ニーナを奪還する方法を考えました。
(それで安眠の術が効かなかったら、力づくでやってみよう。身体強化の術を使っているんだから力も強くなっているはず)
脚力が強化されて、屋根まで飛べたのです。
きっと腕力だって強くなっているはずです。
(力ずくで私がニーナを取り返そうとしたら、きっと相手も攻撃してくる。そしたら結界で防ごう。……最初から結界魔術で自分を覆っておけば攻撃を跳ね返せる?)
あらかじめ結界魔術を自分にかけておいたほうが良い気がしました。
私は傾斜した屋根の上を跳躍して移動しながら、自分に結界魔術をかけました。
(保存!)
結界で隙間なく全部覆うと食品がそのまま保存できるので、結界の中は時間が止まってしまうような気がしました。
そうなると自分がどうなるか解らなかったので、自分を覆う結界には隙間を作りました。
(あ!)
屋根伝いに走っていた大男が、飛び降りました。
「いやぁあ!」
ニーナの悲鳴が落下して行きました。
私も跳躍ですぐに大男が飛び降りた地点まで行きました。
「……っ」
下を見た瞬間、その高さに、背中がひゅっと寒くなりました。
屋根の高さから飛び降りることに私は一瞬躊躇しました。
眼下では、ニーナと男の子を抱えたまま無事に飛び降りた大男が走り始めました。
(身体強化しているんだから、大丈夫……!)
私は意を決すると、軽く足元の屋根を蹴って、飛び降りました。
(女神様、ご加護を!)
――びゅううぅぅ。
私の落下の速度に、ちぎられた風が鳴ります。
結界で全身のほとんどを覆っているせいか、風の感触はほとんどありません。
――タン!
軽い衝撃とともに、私は地面に降り立ちました。
顔を上げると、ニーナと男の子を抱えた大男が馬車に乗り込もうとしているところでした。
(仲間が待っていたの?!)
大男が乗り込むと、馬車はすぐに走り出しました。
(追いかけなきゃ!)
私は馬車の後を走って追いかけました。
◆
(馬車が止まったら、まずは御者を眠らせる。大男が馬車から降りて来たら、安眠の術をもう一度かける。それで駄目なら力ずくで何とかするしかない!)
私は手順を考えながら、馬車を追って走りました。
馬車は賑やかな通りを外れて、寂れた小路に入って行きます。
(人攫いの隠れ家があるのかしら)
やがて馬車が停まりました。
(今だ!)
私は一気に加速して、馬車に追いつきました。
そして跳躍で馬車の手前に回ると、御者に向かって安眠の術を放ちました。
「眠れ!」
「な、なん……!」
御者の男は私を見て驚きの声を上げましたが、言葉を全て言い終わる前に眠りました。
(安眠の術が効いている。あの大男には特別に術が効かないだけなんだわ)
――バン!
馬車の扉が勢いよく開きました。
大男ではなく、悪い顔をした男が馬車から出て来て、私に気付くと軽い驚きの表情で叫びました。
「あ、お前は! 地味なほうの女!」




