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暗闇に包まれた道を、カナリアの魔法鉱石を入れたランタンを持つレイヴンが照らしながら、カナリアの前を歩く。
そして、彼は歩き始めてからずっと、話し続けていた。
「俺の好きな食べ物は、やっぱ肉かな〜。あっでも、野菜も好きだし、果物も好き」
「全部好きじゃありませんの」
「嫌いな食べ物ないから、全部好きなのはそうかも。んで、カナリアは?」
「何故、私が貴方に教えなければいけませんの」
「良いじゃん、減るもんでもないし」
「さっさと黙って歩きなさい」
「ケチだなぁ〜。まあ、とりあえず俺なんでも食べれるからよろしく!」
にかりと笑ったレイヴンに、カナリアは呆れたように溜息を吐く。
この調子で、レイヴンは先ほどから詳しい自己紹介をし続けているのだ。
歩き始めてすぐに、「俺はレイヴン。路地裏を取り締まってる自警団のリーダーみたいなもんで、クロウ嬢様の護衛だ」と改めて言われた時には、彼だけ時間が巻き戻ったのかとカナリアは思った。
「うーん、まあカナリアの好きな物はある程度把握済みだからいっか」
「はあ? なんですのそれ、言ってごらんなさい」
「クロウ嬢様情報で、ローストビーフでしょ。あとは、お菓子というか甘いもの?が好き。因みに、お菓子はハーブティーか紅茶で合わせるなら、どっち派?」
「いつもは紅茶でしたけれど、最近はウチの庭師が育てたハーブを使ったハーブティーを飲んでますわね……って、別に私は甘いもの好きではありませんわ!」
「ほうほう、カナリアはハーブティー派ね。覚えた」
ニヤニヤとした顔で頷いたレイヴンに、カナリアがその逞しい背中を叩く。
けれど、彼はケラケラと笑い、背中のマッサージだと思っているかのようだ。何一つとしてダメージを与えられないレイヴンに、カナリアは腹を立てて眉を顰める。
「急に自己紹介したり、質問してきたり、なんですのよ」
「いやほら、俺達まだ出会って間もないから、お互いのことを知らないとね」
「……必要ないですわ、そんなの」
「俺には必要なの。俺はカナリアのこと知りたいし、カナリアに俺のこと知ってほしいから」
首だけ振り返り、くしゃりと笑うレイヴンに、カナリアの胸にチクリと、針が刺さる。
言わなければならない。
彼を拒絶する言葉を。彼に嫌われる言葉を。
けれど、どうしても先程のレイヴンを思い出してしまって、カナリアは口を開けない。
「そんじゃ、次。食べ物の次は趣味とか? 俺はね、こう見えて料理と掃除得意だよ。あと、人のいないめっちゃ綺麗な景色スポット見付けるの好き。
今度、俺のおすすめスポットをカナリアに見せてやるよ」
いつの間にか、隣を歩くレイヴンの横顔が、柔らかい赤に照らされる。
ゆらゆらと、揺らめくランタンの光が二人の間で揺れ動き、カナリアは視線を落とした。
喉元に引っ掛かる言葉を、彼女は無理矢理吐き出す。
「結構ですわ。貴方と出掛けるなんて有り得ませんもの。私はバークライト家の娘。貴方は雇われ人の一般人。身の程知らずも大概になさい」
カナリアの放った言葉で、沈黙が生まれる。
風の音と湖の水が揺れる音だけの世界。
レイヴンは、静かに前を向いて、口を開いた。
「……そっか」
静かな世界に呟かれた一言。
それだけの言葉なのに、カナリアの胸が締め付けられた。
目の前に伸びる二人の影は繋がっているのに、彼らの間には見えない壁が立ち塞がっている。
「まあ、今はそれでもいいよ」
「え?」
思わず、レイヴンへと視線を向ければ、カナリアは一瞬息が止まった。
今まで見たこともない穏やかな微笑みが、その口元に浮かんでいた。冷たい氷を溶かすような、温かく柔らかな声で、彼は言葉を続ける。
「身の程知らずは、百も承知。そうじゃなきゃ、アンタの傍にはいけないだろ」
水面に落ちた雫が広げる波紋のように、カナリアの心がざわめく。
真剣で誠実なその漆黒の瞳が、カナリアを揺れ動かし、困惑させる。
「……それは、どういう意味ですの」
歩みを止めたカナリアと共に、レイヴンもその隣に立つ。
聞かなければならないのに、避けていた言葉を、カナリアはとうとう口に出した。
揺らめく紅の瞳が、漆黒の瞳を映す。
いつも強く鋭い彼女の瞳が、一瞬不安げに揺れていたのを、彼は見逃さなかった。
「……そのままの意味だよ」
すうっと、細まった彼の目。
優しさに満ちたその声は、心地良くカナリアの耳に届く。
「アンタはさ、誰も近づけないように壁を作ってる。
だから、普通に近づいたくらいじゃ、傍に立つことすらできないだろ」
無意識にカナリアの頭に伸びかけた手が、ぴたりと止まる。
そのまま指を握り込み、静かに手を下ろした。
「身の程知らずなくらい踏み込まなきゃ、アンタには届かない」
ランタンの作る影が、レイヴンの表情を隠す。
笑っているのか、それとも別の表情をしているのか、カナリアには分からない。
そして、確かめられないまま、彼は前を歩き始めた。
「早く行こう、カナリア。アンタはタダでさえ自分の体を蔑ろにするんだから、ちゃちゃっと行って、さっさと寝ないとな」
「なっ! 私の体調管理は万全ですわよっ!」
「はいはい、だからって無理するのが当たり前になるのは良くねえから。ほら、急げ急げ」
重たい空気から一変、カナリアをおちょくるように言い放ち、レイヴンがいきなり走り出す。
暗闇の中に置いていかれそうになったカナリアは、慌てて彼を追いかけた。
「ちょっと! 護衛が守るべき相手を置いていくなんて、とんでもないですわよ!!」
「置いていってませーん。ちゃんと待ってるしー!」
「どこがですのよっ! 私を走らせるなんて!!」
カナリアが追いつけば、また走り出すレイヴンに、カナリアは声を荒げて、追い掛ける。
楽しそうに笑っているレイヴンを追いかけながら、カナリアは何故だか少し、ホッとした。




