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夜の追いかけっこをしながら、やっと辿り着いた秘密の屋敷の前に、二人は立つ。
ひとりは満身創痍で肩で息をしているが、もうひとりは飄々とした態度で屋敷を物珍しげに見上げていた。
「ここが秘密の屋敷ねぇ〜。確かに、なんかここだけ監視魔法がそこかしこで発動されてるや。ここに大事なもんがあるって言ってるようなもんだよなぁ。ある意味不用心」
「はあっ、……不用心なものですかっ。ぐっ、はあ」
「カナリア大丈夫? ちょっと深呼吸しなよ」
――誰のせいでこうなってると思ってますのよっ!!
私だって、歌の為に鍛えているはずなのにっ! こんの体力バカが!!
深呼吸をしながら、息を整え、カナリアは隣に立つレイヴンを恨めしげに見る。
汗ひとつかいていない彼に苛立ちながら、彼女は深く息を吸った。
「監視魔法の多さを見せるのは、防犯と威圧の面で効果的ですわ。これなら侵入しようとする輩は、出てこないでしょう」
「ここにいるけどな」
二人が顔を見合わせる。数秒の間。
そして、カナリアは大きな溜息を、レイヴンはケラケラと笑った。
「そんで、どうやって入る? なかなかに骨が折れそうだけど?」
「監視魔法が作動していない場所があると聞きましたの。まず、そこを見付け出しますわ」
「了解、ボス」
屋敷の周りを確認しようと歩き出したカナリアに、レイヴンが目を丸くする。
そして、彼は腕を組んで苦笑した。
「おいおい、どこ行く気ですか、お嬢様。ここで待っててよ」
「何故ですの? 私も動いた方が効率的ですわ」
「あのさ、俺が頼まれたのは護衛なの。勝手にどっか行かれると困るの。俺が確認しに行くから、カナリアはここに居て」
呆れたように肩を竦められ、カナリアは納得出来ずに眉間に皺を寄せた。
反論しようと口を開けば、レイヴンが掌をカナリアの目の前にかざす。
「ストップ。一瞬で終わるから。逆にカナリアに動かれた方が非効率的」
「……そこまで言うのなら、見付けて来なさい」
「おっけ」
そう言うや否や、レイヴンが屋敷の塀に飛び乗り、そのまま屋敷を囲う木々の枝に移り飛んでいく。
まるで、幼い頃に本で読んだ東の島国の"ニンジャ"のようだと、カナリアは目を見開いて、その様子を見た。
彼はすぐに屋敷の周りを一回りして、大木の枝からカナリアの前へと着地する。
なんてことはないような顔をして、彼は自分の肩に付いた葉を払いながら、口を開いた。
「動いてなかったのは、二箇所。裏門と正面玄関のとこだった」
「本当にあの一瞬で確認しましたの?」
「うん。だから、言ったろ? カナリアに動かれた方が非効率的って」
ニヤリと、自慢げな顔で笑うレイヴンに、カナリアの口はへの字に曲がる。
反論したくとも、結果を見せられてしまえば何も言えない。
不服そうなカナリアを見て、レイヴンは可笑しそうに声を出して笑った。
「ははは! 俺の実力を分かってもらえて良かったです、お嬢様」
「そのお嬢様って言うのお止めなさい! 貴方に言われると、馬鹿にされてるようで腹が立ちますわっ!!」
「あっはは! ごめんごめん、じゃあ裏門行こうぜ、カナリア」
楽しそうなレイヴンの後ろを、カナリアは唇を尖らせながら歩く。
今更ながら、路地裏の自警団のリーダーもゴッドスピード家の護衛も、彼の人間離れした身体能力を考慮すれば、妥当な肩書と仕事だ。
クロウが彼を連れて行かせたがったのも、納得はいく。
護衛としても優秀だが、あらゆる物事で彼は役に立ちそうだ。
「ここなんだけど、カナリアって今から全速力で走れたりする?」
「へ? 今から?」
「裏門通り抜けたら、正面玄関までは監視魔法がめっちゃ動いてんだよね。そこを全速力で避けながら走んなきゃな訳。いけそう?」
無理である。
先程の馬鹿みたいな追いかけっこのせいで、カナリアの足は走ることを拒否している。寧ろ、立っていることも嫌がり、さっさと座って休みたがっている。
「……先程、貴方のせいで無駄に体力を消耗させられたのだけど?」
「だよね。んじゃ、まあ、俺が運ぶわ」
「…………は?」
衝撃的な発言に、カナリアはたっぷりの間を置いて、たった一言を放つ。
レイヴンは困ったように腕を組みながら、頬を掻いた。
「俵担ぎ、背負う、お姫様抱っこ……さあ、どれにする!?」
「却下ですわ」
「いやいや、そうしなきゃ入れないじゃんって」
「な、何故、私が貴方に運ばれなければなりませんのよっ」
地団駄を踏んで拒絶するカナリアに、レイヴンが、んーっと首を傾げながら悩み、そして、面倒臭くなって、カナリアの背中に手を回した。
「ぶっちゃけ、カナリアを走らせるより、こっちのが効率的なんだよね。だから、黙って俺に運ばれてくれ」
「あっ、ちょっと!!」
「手、首に回して。ちゃんと掴んでろよ」
カナリアの返事も聞かずに、レイヴンが彼女を抱きかかえ、走り出す。
ホウゴロウ以外の人間にお姫様抱っこなんてものをされ、カナリアはパニックになりながらも、彼の首に慌てて手を回した。
上に横に、縦横無尽に飛びながら走るレイヴンに、馬車の方がマシだと、カナリアは心の中で毒づく。
一分にも満たない滑走を終え、正面玄関の前にカナリアは降ろされた。
「……入る前から、疲れましたわ」
「それな」
「貴方のせいですわよ!!」
拳で彼の胸板を叩いてみたものの、壁のように固く、カナリアはげんなりとした顔で、拳を下ろした。
そして、さっさと屋敷に入ろうと思い直して、屋敷の扉の鍵穴に、カカポさんから借りた鍵を差し込む。
「うわぁー、なんかワクワクしてきた。何があるんだろうな?」
「はしゃがないで。危険なものがあるかもしれませんから、警戒は怠らないでくださる?」
「分かってるって。カナリアは、俺が守るから」
当たり前のように言われた言葉に、ほんの少し心臓が跳ねながら、カナリアは扉をゆっくりと開けた。




