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初めて見る不安げに揺れている紅の瞳を見つめ、クロウは彼女を安心させる為に口を開いた。
「あの人は距離感バグ男なんです……っ。そう、貴女の幼馴染の巨人と同じですっ!」
「……えっ?」
「好きとかすぐ言います。良くも悪くも、素直というか率直です。だから、女好きとか女遊びしてるとかでは全くなく、ただの馬鹿なんです」
グッと、肩を掴むクロウの手に力が入る。
真剣に話す彼女に、カナリアはおずおずと疑問を口にした。
「……深い意味は、無い?」
「…………深い意味は、無くは……いや、無い! 無いです!」
「そう、そうですのね。……私が意識し過ぎていただけでしたのね」
「えっ?!」
拳は解かれたものの、今度は体の前に組まれたカナリアの手の指先が、忙しなく、恥ずかしそうに動く。
それを凝視するクロウは、目を大きく見開いて、彼女の言葉を待った。
「……殿方からの告白は、初めてでしたの。だから、どうしていいか分かりませんでしたけれど、深い意味は無いと知って、安心しましたわ」
「そ、そうなんですか?! だって、カナリア様なら求婚されたりするの日常茶飯時でしょ? それに、沢山婚約の話があったって、前に言ってませんでした?!」
「それは、皆、全て家の為ですわよ。そこに恋愛感情なんてお互い微塵もありませんわ」
カナリアがすんっと澄まして言えば、クロウの様子が見るからに焦ったように変わる。
間違えた?、いやレイヴンが悪いし、とブツブツと呟き、大きく溜息を吐いた。
そして、彼女は冷や汗を流しながら、カナリアをその漆黒の瞳に映す。
「……因みに、深い意味があったら」
クロウの声が、若干低くなる。
「カナリア様は、どうされるつもりですか」
しんっと、静まり返る二人の世界。
いきなりの問いかけに、カナリアはポカンとした顔をして、固まる。そして、数秒の後、口を開いた。
「えっ、無いのでは?」
「もしも、あったらの場合です。出会ったばかりですけど、カナリア様的にアリですか?」
急に始まった恋バナに、カナリアが困惑して口を閉ざす。
アリかナシかで言えば、ナシだ。
そもそも身分が違う。この世界では、身分違いの恋愛は推奨されておらず、寧ろ、貴族の家は同じ貴族と婚姻を結ぶのが当たり前であり、暗黙の了解である。
しかも、バークライト家の娘となれば、それなりの地位にある貴族との婚姻が推奨される。
彼はただの一般市民。カナリアの婚約者にはなれない。
それに、カナリアにはそれ以上に大きな問題がある。
「ナシ、ですわ。身分が違い過ぎますもの」
「……身分違いでも、恋愛は出来ますよ?」
「不毛でしょう。それに、私は彼のこと、何も知りませんもの。彼も私のことを何も知りませんわ。
……私と生涯を共にしたいなんて方は、この先現れることはありません」
生ぬるい風の匂いが、鼻を掠めて、あの夜がカナリアの頭に浮かび上がる。
自分を貫く熱を帯びた漆黒の瞳と優しく触れる大きな手。
耳に心地良く響いた低い声。
飾り立てた偽りの言葉ではない、彼の素直な行動と言動は、カナリアの人生で初めて経験するものだった。
まだ、彼のことを何も知らない。けれど、知りたいと、思えるほどには、彼を気にしている。
「そんなことないです! そりゃ、態度も口も悪くて、いつまで経っても私のことを友人と認めないし、本当に意地っ張りで頑固なところありますけど!」
「…………喧嘩売ってますわね?」
「でも、カナリア様はそういうところ引っ括めて、素敵だと思いますよ!? ずっと、ずっとひとりで努力して、小さい時にはもう王宮で働いてて、凄いと思います!
……だから、貴女と一緒にいたいって思う人は必ずいます」
唇を噛み締めて、悲しそうな顔をするクロウに、カナリアがフッと笑う。
初めてもらう彼女からの慰めの言葉に、カナリアは胸の奥がじんわりと温かくなった。
ロビンはいつも、彼女からこんな言葉を沢山貰えていたのだろうか。
「ですが、私には恋愛は不要ですわ。邪魔なだけですもの」
「邪魔、ですか」
「ええ、だからナシ。さあ、話はこれで終わりですの?」
短く息を吐いたカナリアに、クロウが不服そうにしながらも、頷く。
そして、彼女は静かに口を開いた。
「じゃあ、レイヴンには説教しときますね。馴れ馴れしくするな、と」
「そうして頂けると大変助かりますわ。というか、ホウゴロウと同じようなことをしているのですから、同じように叱ってくださる?」
「それはもう。淑女への扱いを徹底的に叩き込みます。アレが言う事聞くか分かりませんけど」
ヘラヘラと笑うレイヴンを思い出したのか、嫌そうな顔で肩を竦めたクロウに、カナリアは苦笑する。
すると、自由時間の終わりを告げる鐘が鳴り響き、クロウが慌てた様子で立ち上がった。
「ヤバい、もうこんな時間?! 授業行かなきゃ!」
「あら、急いだほうがよろしくてよ」
「えっ、カナリア様は行かないんですか?」
「私に授業など必要ありませんわよ。優先すべきは、コレ」
歌魔法の本を持ち上げて言い放ったカナリアに、クロウが眉を寄せて目を細める。
堂々とサボり宣言をした紅の女神様に、呆れつつも、クロウは急いで階段を降りて行った。
「ちゃんと、レイヴン連れて行ってくださいよ!」
「分かってますわよ、早くお行きなさい」
手を払って言ったカナリアに背を向けて、クロウが図書館から出ていく。
その後ろ姿を、カナリアは見送った。
***
漆黒の暗闇が空を覆う頃、部屋の中で髪を梳くクロウが鏡台の鏡に映る自分を見つめる。
肩まで伸びる漆黒の髪は、さらさらと櫛から滑り落ちた。
「……レイヴン、よくもまあ、やらかしてくれたわね」
静まり返る部屋の中、クロウの声が響く。
鋭く光る漆黒の瞳は、鏡を見つめ続けながらも、その目の奥は怒りを携えていた。
「急に告白したらしいじゃない。貴方、馬鹿なの? そんなことしたら、あの人が混乱するの分かり切ってたはずよ。というか、過度な接触って何したのよ」
溜息混じりに言い放ち、クロウが櫛を置く。鏡の中の自分が、なんとなく気まずそうに見えた。
そして、彼女は絡まりのなくなった髪に満足しながら、バルコニーへと向かう。
柔らかな風に吹かれながら、彼女は静かに大きく息を吸った。
「これから、貴方には彼女を安全に秘密の屋敷まで連れて行ってもらうから。ちゃんと節度を持って、接しなさいよ」
低い声で釘を差したクロウは、ひとりで話し続ける。
返事をしないレイヴンを気にもせず、彼女は言葉を続けた。
「カナリア様は、私の大事な友人。もし変なことしたら、タダじゃ済まさないから。覚悟しなさい」
バルコニーから振り返り、鏡に映る自分をクロウは睨みつける。数秒の沈黙の後、ゆっくりと彼女の手が胸を抑えた。
カナリアの姿を思い浮かべるだけで熱くなる心臓に、彼女は呆れたように溜息を吐く。
「それでも、俺は……」




