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テーブルへ戻ると、三人がやけに意味ありげな笑みを浮かべて待っていた。カナリアは瞬時にその顔を嫌悪に歪める。
「なんですの、ニヤニヤして気色悪い」
「おやおや、先程までしおらしかったのに」
「何の話だか分かりませんわね」
持ってきたシチューを自分の前と隣に座るクロウに渡し、カナリアは席に着く。
ふわふわと漂う甘いミルクの香りと焼きたてのパンの小麦の香りに、食欲を掻き立てられ、カナリアはスプーンを手に取った。
一口、シチューを口の中に滑らせれば、スパイスが効いたベーコンと優しいミルクの味が合わさり、食欲が増す。けれど、カナリアは、ふと疑問が浮かび、口を開いた。
「……あら」
「どうしました?」
「いえ、シチューって場所によって味が違うのかと思ったのだけれど、ここのシチューと私の家のシェフが作ったシチューは似ていたもので。
ロビンさんの家のシチューが、何か特別な物を使ってらっしゃるのね」
なんとはなしに呟かれたその言葉に、ロビンの目が大きく見開かれ、キラキラと輝き出す。
そして、嬉しそうに弾むような声を出した。
「流石、カナリア様!! 私の家のシチューは、搾りたての牛乳を使っていますから、鮮度とコクが段違いなんですよっ! それに野菜もカルティス家で代々品種改良していて、あの日のものは採りたてでしたから!」
「採りたての野菜ですと、味が変わるものですの?」
「変わりますっ! こんなに変わる?!ってレベルで変わります!!」
「へえ……、だから、私の家のシェフも同じ味には出来ませんでしたのね」
シチューを食べながら言ったカナリアに、ロビンがわなわなと震えて、自分の頬に手を当てる。頬を赤らめて、彼女は悶えた。
「そんなにウチのシチューが食べたいなら、また遊びに来てください!! いくらでもカナリア様のために作りますから!!」
「……貴女がどうしてもと言うならば、気が向いた時に行ってあげなくもないですわ」
「はいっ! いつでもどうぞ!!」
花が飛び交う空間の中、約二名が取り残されており、その二人がお互い視線を合わせる。
そして、先にクロウが口を開いた。
「聞きましたか、クレイン様。また、カナリア様の自慢が始まりました」
「はあ?」
「ええ、まだ僕達はご馳走にもなっていないのに。僕達を差し置いて、先にロビンさんの家に行って、シチューをご馳走になって、とてもとても良かったですね」
「な、なんでそうなりますのよ! そんなこと自慢にもなりませんわよ!!」
呆れたように肩を竦めるクロウと、皮肉たっぷりな笑顔のクレインに、カナリアが眉を寄せて否定するも、二人はやれやれと、首を横に振った。
そんな二人を見たロビンは、慌てたように声を上げる。
「あの、えっと、合宿終わって落ち着いたら、皆ちゃんと招待するので! 来るなら秋頃がおすすめですし、秋野菜のシチュー作りますので!!」
「楽しみにしていますね、ロビンさん」
「カナリア様がだーい好きなロビンの家のシチュー、楽しみだなぁ〜」
「なっ、嫌味な言い方ですわねっ! 私は別に招待されなくても良いですわよ!!」
「ええっ、なんでそんなこと言うんですかっ! 私はどーーうしてもカナリア様に、もう一度来て欲しいのにっ!!」
やいのやいのと、騒がしいテーブルに、カナリアは辟易としつつも、その場を離れようなんて気持ちは、ひとつも湧かなかった。
煩いですわね、なんて考えながら、彼女はまた、シチューを食べた。
***
「秘密の屋敷……ですか」
自由時間にクロウを図書館に呼び出し、カナリアが昨夜のカカポさんとの会話を彼女へ伝える。
鍵を見せれば、クロウは顎に手を添え、考える素振りを見せた。
「それはすごく興味深いですね。何かある可能性は高いと思います」
「ええ、それで今夜、就寝時間後に行こうと思ってますの」
「分かりました。待ち合わせはどこにしますか? 警備や先生に見つからないようにしないといけませんし、裏門なら人少ないですかね」
自分も行く気満々のクロウの言葉に、カナリアがきょとんとする。
そんなカナリアを見て、クロウもきょとんとした顔をすれば、カナリアが口を開いた。
「私ひとりで行きますわよ」
「えっ、何でですか。一緒に行きます」
「もし、私が警備や教師に見付かったとしても、彼等は何も言わないでしょう。というか、私が言わせませんわ。ただ、貴方は話が別。見付かれば、罰則を課せられるでしょうね」
「何故なら、貴方は偉くないから」と、バッサリ言い切ったカナリアに、クロウが苦虫を噛み潰したような顔をする。
納得したくないのに、納得せざるを得ない説得力のあるカナリアの言葉に、クロウは数分考え込んだ。
「でも、ひとりにしたくないです。夜遅いですし、何があるか分からないじゃないですか」
「誘拐犯もこんな場所まで来ませんわよ。警備もありますし」
「そうだとしても、もしもや何かがあったら、心配です。……ひとりで何でもやろうとしないでください。出来たとしても、です」
漆黒の瞳が心配の色を滲ませて、カナリアを見つめる。
むず痒いそれに、カナリアは視線を逸らした。
「けれど、それではどうしますのよ。就寝時間後にしか、チャンスはありませんのよ」
「……レイヴンを連れて行ってください」
「えっ」
クロウの提案に、カナリアがなんとも間の抜けた声を出す。そして、視線を右往左往させ始めたカナリアに、クロウが首を傾げた。
「あれ、私がレイヴンを連れて来ているの知ってますよね? 彼からカナリア様に挨拶しに行ったと聞いていたんですが」
「……挨拶。挨拶というには、あまりにも、淑女への扱いが出来ていませんでしたけれど」
「えっ? ……えっと、レイヴンが何か失礼なことでも?」
眉を寄せて、心配そうに尋ねるクロウに、カナリアはあの日の夜のことを思い出す。
まだ出会って間もない男に、額にキスをされた夜。
告白まがいなことを言われた、夜。
恋愛経験値が全くないカナリアにとって、レイヴンの行動が理解出来ない。
揶揄われ、馬鹿にされているのか、それとも、本気で言っているのか。
お互いのことを何も知らないのに、好きになることなんてあるはずない。それならば、考えられることは、ただひとつ。
「……貴方の護衛は、女遊びが好きなのかしら」
「ええっ?! いえ、そんなことはないと思いますよ?! 何でそう思ったんですか?」
「彼は、私に過度に触れたり、軟派な発言をしてきますのよ。告白まがいな事を言って、私を揶揄い、面白がっているのですわ。まだ一度しか会ったことのない人間を、好きになるなんて有り得ないのに……」
ギュッと、無意識に握られたカナリアの拳を見たクロウが、大きく目を見開き、雷にでも打たれたかのように絶句する。
「……レイヴン、お前何してるのよ。バカじゃないの」
小さく小さく、カナリアに聞かれない様に憎々しげに呟き、クロウが目の前の不安げな少女を見つめる。
そして、そっと、彼女を落ち着かせるように肩へ手を置いた。




