第38話 夢:(7/10)
「……何でだ」
必死に二人は夢の中のアスファルトを走った。だが、クジラはこちら見ているかのようにゆっくりと追尾してくる。
どれだけクジラの死角になるように隠れても、家々を壊しながらゆっくりと確実に近づいてくるのだ。
クジラ近づくと同時に、今までまばらにいたクラゲ人間達の数も増えていった。
そしてクラゲ人間達は、どの個体も二人に近づきはするもののある一定の距離になると離れて行ってしまう。
「こいつらは何なんだ?さっきから僕達に近づいたり離れたり?」
「……もしかして、この子達は私達のことを監視しているんじゃ……」
「監視?」
「うん、さっきクジラが口から吐いてた透明な奴。もしかしたらこの子達何じゃないかしら? だとしたら、この子達が私達の居場所をあのクジラに教えているとか?」
そんなことを話しながら走っていると、彼等はあることに気づき足を止める。
「あれ? ここって……」
「……公園に……戻ってきた?」
公園から離れたはずの二人が、またしても同じ公園戻ってきてしまった。
『ウオオオオオオォォォォォォン!!』
困惑する二人のことなんかお構いなく。クジラは狙いを定めていたかのように公園に向かって赤い斑点模様の混ざった透明なジェルの固まりを打ち込んだ。
「ナオちゃん危ない!」
咄嗟に気づいたショウがナオミ庇うように前に出た。
二階建ての一軒家程の大きさはあるジェルの固まりは、まるでクラゲ人間を丸めて固めたようなおぞましい形状をしており、手足を所々から伸ばしピクピクと蠢きながら接近してくる。
あと数十メートルと近づき、ショウがナオミを抱えて避ける構えをとっていた時だった。
「大丈夫よ。関口くん」
「え?」
ナオミは、しなやかに右手を前に掲げた。
すると寸前まできたジェルの固まりは、まるで壁に衝突したように彼等の目の前で勢いを止める。
「と、止まった?」
固まりは半月状に形を変え、そしてゴムボールのように飛んできた方向へ勢いよく戻っていく。凄まじい勢いでジェルはクジラへと戻っていき、クジラは寸前の所でそれを避けた。
「ナオちゃん……今のは……」
「あれが、私の能力よ」
彼女は前に出した手を戻す。
すると、クジラはこちらへ近づいていき……
『ヒャッヒャッヒャッヒャ!! マタメンドクサイ能力ヲ出シテキタナ! クソガキドモ!』
クジラは彼等を完全に視認し、その場で止まった。
「その声……やっぱりお前は……」
ショウの声に反応するようにクジラは苦しみ出し……そして、クジラの口から同等の大きさはある男の頭が出てきた。顔だけなく右腕左腕とクジラの口を食い破るように這いだしてくる。クジラは体をクネらせ、男の体が飛び出す度に数匹のクラゲ人間も吐き出した。
やがて、クジラの口から巨大な男の上半身が現れ、男はニィッと二人を見た。
『ソウダヨ! 南方ダイチダヨ! 会イタカッタダロ?水瀬ショウクン! ヒャッハッハッハッハ!!』
小馬鹿にした笑いを彼等に投げかける。
「いい加減にしろ! 何でまた出てきたんだ! さっさとエリちゃんの夢から出て行け!」
ショウの言葉に、南方はさらに笑い飛ばした。
『ムリムリ! 俺ガ消エルコトナンテアリエナイ! 俺ハアノロリノトラウマナンンダヨ!』
「トラウマ? どういうことだ!」
彼の言葉を無視して南方はさらに続ける。
『マタ、俺ノ邪魔ヲスルノナラ、今度コソ許サナイ! 特ニ水瀬ショウ! オ前ハモウ二度ト現レラレナイヨウ八ツ裂キニシテヤルヨ! ツイデニソコノゴスロリ、テメェハショウヲ殺シタ後ニタップリト可愛ガッテ良イ夢見セテヤルヨヤルヨ! アヒャッヒャッヒャ!』
「アナタみたいな下手物は趣味じゃないの。とっとと消えて」
冷たい目で南方を睨むナオミ。その反応も南方は楽しむように笑い飛ばす。
『イーッヒャッヒャッヒャ! イイネー! ソウイウ反応ノ女ヲ服従サセル展開大好キヨ俺!』
それを嘲笑い南方は片手を掲げた。すると彼の掲げた先へ周囲で漂っていたクラゲ人間達が集まっていく。クラゲ人間達は互いにまとわりつき押しつぶし合いながら、すぐさま透明で斑な球体に変わった。
その大きさたるや、巨大な南方より遙かに大きい。ショウ達のいる公園かそこ等一帯の家を押しつぶせる程のデカさであった。
「な、何だこの大きさ……」
「……」
唖然としていると、南方が声を上げる。
『コイツラハ触レルト痺レル毒ヲ持ッテルンダヨ。コレデ、コノ街ゴトオ前等ヲ捕マエルノサ! 俺ノ作リ出シタ体液デ喘ガセテヤルヨ! ナーンテナ! アッヒャッヒャッヒャ!』
南方が腕を下ろすと、作り出された透明な蠢く球体はこの町を丸飲みにしようとするように落下してくる。
「くっ……どうすれば」
ショウは思考を巡らせる。巨大な体積を持つジェルを止める手段を持ち合わせていない。走って逃げて間に合う大きさでもなかった。
ならば南方をまた一撃でシトメるべきかもしれない。
だが、上手くシトメたとして、あのジェルを何とか止めることは保証がない。
そもそも南方を無力化はしてきたものの、完全に死亡させることは出来なかった。
今のショウに、この状況を打開できる手段が思い浮かべられなかった。
「……それなら」
ショウの右手には[剛腕]の文字が浮かび上がる。彼はこの力でナオミを無理矢理ジェルの範囲から離脱させるっことに決めた。
「ナオちゃん! 僕の右手に捕まって! 今から君を……」
「アイツ……許さない」
ショウが作戦を伝えようとしていた所で、彼女は声を低くして呟いた。ショウが思わず彼女の様子を伺うと、何かのスイッチが入ったかのように、ナオミは凄まじい剣幕で南方を睨みつける。鬼の形相とはまさにこのことだった。
「私達の町を……私と関口くんの思いでの場所を汚すなんて許せない」
「あ、あの……ナオちゃん?」
「関口くんとエリちゃんでおままごとをして、さりげなく関口くんの愛人関係になって家庭を崩壊させて遊んだこの公園を……」
「ナオちゃん?」
「クリスマスの時に、私の髪の毛を織り交ぜて作ったマフラーを関口くんが喜んで貰ってくれたこの公園を……」
「ナオちゃん!?」
「バレンタインの時に私の唾液を混ぜて作ったチョコレートを関口くんが美味しそうに食べてくれたこの公園を……」
「え……本当に何を言ってるの……」
「私達のせつない思い出を……それでも甘酸っぱかったこの公園の思い出を! あのゴミの体液なんかに……」
「ナ、ナオちゃん! とにかく手を! 手を掴んで!」
ブツブツと何かを呟き続けるナオミ。ショウが無理矢理彼女の左手を握る。だがその時、ナオミは握られていない自分の右手を上に真っ直ぐ掲げた。
「汚させたりしない!」
彼女が叫んだと同時に、この世界の生物の認識が変化した。
「え」
『エ』
突然、頭が重くなり体浮き始める。
いや、全ての生き物や物質が上に浮かび始めたのだ。重力が突如上へと向きだし、徐々に徐々に重みが増していく。
上と下が反転したのだ




