第37話 夢:(6/10)
「……ナオちゃん」
「うん……」
暗い公園に佇む二人の陰が揺らぐ。
「僕……頭がおかしくなったのかもしれないんだ」
「関口くん?」
ショウは、ナオミの肩を掴む。
「僕は君と会うのは4年ぶりなはずだ」
「ええ、その通り」
「君は、4年間の間に引っ越しをしたりしたかい?」
その質問に彼女は首を横に振る。
「……僕も無いんだ」
ショウの手に力が入る。
「今もずっとエリちゃんと一緒に暮らしているんだ。あの一軒家の二階で……決して物置なんかじゃない僕の自室で」
ショウの手が震える。
「でも、それじゃあおかしい。矛盾してる。確かに君とエリちゃんにお別れを言った記憶があるんだ」
息も荒くなり、声も大きくなる。
「おかしいんだ! 僕の中に、僕の中に噛み合わない二つの記憶があるんだ!」
ショウの目の前が歪み始める。
「皆の話も、僕の記憶と認識が全然噛み合わないんだ! どうせこれも夢だって、自分に言い聞かせてきたけど、進めば進むほど自分が信じられなくなるんだ!」
ショウはナオミにすがるように問いかける。
「僕は……何を信じれば良いんだ」
ショウが下を向き、肩を振るわせた時、そっと彼の手にナオミは手を添えた。ショウはハッと我に返る。
「何も……信じなくて良いと思う」
ナオミは強く捕まれた肩を痛がりもせず、ショウを見つめる。
「何も信じられない時は、何も信じなくて良いと思う」
「何もって……」
「今までの出来事も、人から言われたことも、もちろん私から言われたことも、そして自分のことも……全部信じなければ良い」
ナオミは徐々に微笑みを浮かべた。
「何もかもを切り捨て本当に何もなくなった時、君にとって本当に信じたいものが分かるんじゃないかな」
「……それって」
「デカルトの方法的懐疑、関口くんに昔教えてもらった言葉だよ」
全てを疑う。本当の答えを見つけだす為の方法論の一つ。疑って。疑って。あらゆるもの削ぎ落として。最後に残ったものこそ物事の真である。
ショウは手に籠もった力を緩めていく。
「でも、その方法は真実を知る為の方法で……」
「真実を知るのが怖いの?」
「……」
「なら、その真実すらも疑えば良い」
ナオミは右手で、ショウの頬を撫でた。
「関口くんなら出来るよ。きっと、自分の納得する答えが見つけられる」
「ナオちゃん……」
彼女は、ショウの知る奇抜だけど少し気弱で大人しい少女ではなくなっていた。誰かを励ませる立派で優しい女性に成長していた。
『ウオオオオオオォォォォォォン!!』
二人が見つめ合っていた最中、突如けたたましいサイレンのような音が海底に響き渡る。
「今の音……」
二人が周囲を警戒すると、遠くの方で何か黒くて大きな物が近づいてくるのが分かる。
「あ、あれは!?」
徐々に姿を現したそれは、オビレを大きく動かし海底に立ち並ぶ家々を破壊しながらこちらへと向かってくる。
姿が見え始めたそれは、黒くとてつもない程の大きなクジラであった。
「ク、クジラ!? 何でいきないり!?」
「関口くん、あれを見て」
大きな黒いクジラの口から、透明ながら赤い斑点模様のジェルを吐き散らしている。ジェルに当たった家は勢いよく吹っ飛び、粉が何なって舞っていく。
「ナオちゃん逃げよう。僕達も巻き込まれるよ」
「……わかった」
ショウはナオミの手を引き、クジラの進行方向から外れることにした。




