第36話 夢:(5/10)
自宅を後にした二人は、よく知る公園へと赴いた。
「大丈夫、関口くん?」
顔色の悪い彼に心配するナオミ。その問いかけにショウは無言で頷く。そんな彼の様子を見て、ナオミは彼の手を握る。
「……ナオちゃん?」
「大丈夫、私と君はここにいるから。ね?」
彼女の言葉に、ショウは深呼吸をした。握られた左手から彼女の温もりを感じ取れた。
「ありがとう……」
「ウフフ」
ショウはハニカみながらも、彼女に感謝した。
「それじゃあ、次は公園を探しましょうか。エリちゃんがいるかもしれないからね」
「う、うん」
ナオミが先導しつつ、公園の中へと少年と少女は入っていく。
真夜中を思わせる公園の中、二人は辺りを伺いながら進んでいくと、またしても声が聞こえてくる。
"お兄!"
それは、またしても目を隠していないエリだった。
自分を呼び駆けてくる姿に、ショウの息が詰まる。
「エリちゃん……」
"エリちゃん!"
ショウの声が二重に木霊した。ショウが自分のもう一つの声がした方へ振り向くと、そこには……
"関口お兄にナオミお姉ちゃん!お待たせ!"
"エリちゃん!"
"ウフフ、待ってたわ"
ショウとナオミの幻影も居た。幻影達は皆今よりも少し幼いように見える。
「これは、私達が小学生の時かしら」
「……たぶん、そうだね」
いつもこの学校の近くの小さな公園で遊んでいた。遊具はブランコが二つある程度のそんなに大きくない公園だった記憶がある。もっと大きな公園もあったのだが、そこには沢山の近隣に住む小学生がごった返して、遊ぶに遊べない場所であったことを思い出していく。
"関口お兄! 今日は何するの!"
"うーん、それじゃあ今日は、アインシュタインの相対性理論について皆で語り合おうか!"
"えー! 絶対やだ!"
"ウフフ、私もやだかも"
"皆で鬼ごっこしよ! 関口お兄が鬼ね!"
"良いわね。私も賛成!"
"いや……僕、あんまり運動は得意じゃ"
三人は、この小さな公園でいろいろな思い出を作った。他愛もないことで笑い。時には喧嘩もした。それでも皆は最後に笑っていた。
幻影を見続けるショウは、ずっと気になっていた違和感を口にする。
「……エリちゃん。僕のことをずっと関口って呼んでる」
「……」
二人は黙って幻影を見続けて、ある幻影に差し掛かった時だった。
「ッ!?」
ショウに凄まじい既視感襲いかかる。やけに心音も鼓膜を振るわせ初めた。
"エリちゃんにナオちゃん。こんな夜中に集合ってどうしたの?家を抜け出すの大変だったんだよ"
幻影のショウは、どうやら夜中に家を抜け出してきた様子であった。女子二人も公園に集合しており、花火の入った袋とバケツを抱えていた。
"関口お兄、遠くの中学校行っちゃうでしょ?"
"う、うん、そうだけど"
"だからエリちゃんと用意したんだけど……皆で花火をしましょう"
"花火!? 大人の人はいるの?"
"ううん、内緒でやるんだよ"
幻影のショウは驚く。それに対してエリはムスッとした表情を見せ、ナオミはどことなく目元が潤んでいるように見えた。
"私……関口くんと最後にちゃんとした思い出を作りたい"
"ナ、ナオちゃん……でも、危ないから大人も呼んでやろうよ。ね?"
"ダメだよ!"
ナオミを宥めていたショウに、エリは怒鳴る。
"ちゃんと、三人だけの思い出にしたいの! お父さんやお母さん達が居ちゃダメなんだよ!"
"で、でも……"
"関口お兄! せっかくナオミお姉ちゃんと今日のため準備したんだから、少しだけで良いからやってよ!"
今度はエリが涙目になり初め、ショウはオドオドするばかりであった。そして、大きな溜め息をついた。
"……分かった。本当にちょっとだけだよ"
"ありがとう! お兄!"
"関口くん……ありがとう!"
二人の勢いに負けたとはいえ、いけない事だと分かってはいた。だが、大人の管理下から離れた危ない行為に憧れる心に好奇心をくすぐられたのだ。それに、当時のショウはこの妹のような二人の存在がとても愛おしく、そして甘かった。
ナオミの母親が持っていたライターを使って棒状の花火に火をつけ、火薬の臭いと赤や緑に変わる火花を三人で眺めた。
10分もすると花火も後一つとなっていた。
"最後にこれやろうよ!"
エリが取り出したのは、打ち上げ花火の設置筒だった。お互い気持ちが高ぶっていたせいで、冷静さを完全に失っていた。
"火、点けるよ!"
一回だけなら良いかという心があり、二人には遠くへ離れてもらいショウは自ら導線に火を点けた。そして、急いで二人の元へ走った。
しかし、その時だった……
"きゃ!?"
急に強い風が吹く。その夜は風が強くある恐れがあったのだが、小学生の三人はそんなことを考慮していなかった。花火の筒は風でグラツき、あろうことかショウの走る二人の方へと傾いたのだ。
"え……"
エリが驚いた矢先だった。花火は射出され、星が真っ直ぐ彼女達に向かっていく。
"エリちゃん!"
ナオミはエリを庇うように抱きついた。それでも橙色の炎を纏った星は勢いを止めず二人に襲いかかる。
"うわああああああ!"
ショウは叫び、二人の前に立ち塞がった。
炎の球は彼の顔めがけて飛んでくる。眼前に熱を感じた直前、無意識に自身の右手が顔を庇う。手の平に当たった高熱の火球は彼の皮膚を焦がし、そのままボールのように進路を変え斜め上に飛んでいく。
彼等の上を通過していった星は、一軒家の屋根の真上で破裂した。
「……そうだ」
ショウの記憶の中に、今までなかったはずの記憶が注ぎ込まれていく。
"関口くん!!"
"そんな……お兄……"
倒れて伏せ手を押さえるショウと、そこに駆け寄るナオミ。そして、その場にヘタり込むエリの姿あった。火傷を負った手を抱えうずくまるショウに、駆け寄ったナオミは謝りながら泣き叫んでいた。
そんな子供達に、近隣に住む大人達が集まり初め遠くから救急車のサイレンの音が迫ってきたのであった。
「関口くん……」
「……」
ナオミがショウの右手を握る。それを気にせず、彼はその光景を見続けていた。
すると、三人の少年少女達がブランコの目の前で立っている幻影が映し出された。
"ごめんよ。僕のせいで最後はあんなことになっちゃって……たくさん怒られたけど、最後はちゃんとこうしてお別れが言えて良かったよ!"
ショウの右手には白い包帯が巻かれ、それを二人から隠すようにズボンのポケットに手を入れていた。
二人の少女は俯いており、目を合わそうとしていなかった。ナオミに関しては今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。その様子を見ていたショウは、優しく微笑む。
"大丈夫! 右手は火傷しただけでちゃんと直るよ! それに二人が無事で本当に良かった。もし、二人に何かあったらそれこそ僕は一生後悔してたと思う"
二人へ歩み寄り、ショウは二人の頭を軽く撫でた。
"だからさ! 最後は皆笑ってお別れしよ! 結構遠い所に僕は行っちゃうけど、出来れば君達に会いに行くから! まあ……バイトして、お金を貯めてからになるけど"
笑ってみせるショウだが、二人はそれでも黙り込んでいた。表情の変わらない二人を見て、一瞬だけ悲しい表情を浮かべるショウ。やがて彼も振り返り、二人に背を向けた。
"……それじゃあね"
彼が歩き出したその時だった。
"お兄!!"
エリが口を開く。
"助けてくれてありがとう! 私のせいでゴメンね、お兄!"
"エリちゃん……"
後ろを振り向くショウに、エリは大きな声で伝える。
"お兄格好良かった! ヒーローみたいだった! 私もお兄みたいに誰かを守れるぐらい強くなる!"
一生懸命エリは彼に伝えた。
"もう誰かに迷惑かけない! 誰かを悲しませたりしない!"
最後に彼女は一番大きな声で叫んだ。
"皆を守る正義の味方に絶対なる!!"
その言葉を聞き、ショウは驚く。
"……関口くん"
か細い声でナオミは彼を呼んだ。そして、彼女は一生懸命に笑みを作るも涙をこぼす。
"ゴメンね……助けてくれてありがとう……また……どこかで"
何かを隠すように左手を後ろに回し、右手で手を拭った。
その二人を見たショウは徐々に笑みを浮かべ……
"二人とも! また会おう! 元気でね!"
そして、手を振り離れていった。




