第35話 夢:(4/10)
紺色の景色が徐々に黒みがかった矢先、ぼんやりといくつかの光が海底を照らしていた。更にそれを確かめようと潜っていくと、彼らは海底にある物を目撃する。
「あ、あれって」
「私達……住んでる町?」
海底にはよく見る町並みが広がっていた。上から見た景色は初めてであったが、彼にはすぐ分かった。ここは自分達が住んでいる町であることを……
「何でこんな水の底に僕達の町が……」
「変な夢ね……エリちゃんもここに居るのかしら」
ゆっくりと家と家の間にある道路へと二人は着地する。
家々に電気は点いておらず、夜道のように暗い町である。だが道沿いに佇む街灯は、ほんのりと電球色で地面を照らしていた。透明な魚や、奇妙に光る歪なクラゲやタコが彼等の横を通り過ぎていった。
「誰も居ないみたい……」
ショウは辺りを見回し誰もいないことを確認しようとした時だった。しかし、彼等の前方二つ目の街灯の下に人影が見える事に気が付く。
「近づいてみましょうか」
「え!? 近づくの!?」
躊躇しないで近づいていくナオミを追いかけるショウ。徐々に人影の正体が露わになる。
「「……」」
二人は絶句し、足を止める。
「・・・・・・」
街灯の下には、クラゲのように透明な人間だった。二本足で地面に立ち、両手をぶらんと下げ、頭は丸く体内には赤い球体が回っていた。
クラゲ人間は、ショウ達に気づいたように顔と思わしき頭部の前面を向ける。
「ナオちゃん、後ろに下がって」
危険を感じたショウはナオミの前に立つ。
ゆっくりと近づくクラゲ人間にショウが構える。
しかし――
「……」
彼等に近づこうとしたクラゲ人間は、何かの壁に阻まれるように動きを止める。
「……近づいて来ないわね」
「う、うん」
彼等は硬直しあうが、何も起きなかった。
「先を急ぎましょうか。関口くん」
「だ、大丈夫なのかな?」
「この子は私達に近づけないみたいだし良いんじゃないかしら」
そのままツカツカとナオミは先に進んでいく。クラゲ人間に注意しつつショウも後に続く。
歩き進む中、何体かのクラゲ人間と遭遇するが皆ある一定の距離まで近づくと硬直し、中には押し戻されるように離れていく者もいた。そんな薄暗い海の底に広がる町を歩き続けていると、あるところへたどり着いた。
「僕の家だ……」
二階建ての一軒家の前にショウ達はたどり着いた。家の表札には"水瀬"と書かれていた。ショウの反応に、ナオミは首を傾げる。
「……ここは、エリちゃんの家よ?」
「……うん、だから僕の家でしょ? エリちゃんと家族で一緒に暮らしているんだからさ」
「……あ! そうだったわね」
クスクスと笑うナオミに、ショウは複雑な表情を浮かべる。
"ただいま!"
突然、後ろから背の低い何かが聞き覚えのある声と共に通り過ぎていく。その何かは、ショウ達の体を通り抜けていった。
「今、何かが通って……」
「あ……」
二人は玄関を見ると、一人の少女の後ろ姿見えた。その姿は薄く幽霊のように見えるが、長くて黒いツインテールに赤いランドセルと黄色い帽子を被った少女だった。
「エリちゃん?」
ショウが彼女に訪ねるが、エリは返事を返すことなくドアを開く。ドアの先には、母親が出迎えていた。
"あら、エリちゃんお帰りなさい"
"ただいま、お母さん!"
笑顔のエリと母親の姿はゆっくりと消えていく。
「これは……いったい」
「……家の中、入ってみない?」
呆然とするショウに、ナオミは提案する。彼等は恐る恐る家の中へと入っていった。
中は暗く、自分の家とは思えないほど不気味だった。
「エリちゃん!」
ショウが大声で呼びかけるも返事は帰ってこない。
「誰も居ないみたいね」
「うん……」
ナオミが結論を述べ終えた途端、リビングから声が聞こえた。
"エリ! ご飯よ!”
母の声がシーンと静まった廊下に響くと、二階からドタドタと何かが駆け下りてくる足音が聞こえた。
二人が階段へと目を向けると、そこにはエリの姿あった。目には黒い包帯を巻いていない、いつものエリの姿がそこにあった。
「エリちゃん……」
ショウが声をかけるが、彼女は反応せずそのままリビングへと駆けていった。リビングを覗き込むと、テレビのある居間と台所と食卓があった。ショウがいつも見ている自分の家の風景だった。
"いただきます!"
食卓の机には夕飯と思わしき食事が並び、エリに母親、そして父親が席を囲んでいた。
その幻影は、楽しそうに食事を始める。今日の学校で起きたこと、会社で起きた出来事、スーパーで安かった商品のこと、テレビのこと……他愛ない話が繰り返され、食事が終わる。
「……いない」
そこでショウはあることに気づき、急いで二階へと向かった。
「関口くん!」
ナオミの掛け声を無視して、彼は階段を駆け上がった。
ショウは二階にある部屋の扉に立ち止まる。そこは、自分の部屋の扉の前であった。
「関口くん」
後を付いてきたナオミが改めて声を駆けるが、それでも反応しない。彼はゆっくりと、自身の部屋のドアノブを回し扉を開く。
「……」
ショウは息を飲んだ。
そこは自分の部屋のはずだった。ベッドがあり、勉強机があり、制服がかけてあり、愛用のタブレットがある。
そのはずだった……
「……ない」
彼は呆然と立ち尽くす。
部屋の中は沢山の者が敷き詰められ、まるで物置のようになっていた。
「僕が……いない」
ショウは気づいた。
この家には、自分がいない。
ショウが一緒に住んでいる痕跡がないのだ。




