第34話 夢:(3/10)
暗い青の中に消えていったエリを見失ってしまうショウ達。
「エリちゃん……見失っちゃったわね」
「……うん」
深くなる水の先を見つめ続け泳ぐショウに、ナオミは話しかける。ショウは気持ちの籠もっていない返事をすると、ナオミは彼の横顔を覗いた。
「……何故、そんなに焦ってるの?」
まるで、ショウの心を見透かしたかのように訪ねるナオミ。ショウは驚くことはなかったが、彼女の言葉を無視することもしなかった。
「エリちゃんは狙われているんだ。通り魔の男に」
「通り魔?」
ナオミが聞き返すとショウは頷く。
「本当かどうかは分からないけど、南方ダイチっていう男が夢の中でエリちゃんを追い回しているんだ。そいつは話によると連続通り魔事件の犯人らしくて……」
「上野公園連続通り魔事件のこと?」
「知ってるの?」
ナオミは頷く。
「半年前にテレビで報道されてたのは知ってる。上野公園で刃物を持った男が10人近くを刃物で刺して逃走していたって話よ。それで死者が7人だったかしら?」
「ナオちゃん詳しいんだね!? その話、もう少し詳しく聞かせてくれないかな?」
初めて上野公園にまつわる詳細を聞けた。ショウはナオミの方へ顔を向けると、彼女は思い出すように難しい表情を見せていた。
「私もテレビとネットで見た程度だから、そんなに詳しくないよ。でも、その事件の犯人は事件の当日には捕まったんだって。ネットの話によると民間の高校生が犯人を取り押さえて、事件の収集に繋がったっていう噂が広がってるよ」
「高校生が取り押さえた?」
「事件現場にいた人達のSNSの内容から、まとめ掲示板に事件の概要と憶測が沢山張られてたよ。結構大きな事件だったし、その事件のせいで上野公園は二ヶ月ぐらい封鎖してたんだ」
タブレットを使って上野公園連続通り魔事件を調べていたはずのショウだが、全くもってそんな内容を知らなかった。
ナオミが続ける。
「ちなみにその犯人の南方ダイチ、今は刑務所にいるよ」
「……死刑にはなっていないの?」
「うん、捕まった当初は精神鑑定を行っていて、今は東京地方裁判所で裁判中だったと思う。世論的には昔あった連続通り魔事件と似ている点が多い上に南方被告の自己中心的な動機が発表されている。私の見解から言ってもネットの意見と同じで、死刑はまのがれないって噂にはなっているわね」
「く、詳しいねナオちゃん……本当に中学生?」
「ウフフ……いつも社会にはびこる悪意をどうやって制裁するかを考えているから、こういう犯罪を追うのが好きなの。勉強も少しだけしてる。私が大人になったら、私の通う学校の害虫達を根こそぎ刑務所にぶち込むのが夢なんだ」
聞きたくないことを聞いてしまい、ショウは彼女から気持ち距離を取った。
「……とにかくナオちゃん。南方が凶悪犯であることは改めて確認出来た。そして、これからその凶悪犯と接触する可能性が非常に高いんだ」
ショウは立ち止まり、自分の包帯の巻かれた右手をナオミに見せる。その右手には[剛腕]の文字が浮かび上がった。
「僕には南方と戦える能力がある」
「能力?」
首を傾げるナオミに、ショウは頷く。
「うん、怪力になったり、剣を振るったり……まだ試していないけど光線なんかも出せると思う」
「へー、凄いね関口くん」
本当に凄いと思っているのかは定かではないが、ナオミはニッコリと彼に微笑む。気にせずショウは続ける。
「南方は戦いを重ねる度に厄介な能力を身につけてくるんだ。その度に……傷つく人達が沢山いた」
その目に焼き付けてきた情景を思い出し、彼は奥歯を噛みしめた。
「……ナオちゃんも危険な目にあうと思う。もちろん君のことは僕が守るけど、必ず守りきれる保証が出来ない」
「……ここで待っててってこと?」
彼の言いたいこと察したナオミが答える。
「そう。だから着いてきてくれるのは嬉しいけど、やっぱり君を巻き込むわけには……」
「ウフフ、それなら大丈夫よ」
彼の話に、彼女は余裕の笑みを見せた。
「大丈夫って、ナオちゃん……そんな訳……」
「つまり、戦える能力があれば良いのよね?」
「そういう意味でもないんだけど・・・・・・とりあえず君も何か超能力みたいな物を持っているのかい? いつものパターンだと黒い包帯を何処かに巻き付けていて、そこに僕の右手と同じように能力の名前が浮かび上がっていると思うのだけど……」
「私も、たぶん黒い包帯を巻かれているわ」
「そ、そうなの? いったい何処に?」
「ここよ」
ナオミはショウの右手を取り、自分の左胸に押しつけた。ふりふりで柔らかい生地のゴシックドレスの下に、見た目に反して片手では収まらないゆんわりと沈み込むたわわがそこにあった。
「のわああああああああ!?」
耳まで赤くして、即座に右手を離すショウ。それを見てナオミはクスクス笑う。
「私、お母さん譲りで着痩せするタイプなんだ」
「お、思っていたよりも……いや、そうじゃない! い、いきなり何をするんだいきなり! い、いきなり、む、胸を触らせて!」
「私の黒い包帯は、たぶんここに巻かれているんだと思うの」
「む、胸に?」
ナオミは首を横に振る。
「たぶん……私の心に」
「心?」
初めてのパターンに思わず聞き返してしまう。
「ナオちゃん。自分の心に黒い包帯が巻かれているって分かるの?」
「……うん、この夢を見始めてから何となくそんな気がしていた」
本当かどうかは分からないが、それでも見えない物を信じられなかった。
「……本当に黒い包帯が巻かれているの?」
「うん、そして私もたぶん能力を使えると思う」
「それじゃ見せてよ。君の超能力を」
裏付けが欲しいショウは、彼女に公開することを求める。すると彼女はショウの耳元まで口を近づけ、言葉を囁く。
「私は……関口くんのことが大嫌い」
「……え?」
そう言うと、彼女はショウのことを軽く後ろへ押す。
少しばかり後退する彼だが、唐突なカミングアウトにどう返せば良いのかショウには分からなかった。
「これが私の能力。分かった?」
「……いや、全然」
「ウフフ」
楽しそうにナオミは背を向ける。
「後で見せてあげる。きっと足手まといにはならないと思うから」
そう言って、ナオミは先に海底へと潜って行った。
「え、ちょっと……もう、何なんだよいったい……」
溜め息を吐きつつ、ショウは彼女の後を追った。




