第八十五話
「もう一度行きますよ、悠!」
「うん!!」
再び死告の天使と月蝕を発動させる僕ら。その時初めて、“九尾の魔女”が不敵に笑っている事に気付く。
あ、嫌な予感。
「――アーニャ!」
「…………!」
直感に従ってアーニャへ叫ぶ。反射と呼べる速度の反応でアーニャが飛び退くと、さっきまでアーニャが居たところを、伸びてきた尻尾が振り払った。死告の天使と月蝕をあっさりと殺して。
あ、あいつ、さっきの攻撃が効いた様に見えたのはフリだったのか……
「ほう?今のに気付くか」
「うそ、そんな気配感じなかったのに」
アーニャが息を飲む。九尾の魔女の攻撃は文字通り鎧袖一触。一撃必殺。掠っただけで即死の攻撃だ。それを躱しながら戦っているアーニャの精神疲労はかなりのもののはず……
「うむうむ、良いな、良いぞ。では、答え合わせをしてやろう」
さっきの攻撃を躱したのがよほど意外だったのか、上機嫌に手品のタネを明かす九尾の魔女。
「気配など、とうに殺しておる」
言った言葉の意味を、理解するのに時間がかかった。
「殺気も、隙も、油断も、死角も、とうの昔に殺した」
「…………は?」
それはつまり、気配も殺気も隙も油断も死角も無いって事?
気配とか殺気とかは僕はいまいち感じ取れないので関係ないけど、隙や死角が無いのは大問題だ。
「ハッ、手の内をペラペラ話してるのは油断でしょう」
「余裕じゃよ」
手の内を明かすのは、明かしたとしてもそれを僕たちが防ぐ手段を有していないという絶対の自信があるから。
僕たちの攻撃は全く効いていない。
対する九尾の魔女は、まずアーニャに触れて殺し、その後ゆっくりを殺せば済むだけの話。
……綱渡りの戦いなのに、その綱の終点が、無い。
「ほれ、こんなことも出来るぞ」
「――な」
「!!?アーニャ!!!」
焦りに意識を取られたその一瞬で九尾の魔女は“間合いを殺し”、アーニャへと肉薄する。まずい、アーニャに触れられたら――
慌てて割って入ろうとする僕と、今まさに触れようとする接死の手。そのどちらが早いかという僅かな一瞬。
「故に――“異界至無窮門”」
アーニャと九尾の魔女の間を両断する黒い門が現れた。
「む?これは“界渡りの”……!」
「愛緋ちゃん!」
思わず歓喜の叫びをあげる。良かった!間に合った!ありがとう愛緋ちゃん!
現れた門は一つではない。幾つもの門が現れ、そこから黒い触手のような手が這い出し、九尾の魔女に襲い掛かっている。
そしてアーニャの傍らに現れた門から現れたのは、見慣れた白い毛並の姿。
「エランティス……!」
「あぁ、あぁ、ようやく会えたな、“九尾の”!!」
「ふむ、誰だったかの」
「覚える必要は無いッッ!!」
既に戦闘態勢なのか、ダンプトラック並に巨大化したエランティスが、殺意と歓喜の咆哮をあげる。嵐壊の暴風は黒い手を払っている九尾の魔女を巻き込み、塵も残さず粉砕しようとする。
「おぉ、おぉ。それは見覚えがあるぞ。お主、“拒絶の”使い魔か。なんじゃ、お主も死にに来たのか!」
「ぬかせェッ!」
絶え間ない暴風が九尾の魔女に襲い掛かる。魔法に触れる度“殺され”てしまうけど、殺された傍からそこを埋める様に補充されていく。
エランティスもすごいけど、九尾の魔女も恐ろしい……
そんなことを思っていると、僕のそばに現れた小さな門から、なんとも情けない声が聞こえる。
「ぅ、うぅぅ、怖ぁ…… あれ、触れたら、即死、するんだよ?出たくない……」
「構わぬ!貴様は門の外から適宜干渉してればよい!!」
「そう、させて、もらう……」
エランティスが愛緋ちゃんを連れてきた方法はコレか…… 小さな門からこっちを視認して、遠隔操作の門で援護。これなら九尾の魔女に触れられる危険性はほぼない。
「くっ、ハハハ!まさか死にたくなさがりの貴様が出張るとはの!」
「だって、私、貴女の事、だいっきらい、だもん。この、殺したがり」
「連れぬのぅ」
怯えながらも門を操り、九尾の魔女に攻撃を仕掛ける愛緋ちゃん。
二人ともいろいろな術式を込めた攻撃を試しているけど、九尾の魔女には一向に聞く気配が無い。
全て、殺されている。
門から不死の魔獣を召喚する。――死が無いものも殺された。
魂を浄化する魔法で、魂自体に攻撃する。――魂に触れた瞬間殺された。
物理現象として酸素を破壊し、窒息を狙う。――無酸素状態を殺された。
次の手も、その次の手も、そのまた次の手も。
ありとあらゆる手段が――殺された。
段々と焦りに支配されていく僕たち。いくらなんでも理不尽だ。
「っく、埒が明かぬ!アーニャ・ガランサス!“界渡りの”!準備をしろ!竜胆悠、奴の足を止めるぞ!」
「う、うん!」
九尾の魔女の上空に飛びあがり、エランティスと同時に術式を発動させる。
「オオオオォォォ!!」
「跪け――『絶地・雲翳』」
僕の全力で放った地面に叩き付ける斥力と、エランティスの放った地面に叩き付ける破壊の嵐。その圧力を受けて、九尾の魔女の足が一瞬止まる。
「む…… 上か?」
「今だ!!やれ!!“御使いの”“界渡りの”!!!」
この一瞬の為に力を貯めていた二人が、同時に全力で術式を込めた魔法を解き放つ。
「無限の極光!!」
「事象の地平線!!」
アーニャと愛緋ちゃんの切り札。
込められた術式は……無限の死。無限に対象を焼き尽くす神罰の光と、無限に対象を呑み込む漆黒の門。
光と闇を滅茶苦茶にかき混ぜた様な破壊の行使。退魔の術式がこれでもかと書き込まれた巨像の破片を、丸ごと豆腐の様に溶解し、消滅させていく。
時間にして数分。塵すら残さぬ程の攻撃の後に残っていたのは……
「これが切り札かの?ふむ、良い線は行っておったのう」
平然と立つ、九尾の魔女。
「……っく、ばけものめ」
「これも、届かぬか……!」
「…………なんとか、退路を、作れないか、やってみる」
アーニャが、エランティスが、愛緋ちゃんが諦観に包まれる。
あれを防ぐには、無限に思えるほど引き伸ばされた体感時間を全て耐えきらないといけないんだけど、本当に化け物かな……
「万策尽きた、という様子じゃの。しかし、解せぬのはお主じゃ」
「え、僕?」
「“拒絶の魔女”ではない、お主に聞いておる。何故、“御使いの”達に力を貸す?」
九尾の魔女が知る限りでは、僕はエランティスやアーニャによって拒絶の魔女に仕立て上げられたただの一般人だ。エランティス達に肩入れする程の理由が、命を賭けるほどの理由が無い。……と、考えている。
「一つ、勘違いしてるみたいだけど、僕もティアナちゃんにお世話になってるし、あんたの事は許せないと思ってる。それに……」
「それに?」
「それに、惚れた“女”が望んだ夢だ。だったらそれを、かなえさせてやるのが、“男”ってもんだろ!」
精一杯の恰好つけ。女の子の姿では、いまいち様にならないけれど、それでも、好きな子の前で恰好付けるのはかつて男だった僕の、最後の意地だ。
「クク、ククク……ハハハハハハハ」
一瞬ポカンと呆けた表情をした九尾の魔女が、心底面白いものを見たように笑う。
……そこまで笑われると恥ずかしいじゃん。
「よい。よいな、そなた。惚れそうじゃ」
「悪いけど、僕は一途なんだ」
アーニャ一筋だから諦めて欲しい。
「さもありなん。“それでこそ”だ。故に――
手に入らぬ宝石ならば、いっそ消え去ってしまえと思うのもまた、だ」
惜しそうな口ぶりとは別に、その表情は僕を殺す事を心から喜んでいるように見える。
……まるでそれが、自分の生きる意味だと語る様に。
「拒絶の魔女、此処がそなたの幕引きじゃ」
――少女はただ、大切なものを壊されたくないと願った。
――少女はただ、大切なものの救済を願った。
共に何よりも譲れぬ友の為の魔法。だが、その目覚めるタイミングがほんの少しだけズレていた。
何よりも大切な友を壊される寸前に魔女へと至った魔法。
何よりも大切な友を壊された後に魔女へと至った魔法。
それが、ここまでの差となる。
「行っくぞおおお!!」
「さぁ、耐えきってみせよ、拒絶の魔女!!」
――竜胆悠は諦めない。戦力の差を見せつけられても、それを覆すビジョンが見えなくても、それに恐怖を覚える事が無いから。
だが、戦いにおいては戦力の総合値が全てであり、祈っても奇跡は起きない。物語の様な救済も在り得ない。
ただ、純然たる差が、そこにはあった。




