第八十三話
幕間
魔女は夢を見る。
その後悔を。憎悪を。赫怒を。
忘れる事など許さないと語るように。
――魔女は、夢を見る。
厳かな城のあちこちから火が上がり、悲鳴と怒号が響く。
ここは、ここではない世界。今ではない時間。
……一千年以上前の異世界。
まるで戦争を思わせる騒動を引き起こしているのは、ただ一人の狐の亜人の少女。
金色の髪と、それとは不釣り合いの豪華な和風の着物のような衣服を身に纏った少女。
(遂に、決行の日じゃ……アリア、無事でいてたもれ……)
念密にシミュレートした計画通り、隠していた宝玉に微弱な魔力を飛ばすと、宝玉は周囲10数メートルを巻き込み、爆炎となって破裂する。事態の収拾を図ろうとしていた幾人かの兵もろとも。
(指揮系統は潰した、王への警備を優先して、離れの研究棟は手薄になるはずじゃ)
予想の通り、王族や貴族の居る中央部に向かう兵達を横目で見る。目的の場所は王座からはかなり遠い場所。ただし、最優先ではなくとも優先度の高いところ。ゆっくりはしていられないと歩みだそうとした瞬間。
「リコリス様!」
声を掛けられ、リコリスと呼ばれた少女はビクリと身体を硬ばらせる。
なるべく自然体を装い振り向いた先には同じく亜人。尤もこちらは男で鎧をまとった兵士の姿だが。
その表情に込められているのは、純粋な心配のもの。この騒動の下手人が目の前の少女だとカケラも疑っていないもの。
それもそのはず。リコリスもまた、この城に住む貴族達の一人なのだから。
「な、なんじゃ?」
「こちらは危険です!すぐに安全確認の取れた中央棟に案内させていただきます!」
中央棟。玉座のあるソコは既に安全確認が終わったようだ。となれば他の要所への警戒も遅くないうちに手が回る。となれば、この兵への対処は。
「……お主一人か?」
「ハイ!しかし御心配なく!いざという時はこの身に代えてもリコリス様を……」
「よい」
「しかし!」
「よいと言っておる。そうじゃお主」
「はっ!」
「死んでたもれ」
「は?あ?」
大きな声はあげれないよう、狙ったのは喉。
「悪いのう。妾がここに居ることはあともう少し知られたくないのじゃ」
「リコリス、さま、まさか、貴女……が……」
吹き出る鮮血と共に倒れ、蚊の鳴く様な声で全てを察した兵士は、その事を誰に告げる事も出来ぬまま、その命を落とす。
「……いそぐかの」
幾らかの憐憫を込めた視線を手向けとして、リコリスは目的の場所へと足を運ぶ。
そこに何が待ってるか気付かず。あるいは、目を背け。
研究棟――そう呼ばれ、関係者以外の立ち入りを禁じられた場所。それは貴族の令嬢としても例外ではなく、立ち入る事が出来るのは研究の為に集められた研究員と、一部の王族のみ。
リコリスの目的は、そこに捕えられた一人の少女。
「どこじゃアリア!助けにきたぞ!」
少女は、友人だった。
少女は、魔女だった。
「アリア!おらぬのか!!」
魔女とは、恐れられるもの。
魔女とは、迫害されるべきもの。
魔女とは、絞り尽きるまで利用すべきもの。
「くっ、邪魔をするでない!」
それでも、たった一人の友達だった。この“城”という牢獄に捕えられ、いつかどこかの名も知らぬ貴族と政略結婚させられるだけの人生で、唯一手に入れる事が出来たたった一つの宝物。
出会いは気まぐれ、逃げていた彼女を匿う為だった。両親を騙し、使用人として起用した。数年もする頃には、かけがえのない親友だった。
破綻は、リコリスの不注意だった。不注意で外遊中にリコリスが野良の魔獣に襲われ、それをアリアが“魔法”で撃退した。それが一年前。
要人の使用人に魔女が紛れ込んでいた――それは、大きな事件となった。あっという間にアリアは捕えられ、研究棟に監禁され、拷問を受ける事となる。しかし、アリアはどれ程の拷問を受けようと、リコリスを騙して取り入ったとの主張を変えなかった。
「りこ、りす?」
「アリア!そこか!」
か細い声、一年ぶりの声、それでも聴き間違える事は無く、リコリスは何よりも大切な友人の声へ向けて駆ける。
「やっと見つけたぞ!遅くなって済ま、ぬ……ぇ?」
それが、破綻の最後の引き金。
「いいよ、大丈夫、間に合ったよ。ありがとう、私がまだ、私でいられるうちに来てくれて」
衣服を一切身に纏っていないのと多少の傷跡が残っている事以外、あの日見た姿とほとんど変わらぬ姿。
……上半身までは。
「あ、あぁ、あぁぁ……」
一言で言うならば、水晶の塊だった。
魔女を生きながら捕えた時、一般的にはその底なしとも呼べる魔力を死ぬまで搾り取る。しかし、ここの研究者たちはそこから一歩進んだ利用方法を考えた。生きながらその身体を結晶化させ、生きた魔晶として半永久的に魔力を抽出する方法を考え付いた。
生きる事も許さず、死ぬ事も赦さぬ悪魔の研究。
「ねぇ、お願いがあるの」
「なんじゃ?何でも申してみよ!」
「私を」
――殺して。
「は?な、何を言うておる」
聞き間違いだと思った。いや、聞き間違いであってくれと願った。しかし、続くアリアの言葉は、そんなリコリスのささやかな願いすら一蹴するもので。そう、もうとっくに……
「お願い、殺して。こんな姿で生きたくない。辛い。怖い。悲しい。苦しい。殺して、殺して。お願い殺して!」
とっくに、手遅れだった。
「そん、な、妾は……」
結晶化した下半身は既に致命で、切り離せは数分も生きれぬ命。助ける事の出来るリミットなど、とうの昔に通り過ぎていた。
リコリスの頭の中で様々な感情が渦巻く。怖い。どうして。終わった。誰か助けて。誰の所為。許せない。許して。
ごめんなさい。
「お願いだから殺してよぉぉぉ!!」
「あ、ぅあ、嗚呼ァァァあぁぁッ!!」
慟哭と共に膨大な魔力が竜巻のように渦巻く。
リコリスの中で眠っていた種が花を咲かせる。
辛いまま生きるのは辛いから。苦しいまま生きるのは苦しいから。
――あぁ、あぁ、ならば救おう。ならば私が殺そう。
我は永劫の安らぎを求めるもの。我は永劫の安らぎをもたらすもの。
その日、一人の魔女が死に。
その日、一人の魔女が生まれた。




