↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第七章 見果てぬ世界を繋ぐもの
66/87

第六十六話

 12月、季節は冬。雪こそ降らないものの、冷たく乾いた空気は容赦なく僕たちの体温を奪っていく。これでまだ夕暮れだというのだから、深夜になれば寒さは更に厳しくなることは想像に難くない。……魔女じゃなかったら死んでたかも。

 ラジオにザザザと頻繁にノイズが入るのは曲がっているアンテナのせいか、或いは高架の下は電波の状況がよろしくないのか、非常にラジオの音が聞き取りづらいけど、僕はボンヤリとしながらも流れるニュースをしっかりと聞き取る。


『それでは、続いてのニュースです。先ほどの緊急速報の続報になります。

 今年の8月ごろから断続的に発生している謎の生物による襲撃事件が、再び発生しました。

 発生したのは東京都世田市にある世田自然公園です。3人の死者、十数人の重症者が出たとの事です。

 謎の生物は出動した自衛隊によって駆除されたようで……』


 そのニュースを聞きながら、無意識に歯を食いしばっていたのか、歯がギリっと小さな音をたてる。

――ブツリ、と歯ぎしりの音が鳴るのと同時にラジオの音が切れる。少しだけ非難するような視線をラジオを止めた手の主を向けて……すぐに目を逸らした。

 目があったのはエランティスの深い毛に覆われた目。その目に僕が向けたものとは比べ物にならない程の強い非難と叱責を込めて、見下ろしていた。すごく怖い……


「聞くな、と言ったのを忘れたのか、竜胆悠」

「う……ごめん、エランティス」


 何故僕が非難されているかと言うと、エランティスからは魔獣関連のニュースを聞くなと言いつけられていたからだ。今の僕達では聞いても仕方の無い事だし、気が滅入るだけだからと。

 叱られる子供の様に怯え、気落ちする僕に何故かショックを受けた様子でエランティスが答える。


「……怯えるな。怒ってはおらぬ」


 うそぉ?





――謎の怪物、『魔獣』。その存在は、僕たちが敗北してしばらくして(おおや)けになった。先回りして駆除している僕たちが戦えなくなったんだ。それは必然の結果だった。


 “前知の魔女”と“界渡りの魔女”……愛緋ちゃん。彼女たちに完膚なきまでに敗北した僕たちは、その戦う力を奪われた。

 まず、魔法が壊れたアーニャ。元々魔術に適性が無くて得意でも無かったアーニャが戦闘を行うのは下級魔獣相手でも難しいだろう。今の彼女は触れれば崩れてしまいそうなほど弱弱しくて、気が付けば居なくなっていそうなほど希薄だ。僕の肩に頭を預けながら静かな寝息を立てているアーニャを見る。時々苦しそうな声を微かに上げているのは、どうやら悪夢にうなされているらしい。

 そしてそのまま視線を自分の手のひらに向ける。僕はあの日、愛緋ちゃんに敗れて、彼女の呼び出した魔獣に嬲られた。サンドバックの様に殴られ続けた痛みが、腕をスナック菓子の様に折られた痛みが未だに忘れられない。気付けばカタカタと震えだす手を、拳を握りしめてごまかす。


「怖くて戦えないなんて…… 情けないな」


 ――拷問、古くから相手を無理やり従わせたり、委縮させたりするのに恐らく最も原始的で有効な手段だ。この時代、この国においてはとうの昔に廃れ、今ではアウトローな住人達によって行われる程度で、一般人が出会う機会は殆ど皆無だろう。

 元々一般人だった僕にも無縁のものだったけど、それは現実になった。実際に受けた拷問は、想像していた以上に辛く、耐えがたいもので、漫画やドラマで拷問の痛みに耐えて――なんて描写があるけれど、あんなのはフィクションの産物だってことが身に染みて感じたんだ。


「竜胆、悠……」


 エランティスが心配した様子で僕の名を呼ぶ。あれから数カ月の月日が経ったけど、魔獣に相対したときに身体が震えるのが未だに止まらない。まるで体中を鎖で雁字搦めにされた様に重くのしかかる恐怖が拭えない。それがどうしようもなく悔しくて、情けなくて、僕はエランティスに謝罪の言葉を口にする。


「……ごめん」

「気に病むな。人間なら誰でもある事だ」


 何度このやり取りを繰り返しただろうか、エランティス達が居た世界ではこのような事は頻繁にあるらしい。大多数はそのまま敗れた魔獣なり賊なりに殺されてしまう事が殆どだけど、たまに運よく逃げ延びる人が居る。そしてその人たちは僕と同じようにトラウマとなる。乗り越えられる人、トラウマに押しつぶされる人、それは様々だけど、一朝一夕で乗り越えられる様なものではないらしい。


(……魔法が“誰我接触不叶(だれもわれにふれることかなわず)”じゃなかったら、僕は闘えてなかったんだろうな)


 あの戦いで思い知った、痛みと言うものはバカにできない。痛みを感じれば恐怖に動きが鈍り、行動が臆病になる。思えば僕が戦闘で怪我を負ったのはごくわずかだ。数える程のかすり傷程度の傷しか受けていなかった。本当に僕はティアナちゃんの魔法に護られてばかりだったんだなと情けなくなる。


「しかし……、やはり“天衣無縫乃理(あめのころもはむほうのことわり)”が無い現状は厳しいな。魔術も無い人間どもに先を越されるとは」


 エランティスがボヤく。先の事件も彼は現場に駆け付けようとしていたけど、自衛隊に先を越されたらしい。最初こそ未知の化け物に慎重になっていた彼らも、対処の仕方に慣れたのかここ最近の迅速な行動には恐れ入る。そこで僕はふとある事が気になり、彼に尋ねてみる。


「なぁ、今までどうやって“門”の発生するところに先回りしていたんだ?」

「……アーニャ・ガランサスの“予知”と我の探査魔術の併合だな。あれの予知魔法は範囲が広すぎる故、単体では扱い辛い」


 エランティスの説明によると、アーニャの“予知”は「神秘の書」と呼ばれる、この世全ての未来が記された書を呼び出して行われる。けど、この魔法はかなり制御が難しいらしく、普通に発動させても使い物にならない。なにせ『この世全ての未来』が記されているんだ。全力で発動させてもせいぜい二日分しか予知出来ないのに、そのページ数は無限にあるのではないかと錯覚するほどで、そこから必要な情報をページをめくって拾い出すなんて海の中から一つの砂粒を探し当てるより困難だ。

 そこで登場するのがエランティスだ。彼の探査魔術、そしてその術式で必要な情報を探し出すのがエランティスの役目だ。膨大な情報の中から一つを見つけ出す高度な探査魔術を使えるほど、魔術に対して造詣が深いエランティスだからこそ、ここまで愛緋ちゃんを追い詰める事が出来たと言える。


「『予知』の魔法が無いと、こんなに被害が大きくなるんだね……」

「だが、この国の人間も中々やりおる。魔術も無しに魔獣を排除出来るとは」


 エランティスの言葉に、さっきのニュースを思い出す。魔獣の存在が広まるまでは、魔獣が現れた時にはエランティスか他の誰か……恐らくは愛緋ちゃんの、どちらか先に辿り着いた方が魔獣を退治していた。

 けどそれは、門が実際に開いてからしか対処が出来ず、かなりの後手に回っているのが実情だ。“蝿山の魔獣”の時のように門が近くで開いたならすぐに向かえるものの、それが数キロ離れればお手上げになる。

 最初は原因不明の変死体として都内で散見され始めた魔獣の被害者。その原因が世間に突きつけられたのは、とある有名な動画サイトにあげられた一つの投稿動画だった。それは巨大な鷲の様な魔獣が人を襲い、身体を八つ裂きにしている姿を遠くから携帯のビデオで録画したものだ。最初は皆、「悪趣味な造りものだ」「不謹慎だ」等と非難し、ありえないと思いながらもどこかそのリアリティに恐怖していた。

 そして事件が起こるたび、少しずつ増えていく動画に恐怖心は積り、遂にエランティス達よりも早く警察によって発見され、魔獣の存在は世間に明るみになった。


 そこから先は大混乱だ。何せ化け物としか形容しようのない、フィクションの中でしか在りえない様なモンスターが現れ、人を殺しているだなんて誰が信じれる?現れる場所も時間もてんでバラバラ、それは完全に不意を突かれてしまうという事だ。これほど恐ろしいことは無い。


『何故ここまで発見が遅れたのか』

『防ぐことは出来なかったのか』

『一体いつになったらその正体が掴めるのか』


 少し前のニュースでキャスターが語気を強めて政府を批難していた。そんな無責任な世間の声はそのまま僕の心に突き刺さる。


――何故戦える力を持っているのに立ち上がらないのか!

――何故卑怯にも隠れ潜み、哀れな被害者を見捨てるのか!


 そう言われてるような気がして。




「……ねぇ、エランティス?

 ……次魔獣が現れたら、僕も連れて行ってよ」

「断る」


 エランティスに恐る恐る尋ねた僕の言葉に対する返答はこれ以上ないくらいの即答された。却下の言葉によって。

 まるで僕の言葉が予測できていたかのような速度で正直ビックリした。……いや、彼の事だ。僕の考えくらい実際予想してたのだろう。……こんな下らない、罪悪感と、自己満足を。


「前ついて行った時から結構経ったし、もしかしたら戦えるかもしれないじゃないか」

「貴様…… いや、まぁよい。確かに(なれ)の現状を把握するには最適だ」


 少しだけ拗ねたように言う僕に、意外にもエランティスがすぐに折れる。確かに今の自分の状態を確認するのは大切な事だ。不意に魔獣に出くわした時、その一分一秒が生死を分ける可能性も低くはないはずだ。


 頭の片隅にチカチカと映るあの時の記憶を意図的に無視しながら、僕は新たな魔獣が現れるのを待った。




◆◇◆◇◆◇




 それから一週間後、その機会は思ったよりも早く訪れた。魔獣の出現は月に2、3回程度だけど、運がいいのか悪いのか、その一番最初の出現に、一番最初に辿り着いたのは僕達だったようだ。

 魔獣はクラスで言えば下級、持っている魔力も大したことは無く、俊敏な動きをしそうな気配はない。そんな魔獣を木の陰からこっそりと覗きながら、僕はエランティスに小声で囁く。


「僕たちが、一番乗りみたいだね……」

「無理をするなよ竜胆悠」

「うん……心臓バクバクするけど、取りあえずは大丈夫」


 心臓が比喩でもなく本当に破裂するんじゃないかと思う程早く鳴り響くけど、多少動き回るくらいなら大丈夫だと自分の身体と体調を確認する。

 詠唱を唱え、魔法を発動させようと思った瞬間、気付く。


「…………ぁ」


 目があった。カエルのようなギョロリとした目玉をこちらに向けている。そしてそれと目があった。ただそれだけ。それだけでもう駄目だった。


「――ッ、あ……あぁ……」


 足の力が抜け、気が付けば地べたにへたり込んでいた。頭の中がグルグルとまわっているかのような錯覚を受ける。カチ、カチと歯が鳴る音だけがやけに大きく耳の中に響く。フラッシュバックの様にあの時の記憶と痛みがよみがえる。泣いても叫んでも繰り返された責め苦を思い出してしまう。

 早く詠唱をして、魔法を発動させないと……そう頭では分かっているのに、舌がもつれて上手く唱える事が出来ない!

 眼前の魔獣は僕が魔女であることに気付いたらしく、カエルの様な顔を悍ましいまでに歪めて喜悦の表情を表している。極上の餌が自分から現れたのだと。腰を抜かした僕に飛びかかろうと力を込めた蛙の魔獣は、次の瞬間には『塵』になっていた。何が起こったか把握できなかったけど、どうやらエランティスの魔術で魔獣を文字通り欠片も残さず消し去ったみたいだ。


「無理をするなと言ったはずだぞ」

「エラン、ティス…… ごめん、僕……」

「……気にするな。焦る事は無い」


 そんなことは無い、そんな筈は無い。そう叫びたかった。その言葉は声として出なかったけれど。

 魔獣が現れる度に少なからず犠牲者が生まれている。死んでしまった、人がいる。それなのに怖くて戦えないなんて、その様が情けなくて悔しくて何とかしたくて…… どうにもならなくて、僕は俯きながらポロポロとこぼれる涙を見る事しかできなかった。

 エランティスから掛けられる優しい声が、どうしようもなく嬉しくて辛くて、涙はしばらく止まる事無くこぼれ続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。