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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第六章 既知の果てを求むもの
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第六十四話

 ギロチン台の紐を切り落とす死刑執行人の様に、愛緋ちゃんは手を振りおろし合図とする。迫り来るのはギロチンの刃ではなく、大量の魔獣の軍勢。一個小隊を優に超える軍勢は、統率は取れていないものの、ある共通した指向性の意思を持ってこちらに襲いかかる。殺したい、壊したい、犯したい。感じられる意思は、つまりはそういうものだった。


「ッざけんな、アーニャに、ティアナちゃんのこの身体に、指一本触れさせるか」


 僕は威勢のいい言葉を吐いて身構える。……虚勢だ。誰がどうみてもやせ我慢でしかない。魔獣の群れはさっきの2倍。対するこちらは体力の消耗は激しいし、魔法の残り持続時間は心許ない。それでも、いや、だからこそ強い言葉を口にしなければ心を保てなかったのかもしれない。


「貫けッ!“絶弾(ぜつだん)垂氷(たるひ)”!」

「焼け落ちなさい“神罰(パニッシュメント)”!!」


 僕とアーニャが同時に術式を込めた魔法を放つ。拒絶の魔法の込められた無数の漆黒の槍先が、救済の魔法の込められた紫色の煌めく何本もの雷が魔獣の群れに突き進む。中級程度の魔獣ならともかく、本来なら上級の魔獣相手に牽制も無しには当たらないだろう。

 けど、今の様に欲望に身を任せて我先に群がっている状態なら話は別だ。垂氷を躱そうとした蟲の魔獣が、隣でひしめき合う妖怪みたいな魔獣に押され、遂には垂氷はその頭部に突き刺さり、斥力により吹き飛ばされる。煌めく紫電は鷲の魔獣の身体を焼き、その周囲の魔獣にも伝播している。

 魔力があり、魔術が使えたとしても所詮は寄せ集めの獣だ。統制が取れるはずもない。


「目瞑ってても当たりそうだよ、ちくしょう!」


 だからと言ってそれで事態が好転するはずも無く、当たっても全く嬉しくない。むしろ減った気がしない分気が滅入る。

 直撃した魔獣の傍にいた何匹かの魔獣は僕達の攻撃で怯んだものの、それ以外の大多数は変わらず突進してきている。


「気をつけて下さい。魔術砲が来ます」


 アーニャの声で周囲を確認すると、比較的後方にいる足が遅い魔獣、或いは出遅れた魔獣は走って追いつくのを諦めたのか、魔力を集中させて魔術砲の準備をしている。格好の的だし妨害したいけど、図らずとも前方の魔獣たちが盾になっていて手が出せない。


「アーニャ、下がって」


 アーニャをかばう様にして前に立つ。次の瞬間には巨大なレーザーが次々と発射される。アーニャへの射線は僕が塞いでいる為、照準はもちろん全て僕に向けられている。手を前に出し、軽く息をすって魔術砲を魔法で受け止める。“誰我接触不叶(だれもわれにふれることかなわず)”によってうまれた結界に魔術砲が触れると、それはバチバチと火花を上げながら弾かれ、四方八方、僕とアーニャを避ける様にして飛散する。

 それにしても流石は上級魔獣、中級の魔獣の魔術砲と比べたら威力も速度もけた違いだ。


「――うわっ!?」

「くっ、“界渡りの”!?」


 魔術砲の連撃を凌いだと思った瞬間、僕とアーニャの間に愛緋ちゃんが現れる。油断していた訳ではなかったけれど、意表を突かれた。まさか大将がこのタイミングで割り込んでくるなんて!


「吹き、飛べ」

「きゃ――ッ」


 愛緋ちゃんは巨大な銀の鍵を振りかざし、アーニャに殴り掛かる。アーニャは素早く光の剣を顕象してそれを受け止めるものの、かなりの距離を吹き飛ばされてしまう。あわてて愛緋ちゃんに攻撃を加えようとするものの、次の瞬間には既に愛緋ちゃんの姿は無く、転移した後だった。転移するの早すぎるだろ!かなりの高等魔術じゃないのそれって!?

 今更悔やんでも意味は無い。アーニャはすでに魔獣達と戦闘を始めているのか、派手な落雷の音が響き、光が煌めいている。アーニャと合流するためにも、今は眼前の魔獣の群れを何とかするしかない。


「すぅ、ハァー……いよし、掛かってこいやァァァ!!」


 鬨の声、と呼ぶには些か声が可愛らし過ぎるけれど、精いっぱいの気合を込めた声で僕は叫ぶ。すこしでも心を強く持てるように。隣にアーニャが居ない不安を振り払うように。





 それから、何分経ったのだろうか。魔法は限界まで膨らんだ風船のように張り詰め、今にも弾けてしまいそうだ。恐らく気持ちが途切れれば、あっという間にそれは現実となるだろう。世界からの圧迫に、今すぐにでも魔法を解いて逃げ出したい衝動に駆られるものの、それをなんとか抑え込む。

 魔獣はやっと二割減らした、と言うところだろう。まだほとんどの魔獣達は健全で、こちらにギラギラと欲望に塗れた視線を投げかけてきている。しかし、さすがに魔獣も少しは魔法を警戒しているのか、周囲をぐるりと囲んだまま、わずかな硬直が産まれている。

 はぐれてしまったアーニャに合流するなら今だろう。アーニャも歴戦の魔女と言え、彼女の魔法は万全とは言い難い。


「“絶影…… 陽炎”!」


 可視光を偏向する術式を込めた魔法を展開する。これで僕の姿はこいつらからは見えなくなったはずだ。その証拠に、先ほどまで血気盛んに僕に攻撃していた魔獣達が、辺りをキョロキョロ見渡して困惑している。

 殺気は向けて無いから多分大丈夫として、探査の術式や広範囲攻撃とかで位置をあぶりだされる可能性があるから急がないと。そう考え、取り敢えずは見晴らしの良い中空に飛び上がり、重力に反発するベクトルの斥力で浮き上がる。


 だから僕は気付かなかった。

 その魔獣の中に、鼻をスンスンと数度鳴らしたあとこちらを視て、そして口角を限界まで上げた魔獣がいた事に。


(とりあえずはアーニャに近づかないと……)


 分断され、そして包囲されているアーニャの方を見る。あちらもたくさんの魔獣が殺到していて、簡単には合流できそうにないな……と、考え事はそこまでだった。

 目の前に有ったのは茶色の毛。

 二足歩行の犬の魔獣。


「なっ、ばれて……」


 不意をつかれ、動揺に心が揺れる。眼前に迫った魔獣の形相に、思わず身が竦む。

 それは極限まで張り詰められた糸を、ギリギリの均衡を保っていた精神を崩す一撃。


――パリン


 何かが割れる音が頭の中で響いた。

 初めて聞いた音だけど、確信できた。

 それは致命的な音なんだって。


 それは、魔法が、切れた音――


「――ぁ、ゴ、ふっ」


 犬型の魔獣の拳は、魔法による一瞬の抵抗を受けた後、それを突き破り、僕の鳩尾部分に叩き込まれる。まるで蹴りだされたサッカーボールのように僕の身体は吹き飛ばされる。地面にたたきつけられ、数度のバウンドの後激しく転がり、低木にぶつかってやっと止まった。


「悠ッ!?」

「……ッ、ぁ……が……ァ……」


――痛い。

 痛い痛いイタイ。


 痛みにのた打ち回りたくなる衝動と、身を僅かに捩じらせただけで絶叫をあげたくなる激痛にどうしたら良いか分からなくなる。殴り飛ばされた際に腕が折れたのか、右腕が全く動かないのに、全身の痛みが激しすぎて、最早どこが痛いのかすら分からない!

 アーニャの悲鳴が聞こえるけど、それに返事をするどころか声を発することも出来ない。


「――ァ、……ぎッ」


 指一本動かすことの出来ない僕の身体が起き上がる。もちろん自分で立上れた訳はなく、頭をアイアンクローの要領で不作法に持ち上げられ、強制的に立ち上らせられただけだ。


「悠に……触れないでッ!!」


 アーニャが魔獣の包囲を振り払い、こちらに突進してくるのが視界の端に見える。

 おそらく無理やり突破してきたのだろう。右腕の肩の先から光の粒子を吹き出している。腕を失いつつも、再生しながらこちらに向かっている。

 魔獣達もそれを易々と見逃さない。僕を包囲していた魔獣達はアーニャに標的を変えたのか、迎撃の体勢に移行する。


「邪魔よ…… 貫け“神槍”!!」


 直線方向の進路を妨害する魔獣に光の槍が突き刺さる。歪なハリネズミの様な姿になった魔獣だけど、さすがは伊達に上級を名乗っていないのか、そのままの姿でアーニャに殴り掛かる。高速で移動するアーニャと、高速で繰り出される拳。相対速度にすれば一体どんな速度になるのだろうか。それをアーニャは紙一重で躱し、走り抜ける。走り抜ける瞬間には光の剣が魔獣の頭に数本突き刺さっており、完全に息の音を止めている。

 更に前に突き進もうとしていたアーニャに向かい、魔獣が咆哮する。そんなものに彼女が怯むはずは無い。けれども、アーニャは表情を驚愕に染め、その猛進を止める。その魔獣の手に掴まれた“もの”に、目を見開いて。


「ガァアアッ!!!」

「……――ッ!!?」


 アーニャの目の前に現れた魔獣の手に掴まれているのは、僕の、頭。

 まるで人形を見せつけるかのように魔獣は僕の身体を持ち上げ、アーニャに突きつける。

 ……その手に少しずつ力を加え、僕の頭を万力の様に締めつけながら。


「ぅ…… ッ、ッ……ぁッ……ぁ」

「……脅迫の、つもり?」


 展開している法を解かなければ、僕を殺す。言葉にはならないけれど、その意図は明白だった。

 僕たちの周りを完全に包囲し、一様にニヤニヤと口角を上げ、嗜虐心に顔を染める魔獣達と、口惜しげに歯を食いしばるアーニャと、せめて悲鳴だけでも上げないように全身の痛みに耐え、悲鳴を押し殺す僕。アーニャの問いに答えは無く、三者三様の沈黙は一体何秒続いたのか。


 最初に動いたのは、アーニャだった。

 魔力が急速に沈静化して、展開されていた法が収束していくのを感じる。


「ダメ、だ、アーニャ……ッ……僕に、構わ……ぁああああぁぁ!?」

「…………ごめん、ね。悠……」


 それはダメだ、僕に構わずに、その言葉を発する前に、急に締め付けが強くなった頭蓋骨が悲鳴をあげ、遂に僕は悲鳴を堪えることが出来ず、漏らしてしまう。アーニャはその様子をみて小さくため息をついた後、泣き笑いの様な表情で僕に謝罪する。その瞬間に、彼女の纏っていた純白のワンピースが、天使の羽が消え、さっきまで着ていた服に戻る。それは魔法が完全に解かれた事を意味していて、魔獣が、自由に彼女を蹂躙できるという事で…… ダメ、お願い、止めて――

 次の瞬間にはアーニャの身体は殴り飛ばされ、後方にいた魔獣にぶつかり、ドサリと地面に落ちる。小柄のアーニャと言えど、あれほどの速度で吹き飛ぶ威力ならば、相当な強さで殴られたのだろう。


「ッ、アーニャぁ!!」

「く……けほっ、けほっ…… ぁガッ」

「っ、はな、せッ」


 早くいかないと、アーニャが殺されちゃう!頭を掴み上げる手を振りほどこうとしながら、再び僕は法を、“誰我接触不叶(だれもわれにふれることかなわず)”を展開しようとする。


 残り時間?知るかそんなの。

 勝ち目?関係あるかそんなの。


「大切な、友達が、傷付けられてるのに…… 見ているだけなんて出来る訳ないだろッッッ!!」

「強いね、ユウさん」


 魔力が溢れ、世界の理を歪める法が広がる瞬間、僕のすぐ隣から、並び立つ様にして居た愛緋ちゃんが口を開く。いつの間に!?いったい何時から?驚愕と動揺に揺れる僕の頭に追い討ちを掛けるように、絶望の感情が襲う。溢れだそうとしていた魔力が蓋をされた様に収まり、広がろうとしていた法が止まる。その感覚には、覚えがあった。

 ――封魔の、術式。


「――ぁ」

「でも、それは、ダメだよ。悠さんが、死んじゃう。世界に、封印されちゃう」

「――!?愛緋ちゃん、それは……」

「ごめんね、ユウさん……」


 僕の言葉に割り込む様にして愛緋ちゃんが謝罪の言葉を口にし、何かの魔術か魔法を発動させる。それは僕の左腕、その肘の下辺りにに纏わりつく渦のようなものとして顕象する。その意図を計ることができなかったけれど、すぐに思い知る羽目になった。鈍い、ボクリと言うくぐもった音と、感覚を完全に伝えなくなった手と、追って伝わる最早痛みとすら判断できない程の苦悶の熱によって。


「あ、ああ……ああああああああああああ!!!?」


 折れ、折れたッ、腕、が!あぁああ!!


「悠ッ!!“界渡りの”!貴女ッ!!!」

「“御使いの”、貴女は、戦い慣れ過ぎてる。苦痛にも、恐怖にも、慣れ過ぎてる。

 貴女を、これ以上、痛めつけても、意味は無い」


 ッ――!、ッ――!

 腫れ上がる様にして折れた右腕に比べて、左腕は冗談の様に曲がり、まるで新たな関節が出来たかのような歪つな状態だ。アーニャが叫び、愛緋ちゃんが何か言っているけど、それに意識を向ける余裕は無い!

 次の瞬間、身体がフワリと浮いた。

 僕の脚を掴んだ魔獣が、まるで幼子がおもちゃの人形を振り回すように、僕の身体を持ち上げている!そしてそのまま、僕の体は地面に叩きつけられた。


「っひ、あガっ!?うわあああああああああああ」

「だから、ごめんね、ユウさん。痛めつけるのは、貴女」

「“界ッ、渡りの”ぉぉおおおぉぉ!!」


 アーニャの慟哭が辺りに響く。無理やり魔法を発動させようとしているのを感じるけれど、愛緋ちゃんの封魔の術式はそれを許さない。


「無駄。封魔の結界。もう魔法は、使わせない」

「ッ!ゆるさない、絶対に、貴女だけはッッ!!」


 その言葉を聞いた愛緋ちゃんが浮かべた表情を、僕は初めて見た。

 それは侮蔑で、落胆で、怒りの表情。

 それを貴女が言うのかと、どの口でその言葉を吐くのかと。僕にはそう語っているように見えた。


「そうね、私は、きっと許されない。でもね……


 貴女に言う資格、あるの?」


 愛緋ちゃんの一言に、ビクリとアーニャの身体が震える。

 その表情に、動揺と悲愴が浮かぶ。


「ユウさんを、ここに連れてきたのは、貴女。

 戦わせているのも、巻き込んでいるのも、縋っているのも貴女」

「やめ、て」


 小さく、呻くように漏れたアーニャの言葉が、何故かはっきりと聞こえた。


「まだ、戦うの?ユウさんを、巻き込んで?

 私にすら、勝てないのに、“九尾の”とも?」

「やめてッ」


 次の悲鳴も、しっかりと。まるで耳に刻み付けるかのように聞こえる。


「自棄起こして、自殺するなら、一人でしなよ」

「ぁ……ぅ、ぅるさいッッ!!」

「アー、ニャ……僕は……ッガ」


 侮蔑した表情を隠さず、吐き捨てる様に言い放った愛緋ちゃんの言葉に、アーニャが悲痛な声を上げる。痛みを堪えながらもアーニャに声をかけようとして、それは叶わなかった。倒れ伏す僕の頭を、魔獣が踏みつけ、グリグリと圧力をかけてきたからだ。


「ユウさん、痛い?痛いよね。戦い初めて、数カ月の、ユウさんに、そこまで精神的な耐性が、追いついてるわけ、ないもんね」

「どうして、そんな事まで……」


 どうして僕が戦い初めて数カ月だと知っているんだ。

 どうしてアーニャ達の目的を知っているんだ。

 ……いや、今の状況を考えれば答えは一つしかない。


「癪だけど、“前知の”の、入知恵かな」


 ――ギリッと、歯が軋み鳴る。これも全部あいつのシナリオ通りって訳かよ!

 歯がゆさと悔しさで身体の血が熱くなるような感覚を受ける。だけど、それだけだ。魔法は封じられている。既に僕達に打つ手など無く、チェックメイトは成された後だった。


 そして愛緋ちゃんは決別の死刑宣告を告げる。


「ユウさん、壊れる寸前まで、痛めつけるね。もう二度と、戦おうだなんて、思えなくなるように。

 だから、ユウさん、さようなら。私の、初めての、友達――――」

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