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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第六章 既知の果てを求むもの
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第五十九話

 現在時刻、深夜2:00――

 草木も眠る丑三つ時とはよく言ったもので、風の無い深夜の夜は、木が揺れる音や葉の擦れる音や、眼前に横たわる川の流れる音すら聞こえず、不気味なほどの静寂に包まれている。唯一聞こえるのは遠くから僅かに聞こえる車の音だけ。その音だけが僕はまだ町の中に、現代の日本の中に居るのだという事を教えてくれている。


「はぁ……さむ……」


 誰も聞く相手が居ないのに呟いた言葉が、やけにか細く、情けなく静寂の中に響く。季節は夏と言え、さすがに夜は冷える。身体に巻きつけたダンボールを引き寄せ、身体を縮こめる様にしてぎゅっと抱き締めると、僅かに寒さが和らいだ……気がする。誤差とも言える体感温度の上昇を感じながら、僕は目を開き、辺りを見回す。

 今、僕が居るのは町外れの河川敷の鉄橋の下、何かの資材置き場の中だ。立ち入り禁止処置がされたフェンスと、よくわからない鉄製品の資材に囲まれ、雨風を何とか凌ぐことが出来ている。若干サビくさいのと、川が目前なせいか少し寒いのが難点だけど、それ以外の点は割とマシだ。


 衣食住、その内最後の“住”。雨風を凌げるという一点においても、家がとても重要なのは語るまでも無いけれど、それ以外にも家の中というだけで途轍も無い恩恵に預かっていた事を知ることになる。

 初めて自分の意思で野宿をして知ったこと。それは外で寝泊まりするという事は、怖い。そう、怖いんだ。寝るという事は本当に無防備で、それを何の遮蔽物も無い所で行うのは平常の精神では無理だ。


 もしかしたら寝ている内に暴漢に襲われるかも。

 もしかしたら寝ている内に警察に発見されるかも。

 もしかしたら寝ている内に前知の魔女の襲撃を受けるかも。

 もしかしたら、もしかしたら……


 そんな恐怖が頭をよぎり、マトモに眠る事なんて出来ない。


「実際、襲われたしなぁ……」


 そう呟きながらブルリと身体を震わせ、つい先日のことを思い返す。

 警察に捕まる事を恐れていた僕は、深夜の間も眠らずに周囲を警戒しながら路地裏や市街地をフラフラと歩き回っていた。傍から見たらかなり怪しいだろうけど、深夜の繁華街は意外に警察の巡回が多いし。と言っても何日も寝ずにいる事は人間には不可能で、いずれ限界は来る。徹夜も3日目に差し掛かり、そろそろ限界に近づいた頃、公園のベンチに腰掛け、少しだけ休憩をしようとした。夜風に当たり数分だけ――と思っていても、睡魔に晒され続けている頭は思いとは裏腹にウトウトと微睡み、やがては甘い眠りの中に沈んでいった。その様子を眺めていた視線にも気付かずに。


 そして数分後、と言っても眠りに堕ちていた僕の頭では実際にどの位の時間が経ったのかは分からなかったけど、入り始めていた浅い眠りの中で身体から感じる確かな違和感を覚え、おぼろげながらも意識が浮上していく。


(なんだかもぞもぞしてるな……)


 寝ぼけ眼を掻き、涙を拭おうと右手を目元へ持っていこうとして――失敗する。何か紐状のもので絞めつけられている感覚が、手首から伝わる。

 腕、動かない事に疑問に思った瞬間、寝ぼけていた頭が急速に醒めていく感覚を覚える。

 っ、これ、もしかしてヤバい状態じゃないか?僕の勘違いでありますようにと祈りながら、恐る恐る瞼を開く。それが淡い期待で、ある程度の確信を以てそんな事は無いと思いながらも。


「――ひ、っ」


 瞬間、魔法が発動するのを堪える事が出来たのは奇跡だったのかもしれない。ティアナちゃんのトラウマと呼応して咄嗟に発動しかけた魔法は、間違いなく目の前の男を物言わぬ肉塊にするに足る威力の圧力だったのだから。

 眼前にあったのは頭頂部まで後退した頭髪。フケと油でギトギトになった頭と欲望に歪み、血走った目をしたホームレスの男だ。小太り身体から、最後にいつお風呂に入ったか知れないキツい刺激臭が鼻を突く。黒く汚れてザラザラとした手が太ももを撫で廻していて、悲鳴を上げながら泣き喚きたい気持ちになる。

 今まで生命の危機に晒されていたなど露知らぬ男は、僕の小さな悲鳴を聞いて目を覚ましたことに気付いて一瞬の躊躇を見せながらも、再び僕の脚に手を伸ばしてくる。


――ッ、この、いつまで……!


 頭のどこかでティアナちゃんの悲鳴にも似た叫びが聞こえる。それに合わせて再び身体の底から、怒りと嫌悪感と共に魔力が湧き上がる感覚がする。


「――いつまで、触ってんだよォ!!」


 叫びを上げながら身体強化の魔術を発動させて男を空に向かって蹴り上げる。70キロ程の質量を持った男が、バスケットボールの様に飛び上がり、地球の引力に引かれて地面にたたきつけられた。男は何が起きたのか全く理解してい無いようで、ゲホゲホと咳き込みながら面食らった表情をしている。

 僕は手首にグルグル巻きにされたビニール紐を力任せに引き千切り、腕を組んで仁王立ちになると、いまだに地面に這いつくばっている男をなるべく冷たく、侮蔑の表情で見下ろす。


「未遂だから今回は見逃すけど、次やったら……こうだよ?」


 そう言いながら僕は近くの木に手を伸ばす。20センチメートル程の太い木の枝を掴み、力任せに握ると、バキバキという音を立てながら砕け、まるで万力で押しつぶされた様にひしゃげ、ボトリとその枝を地面に落とす。男の様子を見やると、その表情は信じられないものを見る目で呆け、口を呆然と開け放っている。

 いまいち反応が薄いので、目の前で握りこぶしを開いて、木の枝だったものの破片をパラパラと舞わせたあたりでやっと理解が追いついてきたのか、みるみる内に顔を青ざめさせて、抜けた腰を引きずりながら奇妙な悲鳴をあげて逃げ去って行った。


 まぁ、そんな事があった訳で。


 流石に完全に徹夜は、いつ寝落ちしてもおかしくないし、その場合色々と危険な目にあう可能性があるので、少しでも睡眠は取るようにしているわけだ。かといってどこでもと言う訳にはいかない。公園や人目に付くところでは先日の二の舞だし、かと言って山の中で野宿は流石に雨風が怖い。

 寝床を探して数時間。野宿をしやすいところというものは、街中には多くない事を思い知る。正確に言えば、野宿をしやすくて、空いているところは。何か所か良さそうな所を見つけたりもしたけれど、その悉くに先客が居たのだ。まぁ、良く考えるとそれは当たり前の事だ。帰る場所を失って2,3日の僕と、ホームレスになって数年、数十年の彼らとでは、その“一等地”を見つける経験も、時間も大違いだ。だからと言って罪もない彼等を無理やり追い出して、自分がそこに居座る程捨て鉢にもなっていないし、そんな事をする勇気も無い。


「喧嘩になったり、また襲われたとき、勢い余って死なせたりは嫌だしなぁ」


 あの時は運よく魔法の発動を堪えることが出来たけど、次も同じだとは限らない。むしろ今回堪える事が出来た方が僥倖だった位だ。“誰我接触不叶(だれもわれにふれることかなわず)”は、接触を拒む魔法だ。それも、男たちに穢される寸前、何よりもそれを拒んだティアナちゃんの思いによって生まれた魔法。それはそのまま、触れようとするものに対しての報復ともなる。

 “前知の魔女”が語った、『魔導に触れたものは遅かれ早かれ、皆気が狂う』という言葉が頭をよぎる。魔力は人の気を狂わせ、感情を、欲求を加速させるとするならば、それに当てられて僕を襲う男達は本当に悪いと言えるのだろうか。

 考えてみても答えは出ないし、暴力をふるう事への忌諱感から、僕はなるべく……いや、ほぼ確実に誰も来ないであろう場所を見つける為、更に数時間程街を歩き回った。



 そして見つけたのが、此処。町はずれの河川敷の鉄橋の下、その施錠された資材置き場の中だ。立ち入り禁止の処置はしっかりとされており、3メートルほどの壁面に足がかりは無く、その最上部は有刺鉄線が巻かれているという徹底ぶりだ。普通の人間なら簡単には入ってくることが出来ないだろう。けど、普通じゃない人間ならば?僕は身体強化の魔術を発動させると、有刺鉄線に引っかからないように、そして勢い余って天井に頭をぶつけない様に十分注意をしながら、フェンスの中へ向かって飛び上がる。飛び降りた先に何もありませんように――という僕の祈りは神様に届かず、不安定な資材の山が着地地点であろう場所にそびえ立っていた訳で。


「えっ、わっ、ちょっ……待って!」


 待ってと言われて待ってくれる相手の筈も無く、無慈悲な資材の山は残酷に、機械的に、力学と重力にこれ以上なく素直に崩れ、けたたましい騒音と、僕の身体と共に雪崩れ落ちた。


「いっ……たぁ……」


 巻き上がる砂埃の中、僕はお尻をさすりながら小さく呟く。幸い身体強化の魔術のおかげで目立った外傷は受けなかったけど、強かに打ち付けたお尻と、脚に何か所か擦りむいたであろう部位が激しく痛みを主張している。


「げっ……スカートが……」


 泣きっ面に蜂と言うべきか、弱り目に祟り目と言うべきか、崩れた拍子に何処かで引っかけたのか、スカートの横辺りでスッパリと、まるで不格好なスリットの様な裂け目が出来てしまった。普通に立っている分には問題ないけど、これでは座ったり、歩いたり、或いは何かの拍子で太ももの、かなり根本の部分まで見えてしまう。


「はぁ……寝よう……」


 幸いにしてここには防寒に効果のありそうな大きめのダンボールが何個かあり、監視カメラや人気も無いので、寝床としては上々だ。まともに睡眠を取っていない頭で、これ程の不幸続きでは心への過負荷が大きすぎる。少しでも寝て気分を晴らそうと、僕はそそくさと床に就いた。




◆◇◆◇◆◇



「……はァ」


 ここ数日の回想を終えた僕は、もう一度ため息を付く。ため息をすると幸せが逃げるというけれど、今は一度だけつくのを許してほしい。あと幸せはこれ以上逃げないでほしい。

 やはり初めての野宿で、しかもダンボールに包まって安らかに眠る事は出来なかったようで、深夜遅くに寒さと不安によって僕は目覚めてしまう。

 今までホームレス紛いの生活をして来た中で、ここまで過酷だと思ったのは初めての事だ。はっきり言って今までが恵まれていた。


 最初はコンビニの廃棄弁当を譲ってくれ、仮眠室まで貸してくれたバイト青年。

 次は親の許可も身寄りも分からない僕を雇ってくれた店長さん。

 その次は身元不明な理由も曖昧な僕に優しく親身になってくれた朝日さんに、施設のみんな。


 人並みの生活が送れたのは、ひとえにみんなの優しさのお陰だ。身元不明の不審人物である僕に親切に、優しく手を伸ばしてくれた人達。


「…………ぐす」


 一人というのはこんなにも心細いものなのか。辛いものなのか。もう泣かないと決めたはずの目蓋が水気を帯び、ほんの少しだけ鼻を鳴らす。唯一残った、2人の友達、仲間の様子と安否を慮ると、途端に不安と孤独感が湧き上がってき、アーニャとエランティスの前では絶対に漏らすことの出来ない本音が、口を割って出る。


「アーニャ…… エランティス…… 寂しいよぅ」

「む、呼んだか?」

「に”ゃあああああぁぁぁぁぁあああ!!?」


 返ってくるはずのない返事に、僕は訳のわからない悲鳴をあげる。驚き過ぎて自分でも何て言ってるのか理解できなかとったけど、時間とともに自分が何て叫んだかを思いだす。なんだよ、にゃあああって……


「エランティス!?今、今の聞いたの?」

「な、何の事だ……」


 聞かれてない?聞かれてないよね?ホッと安心し。、肩をガックリと落として溜息をつく。全く、亞う


「な、何でもないよ……」

「何事も無いわけではなかろう。汝、見てわかる程弱り果てておるぞ。それ故寂しいなど弱音を吐いたのであろ……」

「忘れよ?忘れて?忘れろよぉぉおおぉぉ!!」


 エランティスが言葉を発しきる前に彼の頭を掴み、絶叫と供にやや乱暴に降る。これ以上無いほど動転し、記憶を消す魔術など使えない僕は頭部への衝撃という余りに短絡的で不確かな手段に出てしまう。最初は混乱しつつもなすがままとなっていたエランティスが「いい加減にしろ‼︎」とブチ切れ、僕の手に歯型を幾つか付けるまでに、そう時間は掛からなかった。

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