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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第六章 既知の果てを求むもの
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第五十八話

……それからの生活は一変した。


 あの日アーニャに傷を治してもらい病院を抜け出した僕達は、これからの生活について相談をした。

 予言の魔法を持つ“前知の魔女”は、こと、情報戦においては最強の最悪の相手だ。エランティスに言わせるなら、戦闘での単純な強さは『十年(ディケイド)級』、つまり今のアーニャと同程度のものらしい。その代わり、彼女の魔法は情報戦に異常なまでに優れている。予知が出来る彼女を見つけるのは、エランティス達が何年もかけて探していて、未だに足取りすら掴めない“界渡りの魔女”を探すよりもはるかに困難だ。だと言うのに相手からはこちらの言動すら筒抜けだというのだから性質が悪い。前以て知るの名の通り、魔法を発動させた彼女と遭遇した時点で、ほぼ全ての過去現在未来の情報を“知られていた事になる”。普通の予知と決定的に違うのがそれだ。前知の魔女にとって、得た情報は噛み砕く必要が無い。あらかじめ知っているからその情報を整理したり、思い出す必要が無く、頭の中に既にその対策が置かれている状態になる。そこにタイムラグは存在しない。


「次に“前知の”が現れる時、それは奴が勝利を確信したときだ。百に一つ……いや、万に一つの敗因すら排除したときだろう」

「それじゃあ詰みじゃないか……」


 相手からは嫌がらせし放題、こちらからは打つ手なし。接触する機会があるのはこちらに勝機が無いときだって?どうやって勝てばいいか全く想像がつかないんだけど。


「私たちで打てる対策は一つ。同種の魔法を展開して“理”を相殺しながら“前知の”を探して倒す事」


 エランティスの代わりにアーニャが説明を続ける。


「“前知の”が魔法を展開していない限りは、予知の属性を持つ魔法で覆す事ができます。魔法が発動する前、或いは発動したとしても打つ手を総て潰した状態で無ければ、前知のは難なく逃げおおせるでしょうね」


 成程。魔法が発動した瞬間すべてを知られてしまうなら、発動する前に倒すか、その時点で知られたとしてもどうしようもない状況を作ればいいって事か。逃げ道を塞いで、外的要素を排除して…… 下準備と運が絡んで難易度が高そうだ。しかし、まずそれ以前に……


「でも、予知の属性の魔法何て誰が」

「私が使えますよ」


 ……天使の中には予言を司るものもいるらしく、それはつまりアーニャもその能力を扱うことが出来るという事だ。

 『アーニャが知る限りの総ての天使の能力を扱うことができる』魔法“天衣無縫乃理(あめのころもはむほうのことわり)”。汎用性は最高クラスの魔法の伊達ではないらしい。と言うか使えない属性の魔法殆ど無いんじゃないの。基本的に弾く事しか出来ない僕の魔法と大違いだ。


「……ほんと、アーニャの魔法って何でも出来るよね」

「器用貧乏なだけですよ」


 貧乏って何だろう?そんな事を考えていると、意識のどこかから拗ねたような声が響く。


――不器用な魔法で悪かったですねーだ。


 ……ごめんなさい。




◆◇◆◇◆◇




 僕はアーニャが前知の魔女を捜索している間、一人で、なるべく不自然にならないように注意しながら、日常を過ごす事になった。不甲斐ないけれど僕が付いていると、僕の行動からアーニャの予知の相殺を察されるかもしれないからだ。

 かと言ってそれが楽という訳でもない。警察に追われる身となった僕に普通の生活は行えなくなった。衣食住の全てにおいて、現代人である僕は途轍もない恩恵に預かっていたのだという事を心から実感する羽目になる。

 まず、『衣』だ。収入源が完全に無くなった僕に新しい肌着を買う余力も無く、あの日身に着けていたままの肌着をこまめに洗って使っている。洗うのもコインランドリーや洗濯機の様な便利なものは当然使えない。夜遅くに公園の水道で水洗いするしかない。


「誰もいませんように……っと」


 そういう訳で僕は今深夜の公園の水道の前に来ている。流石に人目がある状態で洗い物をする勇気は僕には無い。

 水道の蛇口を捻ると、キュっというやや錆びた金属が擦れる音を立てながら水が流れる。幸いにも今の季節は夏だ。冷たいとは言え、冬場と比べると天と地程の違いがある。


「…………」


 問題なく水が出る事を確認した僕は、注意深く周囲を見渡して本当に誰もいないかを確認する。深夜の公園は静かで、身体強化により感度があがった聴力でも物音ひとつ聞こえない。遠くで車の走る音や何かの生活音が聞こえるが、こちらに来ることはなさそうだ。


「……っ」


 そして誰も居ないことを確認した僕は、スカートの中に手を入れショーツをずり降ろす。風の通る感覚が非常に心許ない。スースーする。

 だ、だって仕方ないだろう!これ一着しか無いんだし!こっそりと施設に残していた私物を回収しようと潜入してみたけど、僕の私物は全て証拠品として押収されているようだった。つまりは僕に残された衣服は、今着ている穴が開き、血が滲んだシャツとスカート、そして身に付けている下着一組だけだ。


(はぁ、せめて下着だけでももう一着欲しかったなぁ。と言うかアーニャに少しでも助けてもらえば良かった……)


 後悔先に立たず。こちらから念話を繋ぐことが出来ない以上、アーニャやエランティスからの連絡を待つしかない。まぁあと数日の我慢だろう。と、その時、何人もの若い男の声が近づいて来るのを僕の耳が拾う。


「やばっ」


 うそ、人来た!?まだ洗い終わってないのに!

 慌てて泡を水で洗い流す。泡が落ち、握り込むようにして水を切った時には、青年たちの姿は視認できる位には近付いていた。一瞬遅れて彼等は僕に気付いたのか、少しだけ動揺した空気が流れるが、相手がただの少女だと気付いたのか、気にせず雑談を再開しはじめる。

 ……良かった、どうやら気付かれては無いようだ。コッソリとスカートの横のポケットに、ソレを突っ込む。じんわりと湿った感触が太腿の付け根に感じるけど、この際仕方がない。後は何食わぬ顔でここを離れて――


「ちょっと君、君」

「はっ、ひゃい!?」


 び、びっくりした。いきなり声をかけられたせいで変な声が出た。慌てた様子の僕を見て爆笑する青年たち。苦笑してごまかすようにしながらも、内心では動揺して心臓がバクバクしている。


(は、話しかけられる前にダッシュで逃げればよかった……)


 後悔してみても遅い。いや、いまから逃げればいいんだろうけど、何か今更逃げづらい。彼等の様子を見る限り悪意は感じられないし、別に急いで逃げる必要もなさそうだ。と言うか、シート引いて料理やお酒並べて……もしかしてここで宴会する気?


「今からここで呑みするんだけど、君も参加しない?男だけでむっさいと思ってたんだよ」

「いや、いいです。僕未成年ですし」

「大丈夫だって、ジュースもツマミも、菓子もあるしさぁ」

「そういう問題じゃ……」


 毅然として断る僕に、青年が諦め引き下がろうとした瞬間、近くで準備をしていた青年が料理の容器のフタを開け、その香りが僕の鼻腔をくすぐる。


――きゅうぅぅぅ


 ……素直すぎるでしょう、僕のおなか。いい匂いにつられて、欲望に忠実なおなかが切なそうな声をあげる。

 彼等にも聞こえたらしく、青年たちの爆笑を受けながら、僕は恨めしそうにお腹をさすった。







「「「ウェーイ!かんぱーい!!」」」

「か、かんぱーい……」


 一つだけ断らせて欲しい。ここ数日まともな食事にありつけてなく、昨日に至っては水だけで過ごした僕に、この誘惑を断る事が出来るのだろうか。いや、無理。

 ごめんなさいおなかすきました。もう丸一日と半分程、水しか口にしてないんです。魔女だから簡単には餓死らしいけど、それでも空腹は辛い。

 かなりいいペースでビールを飲んでいく青年達をよそに、僕はお腹の虫を刺激した憎き点心に箸を伸ばす。八当たりの気持ちをこめて、はしたないながらもガブリと噛り付く。流石に完全な出来たてと比べると冷めてしまっているけど、これはかなり美味しい。一度噛めば、もちもちの皮に閉じ込められた肉汁が溢れ出し、肉の旨みが口の中に満たされる。プリプリの海老が贅沢に使われていて、一噛みごとに弾力のある噛み応えと海老の甘みが舌を刺激する。これは、空腹のスパイスを考慮して考えてみても、十分過ぎるほどの名料理だ。


「ぐすっ、美味しい……」

「ちょい、料理食べただけでなんで涙目なんだよ」

「おなかすいていて、この焼売美味しいし……」

「夕食食ってねーの?まぁ料理いっぱいあるから好きなだけ食べなよ」


 そう言って別の料理が乗った皿を僕の目の前に差し出す青年。遠慮しても仕方ないし、ここはお言葉に甘えようとして箸を伸ばした瞬間、乗り出した身で彼のビール缶を倒してしまう。


「うわっ、ごめんなさい!」

「マジか、ヤベェ!」

「ギャハハ!ウケる」


 すぐに起こしたものの、幾らかはシートの上に溢れてしまった。謝罪と共に立ち上がり、ハンカチを取りだそうとスカートのポケットの中を探る。


「え~っと、ハンカチハンカチは、っと」

「落ちたぞーってあれ、このハンカチやけにくしゃくしゃで濡れて……」


 取り出そうとして手が滑り、ポトリと僕のポケットから零れ落ちた桃色の布きれを近くに居た青年が拾い上げる。

 って、え、ちょい、待って。桃色の、布?僕のハンカチは青色の柄ものであって、桃色の衣類で僕が唯一持っているものって……


「…………」

「………………」


 空気が固まる。そこに居る全員が何が起きたのか理解できず、まるで時間が止まったように身動き一つ取れずにいる。少しずつ理解が追いついて、僕の顔色が青く、そして火が付いたように赤くなる。


「あれ、これパ……」

「うっ、うわあああああぁぁぁぁぁ!!!」


 青年が言葉を発しきる前に、拾ったソレを奪い取ると共に、不運にも手にしてしまった彼にビンタをかまして全力で走り去る。

 ああもう!前知の魔女絶対ゆるさない!ゆるさないからな!!

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