第五十三話
「……悠、元気そうですね」
「あ、アーニャ?」
ガチャリと開いた扉に目を向ければ、こちらを呆れたような視線で見るアーニャの姿。いや、実際に呆れているんだろう。今朝、死体の様に呻いていた僕を心配しながらも、学校へ補講を受けに行ったアーニャ。しきりに僕の体調を気にしており、安静にするように口酸っぱく言っていた彼女が戻ってきた時に目にしたのは、4人でパーティゲームをしている僕。確かに呆れもするだろう。
「私、今日は安静にするように言いましたよね?」
「いやぁ、安静にするつもりだったんだけど、体調思ったより早く回復して……」
「悠?」
「……ゴメンナサイ」
言い訳を吐き出そうとする僕に、アーニャはただ僕の名を呼んでほほ笑みを浮かべる。怖い、笑顔が怖いですよアーニャさん。これ以上言い訳を続ければ、強制的にベッドで寝かされそうなので、素直に謝罪する。と言っても体調が回復したのは本当だ。まだ軽い頭痛や吐き気はあるものの、概ね行動に支障があるほどではない。
「アーニャちゃん、やっほー」
「綾さん、こんにちは」
綾も続いてアーニャに挨拶をする。そしてその瞬間、アーニャを見ながら呆けていた布袋君が興奮したように叫ぶ。
「うおーッ!外人さん?めっちゃ綺麗!竜胆ちゃんも可愛いけど、この子やっべぇ……って痛ってぇ!?」
「タツヤ?浮気、良く、ない」
「誰がお前の彼氏だ!マジでいてぇ……」
どうやら愛緋ちゃんが、彼の太ももを抓り上げたらしい。胡坐をかいていた太ももをさする布袋君。二人の様子をクスクスと上品に笑いながら、アーニャは尋ねる。
「こちらの御二人は?」
「あ、俺は布袋辰也。こっちは愛緋。ヨロシク」
片手をあげ気さくに挨拶をする布袋君と、ガチガチの状態のまま、無言でぎこちなく会釈をして挨拶をする愛緋ちゃん。二人の正反対さに思わず苦笑が漏れる。これはこれでいいコンビなのかな?
「アーニャ・ガランサスです。綾の友人でしたか?」
「んーん、うちは今日が初対面。悠ちゃんのお友達らしいよ」
「え、悠に友達が!?」
「あぁ、うん、驚くのは分かるんだけど、そのリアクションって結構心にグサッと来るね。友達いないだろって言われてるみたいで」
「あ、いえ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」
いや、いいんだけどね。アーニャのリアクションが少々大げさだったから、ちょっといじわるしただけだし。
「アーニャちゃん、アーニャちゃん。あ、外人さんだとガランサスちゃんって呼んだ方がいいのか?」
「別にどちらでも構いませんが」
「んじゃ、アーニャちゃんもこいつ倒すの手伝ってくれよ。俺ゲーム殆どしねーから下手くそなんだよ」
「……タツヤ、二人の足、引っ張ってる」
「布袋君は置いて行こう……この先の戦いについてこれそうもない……」
「こら、悠ちゃん。頑張りは認めてあげようよー」
布袋君は、その言葉通りあまりゲームが上手くない。と言うか本当に運がない。殆ど運の要素が必要なパーティゲームで、彼は全て最下位の順位を総なめしていた。確かに不慣れなせいで少々のプレイングミスも見受けられたけど。
因みに一位が一番多いのは愛緋ちゃん。こういったとこまで凸凹コンビなのね。
「……あと、こいつらが姦し過ぎてしんどい」
好き勝手言う僕たちを肩を竦めながら睨む布袋君。確かに女3人に囲まれて男1人という状況は少々、彼にとって息苦しさを感じるものだろう。気持ちは分からないでもない。
……あ、今自分を自然に女の方に勘定してた。やばい、思ったよりショックだ。
「フ、フフフ……」と自嘲しながら突然に負のオーラを出し始めた僕を、綾が怪訝な顔で見ていた。
「ふふ、みなさん楽しそうですね。と言っても私も初めてなので足を引っ張ってしまうでしょうが……」
「ま、楽しんだもの勝ちだよ。それにアーニャとこんな遊びするの初めてだし」
「そうですね、それではよろしくお願いします」
そう言ってアーニャは僕の隣に腰を降ろし、布袋君から受けとったコントローラーを暫く興味深そうに観測したり、感触を確かめたりしている。
「……で、これはどうやって遊ぶものなのでしょう?」
……まさか、まずゲームというものの概念から教える羽目になるとは思わなかったよ。「もしかしてアーニャちゃんってお嬢様?」って耳打ちで聞いてきた布袋君に、なんて言い訳しようか困る羽目になった。
「おじゃま、しました」
「竜胆ちゃん今日はサンキュー。見舞いに来たつもりなんだが、騒いで悪かったな」
「いいよ。おかげで早く治った気がするし」
夕方五時ごろ、家路に着く愛緋ちゃんと布袋君を僕たちは見送りに出ている。皆でワイワイとひとしきりゲームで楽しんだり、トランプをしたり、好き勝手雑談したり。途中からは少し残っていた頭痛や吐き気なんて完全に吹き飛んでしまっていた。
「今度は、うちに、来て?」と言う愛緋ちゃんに「楽しみにしてるよ」と返しながら見送る。クラスメイトの人たちよりも先に、彼らの方と仲良くなってしまった。未だに急に現れた転校生という立場の上、テストでやらかしたり、すぐに夏休みに入ってしまった為、実はまだクラスに馴染めてはいないのだ。
「楽しかったねー。あの二人兄妹なのかな?面白い凸凹コンビだったね」
「ふふ、そうですね」
どうやら2人も彼らを気に入ってくれたみたいだ。友達が増えるのは良いことだ。うんうんとしたり顔で頷いている僕に、ふと思い出したように綾が尋ねる。
「あ、そーだ。ねーねー、悠ちゃん、明日朝日さん来るんでしょー?」
「あ、うん、そうだね」
昨夜、朝日さんから連絡があったのだ。近いうちに会えませんか?と。今日は二日酔い……もとい魔力欠乏症になる事が目に見えていたので、一日置いて明日会う予定になっている。
「またお昼ご飯作ってあげよ?だからちょっと料理教えてー」
「そういえば今日料理当番だっけ?んじゃついでに下ごしらえでもしようか」
「やーりぃー!悠ちゃんの料理おいしいから楽しみー」
はしゃぐ綾。まだ朝日さんの事狙ってるのかな?夏休みに入り、会う事がめっきり減ってしまった岸田君の顔を思い出す。頑張れ少年……
「ちょ、ちょっと待って下さい。悠、料理できたの?と言うか朝日さんって誰!?」
何故かフリーズしていたアーニャが、再起動するなり珍しく狼狽えた様子で僕に詰め寄る。残念ながら門限までも幾ばくも無いので、今すぐに説明は出来ない。
「ってか、そろそろアーニャは帰らないと。うちの面会時間、過ぎるよ」
「クッ、いえ、その悠が手料理を振る舞うという“朝日”って人の話を聞くまで、帰るわけには――」
「はいはい、後でね」
アーニャの背中を押して無理矢理帰路に着かせる。「後で絶対教えてもらいますからねー!」という叫びを聞きながら、
友達と語って、遊んで、学校行って勉強して、馬鹿言って、騒いで。そんな当たり前で、平凡で、どこにでもある幸せな日常。それは異常に身を置いて生きる僕にとって、とても有難くて、陽だまりのような日常。
――あぁ、だからこそ、それは、本当に夢のようで……
――いつか唐突に、儚く終わってしまうものだなんて、分かり切っていたことだったのに。
◆◇◆◇◆◇
「で、悠?朝日という方は――」
「んだぁー!もう!しつこい!さっきから言ってるでしょ、ちょっと前にお世話になった警察官の人だって!」
後で、の言葉通りに深夜に念話で呼び出された僕は、アーニャとエランティスと共にいつもの裏山に集合し、そして朝日さんについての尋問の様な質問を受けていた。もちろん尋問官はアーニャ。あまりのしつこさに、少々声を荒げると、彼女はシュンとあからさまに沈んで、叱られた子供の様に言い訳をする。
「で、でも、だって、悠の手料理なんて私も食べたことないのに……」
「はいはい、今度作ってあげるから。そろそろエランティスがブチ切れそうだよ?」
「くっ、仕方ないです。そろそろ始めましょうか」
僕の言葉を聞き、エランティスの様子を確認したアーニャが顔を引きつらせて、引き下がる。いつもの修練だって聞かされて来てみたら、始まるのはしょうもない雑談では、エランティスの堪忍袋の尾もあっという間に断線だ。その証拠に、さっきから無言なエランティスの身体が怒りでプルプルと震えている。
そして数十分後、いつもの様に手合わせを終え、いつもの様に戦いの反省と復習をする。ただ闇雲に戦うだけでなく、先の戦いの中で反省点を見つけ、それについて議論する。何事にも反省は重要なのだ。
そして、今回の議題にあがったのは、少し前から編み出した新技、そして幸運の魔女との戦いの決め手になった、『絶影・陽炎』だ。
「やはり、その絶影・陽炎って少々、いえ、かなり反則技ですね……」
「え、そう?」
光の偏屈。弾くのではなく、逸らすことによって自分の姿を消す。
正直、自分では地味な技だと思う。術中は素早く動く事は出来ないし、音も立てれないから、大掛かりな攻撃も出来ない。
「幻覚というわけではないので解除魔術では破れませんし、悠自身を探査魔術で探ろうとしても、“誰我接触不叶”で弾かれるので、初見で完全な対応は難しいんじゃないでしょうか」
「あ、催眠術とかだけじゃなくて、探査魔術も弾けるんだ」
「……そのせいで“幸運の”が現れた時、汝を探すのに往生したぞ」
「ある程度近ければ、弾かれた位置から予測したりできるんですけどね」
ため息と共に呟くエランティスと、苦笑するアーニャ。悪かったよエランティス。こうして膝の上で抱いてあげるから許してくれ。
僕はエランティスのモフモフを堪能しながら疑問を口にする。
「じゃあ、対応策って?」
「そうですね、2つ3つは思いつきましたが……
先ほどの探査魔術から位置を割り出すのもそうですが、全方位攻撃で位置も関係無くまるごと吹き飛ばすこと」
穏やかでは無いが、それは僕も予想はしていた。実際、アーニャに始めてこの技を使った時、彼女が選択した対処法はコレだ。
「他には、視覚以外で察知すること。嗅覚や聴力に強化を掛けて位置を割り出す……」
こそっと近付いたのにアーニャが気付くのはコレかな?たまに背中に目が付いてるんじゃ無いかと思う事がある。
「あと、魔術を使わずに済んで、一番手っ取り早いのは気配や殺気で辿る事でしょうか」
「……え?」
「え?」
ちょっと予想してなかった返答に、僕は素っ頓狂な声をあげると、アーニャがそれに続く。
「気配とか、殺気とか……なに?」
「えーと、こちらの言葉では何と言うのでしょう?」
「ふむ、他の表現に心辺りは無いが……」
「あ、いや、言葉の意味は分かるんだけど……え?そんなの探れるの?魔術って」
「魔術では無い。例え魔術を封印さていたとしても、其れらを察知するのは出来る。
竜胆悠、汝、まさか……」
「……気配とか殺気とか、感じた事、無い」
こくりと頷き、そう答える僕をハトが豆鉄砲を食らったような表情で見る二人。え?え?僕おかしい事言った?魔術で相手を探査するのは分かる。“そういうもの”だって知っているから。だけど、魔術でもないのにそんな芸当が出来るなんて思いもしなかった。
「……エランティス?」
「うむ」
「え?どうしたの、エランティス。怖い顔して」
アーニャが目くばせをすると、エランティスが頷きそして何故かこちらを睨みつけて来た。怒らせるようなことをしたかな、と一瞬悩んだけど心当たりがない。もしかして、これが殺気とやらを叩きつけている状態じゃないのかなと思いついた瞬間、大きなため息と共にエランティスがこちらを睨むのを止める。
「……どうやら、本当の様だな」
「これ程の殺気でも全く……? よく今まで生きて……
魔法が“誰我接触不叶”で本当に良かったわ」
「そ、そんな事言ったって、殺気とか気配とか漫画じゃないんだから、分かる訳ないじゃないか!」
確かに“誰我接触不叶”じゃなければ、切り裂き魔には速攻で首を跳ね飛ばされていただろうし、蠅山の魔獣には巨大蠅の強靭な顎でバリバリと貪られていただろう。ティアナちゃんには感謝してもしきれない。
異世界人とこちらの世界の人との違いに、久々に打ちのめされた僕だった。これもまたカルチャーショックと言うのだろうか。次元を超えたカルチャーにギャップを感じずにはいられなかった。




