第四十五話
僕たちが居るのは平凡なファミレスだ。夏休みに入り、昼前時だけど何人かの学生の姿が見える。ファミレスと言えば若干割高なイメージがあるけれど、ここは他と比べて幾分安めだ。そのおかげでファミレスなのにファミリーよりも学生の割合が多い。
今の僕たちも、その夏休みに浮かれる学生たちの一組と数えられるだろう。
そして僕は、目の前に座る少女に、悩みぬいた末に何とか捻り出した話題を投げかける。
「えっと、趣味とかある、のかな?」
「………」
「あー、ごめん、何か、怒ってる?」
「………」
「えっと……」
「……………」
質問の選択ミスった!僕の質問に対しての返事は、こちらをチラリと一瞥するだけだった。
あぁ、5分でいいから時間を巻き戻す魔法って使えないかな……そもそも、僕がどうしてこんな目に――そんなことを考えながら、僕はこんな目にあった原因を思い返していた。
あの日から数日後、僕は布袋辰也と名乗った少年と、愛緋と名乗った少女と会うことになった。ファミレスで雑談でもしながら、親交を深めようという事らしい。ただ、連絡を取る際、運悪く綾が電話を取ったせいで「悠ちゃんに男の人からお誘いがッ!」という噂が施設中を駆け巡り、非常に居た堪れない状態になってしまった。逃げるように飛び出してきたのはいいものの、帰った時どれだけ弄られるかを想像すると凄くげんなりとしてしまう。
そして2人と出会い、件のファミレスに入ったのはいいものの、布袋少年は僕たちの飲み物が着くとすぐに「後は若い二人だけで」とかお見合いをセッティングした両親のような台詞を言い残して退室した。……うん、殴りたい。ってか戻ってきたら殴る。
更に肝心の愛緋ちゃんは……
――ズズ……
「………」
「………」
無言だ。うつむきながらオレンジジュースをストローで飲み、こちらの事を一瞥もしない。
あー、うん、なんだ、これ。すっごい気まずい。どうしたものかね、これは。「友達になってくれ」ってお願いだったけど、彼女にその気がなければ不可能じゃないか。
どうしようかと悩んでいると、いつの間にか俯くのを止め、顔を上げた愛緋ちゃんが怯えながらも何かの決意を固めた表情で、こちらをしっかりと見ていた。
「……貴女は」
「……」
「貴女は、タツヤを、取っちゃうの?」
「……え?」
愛緋ちゃんの口から飛び出してきたのは懇願の言葉だった。
取っちゃう?それってもしかして……
「……私はいつも、怯えていた、逃げていた……
彼はそんな私が、逃げ込んだ先で見つけた、唯一のものだから」
たどたどしく、その目元を隠す前髪の間から覗く瞳に涙で潤ませながら、少女は呟くように言う。
「だから、お願い、します。タツヤは、あの人だけは……奪わないで」
「は、ハハ、なんだ、そういう事か」
成程、納得だ。いきなり現れてヒソヒソ話をするような相手だ。確かに僕は邪魔者で、敵に見えただろう。現に、彼女は思わず苦笑した僕を見て、ムスッとした表情を見せる。あぁ、大丈夫だ、それだけは無い、そんなことはしない。全て失った先で一つだけ得たものの大切さを、僕は誰よりも知っているから。
「あぁ、大丈夫。誓って、取ったりしないよ」
「……ホントに?」
「勿論。それに僕は……」
猜疑がぬぐえぬといった様子で愛緋ちゃんが呟く。彼女の疑問に答える為、僕はある人の顔を思い浮かべながら微笑みながら答える。
「もうちょっと年上の方が好みかな」
その時浮かんだ顔は誰のものだったか――
「……ゲーム」
「え?」
「さっきの、質問。私の、趣味……」
僕の笑顔を見た愛緋ちゃんは少しだけ驚いた表情を見せ、何かに納得し、そして安心したようにため息をついた後、ボソリと呟く。ゲーム?何が?と疑問に思っていると、その言葉の意味する事を彼女は追加の説明を言う。あぁ、成程、趣味、趣味ね。その言葉が意味するところは僕を友人だと、いや、少なくとも敵ではないと認識してくれたということだ。
「へぇー、どんなゲームするの?あの時みたいな格闘ゲーム?」
「……なんでも。格ゲーもSTGもRPGも何でもする」
元男だった僕にとってゲームの話は少し気が楽だ。実のところ、いまだに女の子同士の話題には慣れていない。化粧の話だったり、お洒落の話だったりするとお手上げだ。彼女の趣味がそういった類の話だったならどうやって話題を膨らませばよかったのだろうと考えると、先ほどの質問があまりに愚問であったことにヒヤリとする。
「そっかー、僕もちょっと前は有名なゲームならしてたなぁ。ドラゴンを狩るアレとか」
「……一緒に、する?」
「いいね、やろっか、って……ごめん、もう持ってない」
一緒にゲームをするのは名案だと思ったけど、よく考えたら僕はもう、そのゲームを持っていなかった。今更になって気付いたけれど、僕の家にあったであろう物は遺品として処分されたんだろう。学生時代やっていたゲームや、初任給で買ったパソコンや、あれやこれやも、まとめて……
……うわっ、勿体ないっ!あれだけ揃えようと思ったらいくらかかると思ってるんだ!
僕が今更ながらに失ったものの総額を考えて悶々としていると、いつの間にか愛緋ちゃんが二つの携帯式のゲーム機を取り出して、そのうちの一つを僕に差出していた。
「サブロム、ある。一緒に、どう?」
「サブロムって何……?え、同じゲーム2個持ってるの?なんで?」
「色々。2PCとか、するために」
さぶろむ……?にぴーしー?
……ゲームの話なら大丈夫だと思っていたけれど、どうやら僕には少し難しい領域の話らしい。
――パカパパパーン
ゲーム機から盛大なファンファーレと派手なBGMが流れ、勝利したという事を教えてくれる。だけど、そのことに対して僕は何の感動も、感慨も感じない。感じるのは、驚愕と感嘆。
「……すご」
「それほどでも、ない」
僕はゲーム機を手にしながら呟くと、愛緋ちゃんが謙遜の言葉を呟く。欠片も嫌味の籠っていない言葉に、本当に謙虚にそう思っていることは伝わるけど、ゲームの腕が一般人程度の僕にとっては、彼女の技術は神業にしか見えない。モンスターの行動パターンを完全に記憶しているのか、まるで相手がどのように動くか予知しているように立ち回り、完全に攻撃が当たったように見えても、当たり判定とやらを把握していて、実は当たっていないらしい。僕は遠距離攻撃をできる装備で行ったのだけれど、殆ど攻撃する暇も無いままモンスターは彼女に狩られてしまった。
「いやいや、十分凄いって」
「……ありが、とう」
僕の賞賛の言葉に、少しくすぐったそうに照れる愛緋ちゃんは何というか、庇護欲を擽る。警戒心が強くて臆病な所とか小動物を連想させて、この子可愛いなぁ。
「よーう、お二人さん、親交は深まったか?……ってなに、ゲームしてんの?」
声をかけられた方を見ると、僕に難題を押し付けて自分はどこかへ立ち去った布袋少年が居た。なるほど、愛緋ちゃんの気持ちを知っていると、目元を前髪で隠していて分かりづらい表情の変化も瞭然だ。頬に赤みが差し、はにかみながら恋する少女が口を開く。
「タツヤ、おかえり。ユウさん、タツヤより、上手」
「おかえり。正直愛緋ちゃんのレベルが高すぎて、自分がどのくらいの腕前か分からなくなったところだよ」
「ハハハ、こいつとゲームしたらそうなるわ。俺なんて格ゲーで対戦したから、二度やらないって誓ったわ」
あー、確かにこれはトラウマになりそう。ゲームセンターで見た時のように、相手もある程度の実力者だったなら、白熱した試合になったかもしれないけど、僕達のようなちょっと触ったことがある程度の初心者では、手も足も出ないだろう。
それよりも、だ。僕はチョイチョイと手首だけを振り、布袋少年を呼び寄せる。
「そんなことより、いきなり2人きりにして放置なんて、ずいぶんと無責任じゃないか」
「あー、わりぃわりぃ。でもまー、上手くいったみたいでよかったよ」
「……最初は途方に暮れたけどね」
あの無言の気まずい空間を思い出し、ゲンナリとしながら僕は言う。正直、愛緋ちゃんの方から話してくれなければ、諦めていたかもしれない。
「なんの、話?」
「あぁ、いや、こっちの話。何でもねぇよ」
「……また、内緒話?」
布袋少年の言葉に、むすっと頬を膨らませて拗ねる愛緋ちゃん。ほほえましさに僕は思わず苦笑してしまった。
「安心しなよ。彼の内緒話って愛緋ちゃんの事についてばっかりだし」
「ちょい、竜胆ちゃん!?」
「私の、事?」
「あー!わー!勘弁してくれ!飯でもなんでも奢るから!」
顔を真っ赤に染めて焦る姿に、僕だけでなく愛緋ちゃんも同時に吹き出す。怯えているか泣きそうになっている事が殆どで、彼女の笑っている姿を初めて見たけれど、その姿は見ているこっちがホッとしてしまいそうな穏やかな姿だった。
さて、とりあえずこの店で一番高い料理をもらおうか?




