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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第五章 幸運の女神に抱かれるもの
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第四十六話

――人は、二回死ぬ。


 一度目は、命を喪った時。そして二度目は……誰からも忘れ去られた時だ。

 誰かが死者を思い、心に留めている限り、死者はその者の心の中で生き続ける。それは遺されたものに対する呪縛でもあり、救いでもある。

 故にその女は願い続けた。ただ“忘れたく無い”と。ただ、“死者を思い続ける己を途切れさせる不幸を消したい”と。


――其れこそが、“幸運の魔女”の願いであり、呪いであり、総てである。





 地球(ここ)では無い何処(どこ)か、現在(いま)では無い何時(いつ)か。魔物の群れが蔓延り、剣と魔術と権力が支配する世界。其処にある一組の若者達が居た。彼等は主に魔獣や魔物を狩る事を生業とし、見果てぬ世界に夢見る若者達だ。無謀と慎重、蛮勇と思慮。相反する要素を兼ね揃えなければ、忽ち命を喪うであろうこの仕事だが、彼等はその選択に欠片も後悔はしていない。実際、彼らは今まで生き残ってきた歴戦の猛者達だ。


「おい、新しいクエスト受けて来たぜ」


 リーダーである赤髪の青年が意気揚々と仲間たちに告げる。隆々とした筋肉と、背中に背負うようにして担いだグレートソードが、彼が剣士であることを物語っている。その手には一枚の(パピルス)、ギルドに集められたクエストの一つを書き記した依頼書だ。


「条件の良いやつだろうな?どれどれ……」


 悪態をつきながらリーダーである男から依頼書を奪い取ったのは、昏い目をした、魔術師然とした男。目元に深く刻まれた隈と、身体と顔の殆どを覆い隠すローブが不気味さと危うさを放つ。男は依頼書の報酬を見ると、「ほう」と僅かに口角を吊り上げ、喜色を表す。


「バグベア討伐……最低狩猟数が30体って、随分と多いわね……報酬は、良すぎる位だけど」


 黒い長髪の女が、魔術師の男の後ろから覗き込むようにして依頼書に目を通し、その条件を見て僅かに顔を顰める。女性らしさに満ち溢れ、男の目を引きつけるその身体と、目元にある泣きほくろが艶めかしい女だ。……惜しむらくは、その纏う雰囲気が儚げで、どこか幸が薄そうなところだろうか。


「まぁバグベアだけなら何とかなるんじゃない?それだけ探し出すのがしんどいだろうけど」


 続いて魔術師の男の手からかすめ取るようにして依頼書を取り、気だるげに目を通したのは少年と呼んでも差し支えない程の若い男。腰から下げた一対の双剣と、身軽さを重視した防具に身を纏っている。


「異論はないな?よし、今回の依頼は少し長期戦になりそうだ。英気を養うためにも、今日はパーっと飲むぞ!」


 仲間たちが依頼書に目を通した反応から異議なしという結論に達したリーダーは、無駄に腕を振り上げながらそう宣言する。その様を何事かと見る周りの者達も、そして当の仲間達も彼に冷ややかな視線を投げつける。


「またか」

「飲みすぎは体に毒よ?」

「英気を養うってか飲みたいだけでしょ」

「……お前ら」


 三者三様に、しかし、同じように呆れ返った反応を示す。リーダーであるこの男、皆が呆れ返るほどの酒浸りだ。クエストが始まる前に景気付けの酒、帰ってくれば打ち上げの酒。新たな街に着けばまずは地酒。流石に一瞬の油断が命取りになる街の外で飲むことは無いが、その分街の中では頻繁に、それこそ報酬の多くを酒代で溶かすほど飲むのだ。

 しかし、酒を飲む事は別にしても日は既に傾き始めそろそろ夕食時なのだ。酒はともかく、腹ごしらえをするには申し分ない。一度クエストに旅立てば、多くの場合完了まで街に戻ってくることは無い。そうなれば必然、旅先での食事は粗末で、簡易で味気の無い保存食ばかりになる。旅立ちの前の晩餐位は派手にしても全く問題にならないくらいには彼らはこの仕事をこなしている。


「んじゃ、まぁ、リーダーは勝手に飲んでればいいよ。どうせいつもの店でしょ?」

「はいはい、勝手に飲んでますよ。他にどっかあるか?」

「出立前に下手な店に入って、不味い料理出されてはたまらん。いつもの処でいいだろう」


 いつもの、行きつけの店。それは同じようにギルドから依頼を受け、魔獣や魔物を狩ったり、薬草や鉱石の採取を生業としたもの達が集う酒場だ。この酒場のステージで歌う“歌姫(ディーヴァ)”のお蔭で彼らの様な生活をするもの達に重宝され、愛されていた。

 しかしそれ以上に、酒と飯がうまい。彼らにとってそれ以上に重要なことなど無かった。


「ファリもそれで構わないか?」

「ええ、私もあの店の料理は好きですもの」


 ファリと呼ばれた女が優しく微笑みながら答える。彼女も何度も足を運んでいる店だが、何せ客層が物騒な、しかも酒の入った荒くれ者ばかりだ。若い女の身空で立ち入るには些か躊躇される。事実その何度も運んだ足の内に、既に何度も恐喝紛いのナンパを受けていた。


「まぁ、絡まれてもまた俺が守ってやるよ」

「ふふ、頼りにしているわ」


 甘ったるい空気を作り出す2人を見て、魔術師風の男は興味無いといった様子で、もう一人は「まただよ」と肩を竦めた。出立前には仔細な違いはあれど、毎回同じ事を繰り返すのを知っているものが見れば、よくもまぁ飽きないものだと感心される程の、いつも通りの彼らの光景だった。





――歌姫(ディーヴァ)と呼ばれる少女の歌声が酒場に響く。酒場のガヤガヤとした喧騒にも負けず、それでいて彼等の話を阻害しない絶妙な声量でこの男臭く、雑多な雰囲気の店に華をもたらしていた。この酒場が有名である理由の一つが彼女だ。その絶妙な歌声と、伴奏を必要としない歌唱力、そして何よりも彼女の持つ“魔法”が彼らにとって都合の良いものだった。その魔法の能力は「歌を聞いた相手の居場所がわかる」という、はぐれた仲間を捜索するのに非常に有用なものだ。事実、彼女の魔法のおかげで助かったものは少なくない。


「はぁーあ、食った食った」

「こら、はしたないでしょ」


 魔法の込められた歌をバックミュージックにしながら、平らげた大量の料理の皿を前に、少年が上着を捲り上げたて臍を露出させ、腹部をペチペチとその手で叩き満腹を全身で表現する。その細い体のどこに入ったというのか、明らかに体格に不釣り合いな量の料理を平らげていた。その行儀の悪い姿を叱る女。その姿は傍から見れば、まるで歳の離れた姉が弟を叱りつけているようで、凡そこの酒場という雰囲気からは逸脱している。


「はいはい、んじゃ僕らは一旦宿に帰らせてもらうよ」

「む、俺もか?何故だ、まだ飲み足りんぞ」

「いいから、ほら、行くぞ」


 叱られるのは御免だ――と、少年は魔術師風の男を引っ張り、その場を後にしようとする。それに対して不平を漏らす男だが、少年は有無を言わせぬ様子で椅子から引きずり下ろし、酒場の戸をくぐっていった。彼が御免だと感じるのは煩わしい戒めの言葉だけでなく、この先に待っている空間が独り身である彼にとって何よりも耐えきれないのだ。


「……気を、使わせたかな」

「そうみたいね」


 男が手にしているグラスを少し傾ける。氷が滑り、カランという音を奏でるのを女は愛おしそうに眺める。よっぽどの鈍感な朴念仁で無い限り、2人が特別な関係だという事は分かるだろう。……残念ながら、彼らの仲間内にそのよっぽどの鈍感で朴念仁が居るのだが。

 2人の間の会話は少ない。常に行動を共にする仲間だ、今更改めて語ることなどそう多くはないのだろう。だが、会話の途切れの沈黙も悪くはないと感じている。荒くれ者が集い、喧騒と陽気が渦巻く酒場の中で、そこだけがまるで異世界のように穏やかに、静かな空気が流れていた。


――しかし、静かなもの、穏やかなものを壊したくなる者はどこにでも居り、このような場所ではそれは顕著になる。


「ねーちゃん美人だな。俺らにも酌してくれよ」


 ……またか――

 二人の心の内は全く同じ言葉を、全く同じ風に思い浮かべていた。

 その時間を邪魔されたことに、幾分かの怒りと嫌悪を込めながら声を掛けられた方を振り向くと、そこに居たのは陳腐な程分かりやすく、単純な3人の荒くれ者。魔術の親和性も、街外での隠密性も機動性も無視した、ただ相手を威嚇するためだけであろう、派手で大雑把なデザインの装備に身を包んだ男達だ。


「悪いな、おっさん。俺等も結構酔っちまったし、今日はもう宿に帰るんだ。酌の相手が欲しいなら他を当たってくれ」

「あぁン?帰るなら一人で帰りな。ねーちゃんの介抱なら俺らがやってやるぜ」


 そう言いながらファリの躰体を舐め回すように、いや、舐め回す様を想像しているのか、舌なめずりをしながら視姦する男に、ファリはまるで全身に毛虫が這い回る様な不快感に身を震わせ、リーダーの男はこめかみに青筋を浮かべる。自分の恋人にそのような不躾な視線を向けられて怒らない男などいないだろう。リーダーの男の頭の中から、穏便にやり過ごすという選択肢が消えた。

 それと同時に、歌姫の紡ぐ歌がまるでロールプレイングゲームの戦闘曲のような、扇動的で急き立てるような曲に変わる。喧嘩の気配を察知した歌姫が、お節介にも場の空気を作り上げる曲を選んだのだ。そしてそれを耳にした者達は辺りを見回し、その発生源を探す。喧嘩は彼らにとっての最高の“肴”だ。見逃す手はない。

 そして酒場に居る者たちの視線のほぼ全てが彼らに集まりきった頃、リーダーの男が最後通告をする。


「おっさん、最後の忠告だ。痛い目見ないうちに席に戻って、むさ苦しく男だけで呑んでな」

「ァんだとテメェ!痛い目見るのはテメェの方……」


 胸倉を掴んで恫喝しようとした荒くれ者の男だったが、最後までその言葉を言い切ることは叶わなかった。まるで風が吹いたかの様に静かに、しかし疾く、リーダーの男の右フックが荒くれ者の顎を撃ち抜いたからだ。パキャッという耳障りな音と共に白目を向き、膝から崩れ落ちるように倒れる男を、彼はうっとおしそうに避ける。


「掴んでんじゃねーよ。伸びるじゃねぇか」


 襟元を整えながら言い放つ言葉は、崩れ落ちた荒くれ者には届かない。脳を激しく揺さぶられた男の意識は既に無い。少なくとも数刻は目を覚ます事は無いだろう。オマケとばかりにキレイに外された顎がダランと開いている。目を覚ました後もしばらくは流動食しか口に出来そうに無い。


「こ、この野郎ッ!」

「ぶっ殺してやらァ!」


 残る二人が激昂し、各々の武器を取り出す。先の目で追うことすら叶わぬ一撃を見ても力量の差が測ることが出来なかったようだ。そしてそれは彼らのような仕事をするもの達にとっては致命的だ。逃走を恥とせず、泥に塗れながらでも生き残る事が彼らにとっての“勝利”だ。その為には相手の力量を瞬時に判断して往くか、引くか、その判断を下す事は何よりも優先される能力である。彼らにはそれが欠けていた。


「悪いことは言わねぇ、お前ら向いてないぜ」


 幾分かの嘲笑と、多分のお節介を含めた言葉の後、リーダーの男は遅いくる二人の攻撃を縫うように避けながら、それぞれ顎先に一発ずつ拳を叩き込む。それだけで荒くれの男たちは沈黙し、意識を刈り取られていった。

 戦闘(ケンカ)が終わり、勝者を称える短いファンファーレが流れる。何のどんでん返しも健闘も無く終わった喧嘩から、退屈そうに周囲の人々は視線を外した。ゆっくりと酒を飲む気も失せた二人は苦笑を交わした後、店を後にすることを決める。


「オヤジ、今日はもう帰るわ」

「ならついでにそいつの財布だけ置いて邪魔な図体は外に放り出しとけ」

「ヘイヘイ」

「間違っても店の前に転がしとくなよ?営業妨害になる」

「ヘーイ」


 リーダーの男は最初に気絶させた男の胸ポケットを漁り財布を取り出し、それをこの店のオーナーである髭面の男に放り投げる。哀れだが、財布一つで済んだ事はむしろ僥倖だ。そのまま身ぐるみどころか、命すら奪われても文句も言えない状態なのだから。


 巨大なグレートソードを振り回す膂力は伊達ではなく、男三人を軽々と引きずり、店の横の路地裏に捨てた後、二人は仲間たちが待っているであろう宿へと向かう。


「ったく、まさか本当に絡まれるとはな」

「ふふ、本当に守ってくれたわね」


 ハッ、と鼻で笑う男。あの程度の輩など、ファリにとっても造作も無く、それこそ魔術すら無しで処せる相手だ。だが、町の外ではそうはいなかい。どのような魔獣や魔物、化け物と遭遇するかは誰にもわからない。

 だからこそ男は誓う。

 だからこそ女は誓う。


「お前は、俺が絶対に護る。この命に代えてでも。愛してるぜ、ファリ」

「えぇ、私もよ。愛しているわ――」




――そして女は幸せな夢から醒める。この先にあるのが絶望だと、痛いほど知っているから。


――そして女は在り続ける。それが愛する男の願いだと、確信しているから。


――そして女は歩み続ける。終わりの無い道を。




――そして女は、“門”を、異界へと至る無窮の門を越えた。

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