表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第四章 どうして自ら苦しむこと此のごとく
38/87

第三十八話

「カ、クカカカ。イイねぇ、そそるネぇ。何て美味ソウな肢体だ」


――蠅山の魔獣が、アーニャの白磁の様に白く美しい脚、その太ももに舌を這わす。大量の唾液が彼女の足を穢す様は、まるで無垢な雪原を土足で踏み荒らす様な悍ましさと淫靡さを感じさせる。それを見るアーニャの目は冷ややかだ。まるでゴミを見るかのような、嫌悪感を隠そうともしない視線を向ける。


「……変態」


――アーニャが心の底から呆れきった様で呟く。


それ(、、)、間違ってもこっちに返してこないで」


――呟きに続いて、距離を置いて(、、、、、、)対峙する蠅山の魔獣に言い放つ。

 それを聞いた蠅山の魔獣は、不機嫌そうに顔を顰め舌打ちをすると、次の瞬間体から数百の蠅が分かれ、アーニャがそれ(、、)と称した彼女自身の右脚だったものに群がる。その姿はまさに残飯に群がる蠅の姿だが、その量が桁違いだ。一瞬で肉片の一片どころか、骨も残さず、喰い尽くされる。


「ケッ、厄介な魔法だナ。万全だっタラどうヤッテ殺せばイイんだ、オ前」

「…………」


――まるで何事も無かったかのように、欠損した右脚を再構成したアーニャを忌々しそうに睨み、愚痴をぼやく蠅山の魔獣。対するアーニャは答える必要はないと口を閉じる。アーニャが行っているのは、『肉体の霊子化』。霊的な存在である天使に、既存の物理攻撃は通用しない。脳と心臓さえ無事であれば、魔力があれば再生が可能だ。膨大な魔力を持つ魔女と相性がいい能力だと言える。


 アーニャ・ガランサスの魔法、“天衣無縫乃理(あめのころもはむほうのことわり)”は魔法としては規格外な程汎用性に優れ、応用が利く。魔法は願いに沿って一つの現象を引き起こす事しか出来ない。だが、自身の信奉する救済の象徴、天使の様に在りたいという願いにより生み出される魔法、“天衣無縫乃理(あめのころもはむほうのことわり)”はアーニャが知る限りのおよそ総ての天使と呼ばれるものの能力をすべて扱うことが出来る。

『肉体の霊子化』、『剣、槍、天秤と言った天使が司るものの具現』、『高位の癒し』

 それらの要素でさえ、まだこの魔法の一部に過ぎないと言うのだから、まさに規格外と言えるだろう。


 だがそれは、万全であった時の話。


――アーニャ・ガランサスは、“御使いの魔女”は、壊れかけている。

魔女で在る限り、本来否定する事の出来ない筈の願いを一部と言え否定し、揺らいでいる。故に彼女の魔法は壊れかけ、その力は万全とは程遠い。本来であれば高位魔獣を超える『名付き』の魔獣と言えど、遅れを取る事はそうそう無い筈の実力のあるアーニャだが、今では高位魔獣と同等程度までしか力を奮うことが出来ない。


(でも、それでも、時間稼ぎは出来る。防御と再生に使える魔力を回して、なるべく悠とエランティスが身を隠す時間を稼ぐ)

「……しかシ、流石は有名な“御使いの魔女”ッテ事だけはアルな。戦闘の経験、勘ト、壊れカケた魔法だけでマサカここまデ持ち堪えラレるとは思わナカったぜ。『十年(ディケイド)級』の魔女並みか、ソレ以上か?

――だが、モウイイ。前菜(オードブル)は十分だ」


――その言葉と同時に、今まで人の形を取っていた蠅山の魔獣の体が、黒く染まり蠢いた瞬間、黒く、爆発した。否、別れたのだ。集合し、人の形を取っていた総ての蠅が、個々が魔獣である蠅の群れが、総て、全て。


「――――ッ!!!?」

「読まれテイテも関係ナイ。あァ、単純だロウ?躱す隙間はヤラん。イナす余裕も与エん。逃げ回ル事も許さねェ。


 喰イ(たか)ラレテ、死ネ」


――一瞬で室内を黒く覆い尽くした蠅の群れに、アーニャは思わず息を飲む。これは(まず)い。これは防ぎきれない。分かれ、広がった分、蠅山の魔獣の個々の防御は激減した。闇雲に魔法を攻撃に回せば幾らかは削れるだろう。だが、それまでだ。その圧倒的な量に、次の瞬間には他の蠅に集られ、再生も癒しも意味が無いほど食い尽くされる。


「カカカ、ハハハ、カヒャヒャヒャヒャハハハハハハ!」


――蠅山の魔獣が耳障りな笑い声をあげる。何千何万と重ねられたステレオにより生み出される蠅達の嗤い声は地を揺らす錯覚と、重圧を与える。


(……っ!これは、無理、かな?)


――万策、尽きた。迎撃も、回避も、撤退も叶わない。


「少しでも、道連れに……ッ!!!」


 言葉を放ち切る前に、蝿山の魔獣の攻撃が、蹂躙が始まった。黒く蠢く壁面としか思えぬ質量と密度をもって、蠅山の魔獣がアーニャに殺到する。


福音(ゴスペル)ッ!」


 アーニャは自身の使える攻撃の中でも最大の制圧範囲をほこる“福音”を発動させる。破壊的な音波を全周に放ち、最も近付いていた蝿達を砕き、崩壊させる。だが、蝿達も障壁を張り、音波を抑え付ける。個々の障壁の大きさは大した事は無いが、それが何百、何千と重なれば強固な障壁となる。


「っ、くうっ!」


――力が、願いが、渇望が足りない。

 福音に持てる力を全て注ぎ込むも、目に見えて押され、抑え込まれている。ジリジリと近付いてくる蝿達を前に焦りがつのるも、福音を収めれば一瞬で食い付かれ、食い尽くされるだろう。


――そして、最初の“蠅”の牙が、アーニャに届く。

 一度届いてしまえば、後は決壊したダムの様に雪崩れ込む。右腕、左足、ふくらはぎ、肩、耳、右目…… 数えることなど叶わぬほど大量に、連続で牙が突き刺さり、抉る。魔法により肉体を霊子化しているアーニャだが、再生よりも遙かに速い速度で抉られる。


「っあ……ぁあ、ぁぁああぁぁぁぁッ!!」


 死にたいと思った事は何度もある。死にそうな目にあった事も何度もある。だが、これ程までに強く、近く“死”を感じた事は無かった。逃れ得ぬ死への恐怖にアーニャがあげた悲鳴は、蠅達の羽音に飲まれていった。





「イィザマだなぁ、御使いの魔女」


 蠅山の魔獣は既に再び人型の形態を為している。無造作に、まるで猫でも持ち上げるかのように、アーニャの唯一残っている四肢である左腕を掴み、その身体を吊り下げている。既に再生を行う力も、抵抗する気力も失ったアーニャは、殆ど失われた意識の中生気のない瞳で虚空を写し、なすがままとなっていた。


「……あン?」


――その時、蠅山の魔獣の頭にパリンと割れるような警告音が響く。

 「チッ」と誰に聞こえるでもない舌打ちをつきながら、音の原因に思考を這わす。


(結界の中に何かが入ってきやがった。しかもこの馬鹿みてぇにデカい魔力は、魔女か?)


――蠅山の魔獣が自身の一部である蠅を数十匹放つ。相手が誰であるか分からない以上、慎重になるに越した事は無い。その為にも、まずは情報が要る。『百年(ハンドレッド)級』ならば相手によっては勝てなくもないが、『千年(サウザンド)級』は無理だ。目の前の極上の(ディナー)を前に逃げ遂せるのは癪だが、命には代えられない。


(“拒絶の魔女”の魔法ハ壊れテいる。って事ハアノ犬畜生が増援呼びやがったって事か)


――真っ先に浮かんだ悠の、“拒絶の魔女”の顔だが、それを否定する。魔法の壊れた魔女が、もう一度魔法を取り戻す等聞いた事が無い。在り得ない。そうなると、考えられる可能性は、増援。

 此方側の存在を知っているものは少ない。だが、蠅山の魔獣も噂は聞いた事がある。こちらの世界に居座り、今もなおその魔法により、こちらとあちらを繋いでいる“界渡りの魔女”。その魔法は、戦闘に特化していないと言え『千年(サウザンド)級』の魔女だ。『名付き』の端くれでしかない蠅山の魔獣では、対峙する事が無謀でしかない事は自身が最も知っている事だ。もし、エランティスが連れてきた魔女が界渡りの魔女ならば、遮二無二にも撤退を選ばねばなるまい。

 

――不安と、警戒と、幾ばくかの期待を込めて蝿達と情報を共有する。だが、数分程建物の周りを探査してみるも、魔力の反応どころか新たな人影すら見当たらない。


「……何処ダ?何処に居ル!?」


 索敵と調査には自負のある蠅山の魔獣だったが、ここまで見事に身を隠されると、焦りと警戒ばかりが積る。結界を越えた反応は一度だけ。つまり、侵入者はまだ、結界の中に居る筈なのだから。





◆◇◆◇◆◇





――上空300m、そこに僕は居た。地上から離れようとする斥力は重力に逆らい、僕の身体を空を飛ぶように浮遊させていた。まるで高層ビルの屋上から直下を見下ろしたような空恐ろしさを感じる。スカイダイビングなんて出来そうに無いな。

 そして、視界の先には、辺りを警戒しているであろう蝿山の魔獣、えっと、ベルゼとか名乗ってたかな?そいつが写る。


「凄いな。此処からでも、良く見える」

「遠見の術式だ。往くぞ、竜胆悠。外すなよ」


 勿論、分かっているさ。絶対に外さないし、アーニャにカスリもさせない。そう思いながら、もう一度蠅山の魔獣を見る。その手に持つ傷だらけで、痛々しい姿のアーニャも。

 肉体の霊子化、いわゆる幽霊みたいに非実体化させているとは聞かされているけど、今のアーニャの姿を見て怒りを抑えることなんて出来ない。蝿山の魔獣への怒りと憎悪を、そして、ティアナちゃんとエランティスとの約束を胸に、僕は呟く。


「アーニャにひどい事したんだ。覚悟はいいな、蠅男」


 その言葉と共に、僕は身体を浮遊させていた力を切る。万有引力の法則の通り、僕の身体は地上へ、地上へと落下していく。

 あぁ、そうだ、もっと早く、もっと強く。僕をアーニャの元へ。

 重力だけじゃ足りない。地面と反対、空に向かって放った斥力により、更に速度をあげる。時々微調整をしながら、真っ直ぐ、真っ直ぐと。


 術式も必要無い程ハッキリと相手を視認できる程近付いた頃、ようやく蝿山の魔獣が首を上げようと上を向こうとしているのが、やけにスローモーションに感じる視界の中で見える。だけど、もう遅い。


「ぶっ、潰れろぉォオオオオぉぉぉ!!」


 叫びが届いたのはこの一撃が当たる前か後か。狙い澄まし、加速し尽くした蹴りは、蝿山の魔獣の頭部を確実に捉え、吹き飛ばす。

 地面を抉り、あらゆるものを吹き飛ばす一撃だが、アーニャだけは傷付かない。アーニャを壊されたく無いと願い、生まれた魔法は、彼女だけは傷付けない。



 やけに軽くなってしまったアーニャを抱きかかえる。傷口に僅かな光の粒が集まり、少しずつ回復しているのがわかる。

 こんな状態になるまで、僕達を逃がす為に頑張ってくれたんだ。嬉しさと、申し訳なさに視界が少し滲む。


「ありがとう、助けに来たよ。アーニャ」


 僕の言葉に、朦朧とした意識の中でも気付いたのか、アーニャが僕の顔を視界に写す。


「……ティ、アナ?……悠?私、私にも、できた……かな?私は、貴女を、救いたく、て……」


 そこまで言うと、力尽きたように意識を手放すアーニャ。抱きかかえたまま、彼女の頬を伝う一筋の涙を見つめながら、僕は、いや、僕達は彼女への思いを呟く。


「僕も、わたしも、アーニャに救われっぱなしだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ