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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第四章 どうして自ら苦しむこと此のごとく
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第三十九話



 眠るように気を失ったアーニャの姿を眺めていると、周囲を蟲が這う様な悍ましい気配が漂う。蠅山の魔獣は僕の全力の斥力と重力を込めた蹴りを頭から受け、まるでタールか何かをぶちまけた様に黒くドロドロとした液体となり、辺りに散らばっていた。しかし、その黒濁とした水溜りから、一匹の蠅が這い上がり、フラフラと飛び上がる。それを追うように一匹、一匹と、数十、数百、数千と這い出し、それがまるで人型を形作るように集まり、蠢く。蠅達が集まるにつれて悍ましい気配がどんどんと大きくなる。

 ……あれで死なないのか。なんて言うか、無茶苦茶だな。


「……エランティス。アーニャを連れて、離れててくれ」

「相手は上位魔獣よりも高位の『名付き』の魔獣だ。勝算はあるのか?」


 険しい顔で言うエランティス。確かに魔法を取り戻したといえ、僕の実力は上位魔獣に何とか勝てる程度らしい。相手は格上だ。下位と中位の魔獣としか戦った事の無い僕が、上位をすっとばしてその上の『名付き』の魔獣とは、何とも性急な話だと思う。

 ……だけど、だからと言って誰かを犠牲にして逃げ果せるなんて納得できないし、索敵に長けているらしいこの魔獣相手から無事撤退できるとも思えない。なら、無謀と言われようと、勝てる可能性があるのなら戦って勝つしかないだろう。それに……


「……あぁ、絶対に負けない切り札がね」

「そうか、信じるぞ、竜胆悠」


 そう言った瞬間、小型犬程度の大きさだったエランティスがメキメキという、骨と肉がたててはいけないであろう音をたてながら、大型犬、ゴールデンレトリバー位のサイズへと変化した。肉が盛り上がりながらどんどん大きくなっていく姿に、僕は「ひぃっ」という情けない小さな悲鳴をあげてしまう。


「っぇ、エランティス?」

「何だ?」

「お、大きく、なったね?」

「?……其れで?」


 ……平然と言い放つ姿に、一つまた異世界との常識の違いを思い知らされた。

 「用が無いのなら行くぞ」と言うエランティスを見送ってしばらくした後、辺りを漂う気配が急激に濃くなっていくのが分かる。それに伴い集まる蠅が急速に固体化し、先ほどと同様の姿を取る。ただ、顔には青筋が浮き上がり眉根に皺を刻み、その表情は憤怒と憎悪に歪み切っていたけれど。


「イテェ」


 呟く言葉にノイズの様に混じる蠅声が、先ほどとは比べ物にならない大きさだ。よっぽど怒っているらしい。見た目には大したダメージどころか、表情以外の変化すら汲み取る事は出来ないけれど、いくらかの効果は確実にあったようだ。


(まぁ実際、今の僕に出来る最大威力の攻撃だから、少しくらい効いてもらわないと困るんだけどね)


 全く効かなかったりしたらどうしよう、という不安は何とか取り除くことが出来た。効果が無いわけではないなら、攻撃を続けていたらいつか倒せるかもしれない。


「痛エ、痛ェ痛ぇ、痛えぇェェえエぇぇ!!!

 許サネぇ!許サネエぞこノクソアマが!!楽ニナンて死なセテヤらネェ。イタブって、ナジって、弄んで潰シテ穢シテ苗床にしてからバラバラに引き毟って俺等の餌ニシテヤルぜぇぇエエェ!!」


 怒りのあまり顔の造形すら歪んだ魔獣の叫びに一瞬だけ身じろぐ。けど、引かない。逃げない。アーニャだって死を覚悟して戦っていたんだ。女の子に護られてばかりだなんて情けなさすぎるだろう。

 拳を強く握り、蠅山の魔獣を睨みつける。それにしても前の狼面の魔獣と言い、今回の蠅山の魔獣と言い、こいつらの脅しは随分と品が無い。二言目には犯すだの殺すだの……


「あぁ、いつか、聞いてみたかったんだよ。

 ……何でお前たちって、揃いも揃ってそんなに下品なんだ?」

「カッ……カハハハハハハッ!!」


 純粋な疑問のつもりだったけど、蠅山の魔獣には挑発に映ったらしく、耳障りな笑い声の様な叫びをあげながら、激昂して襲い掛かってくる。まともな遠距離攻撃が出来ない僕にとって、接近してくる相手は都合がいい。僕自身は強固な魔法で守られているので攻撃を受ける心配が少なく、戦闘においてほぼ素人の僕が攻撃を当てる事の出来る可能性がある間合い……インファイト。逆にアーニャの様に遠距離から砲撃の様に攻撃してくる相手や、いつかの切裂き魔の様なヒットアンドアウェイを繰り返す相手は、僕自身の能力の低さもあり、手も足も出ない可能性がある。そんな相手との距離を詰める為の『自分自身を弾き飛ばす』と言う無茶苦茶な移動術を編み出したけど、正直あれすごく怖いし危ないから、使いたくない。だから蠅山の魔獣の様に向こうから近づいてくる相手は都合がいいんだ。


「引キ裂ケ!!」


 その言葉と共に、蠅山の魔獣の腕が“ブレる”。速さで視覚的にブレたんじゃない。物理的に幾多もの蠅に分かれ、物理的にブレたんだ。そしてその蠅達が一斉に斬撃の魔術を放ってくる。僕の正面数㎡を覆い尽くす斬撃の群れ。普通ならば為す術なくバラバラにされてるであろう一撃。だけど、“誰我接触不叶(だれもわれにふれることかなわず)”はそれら全てを受け止め、弾く。

 ら、楽には殺さないって言った割には結構本気で、殺しに来てないか?大丈夫って信じているけど、見るからに即死級の攻撃を弾くのは心臓に悪い。


「こっわ…… 今度は、こっちの番だっ!!」


 攻撃を完全に止められて少なからず驚愕している蠅山の魔獣に僕は拳を叩きつける、と同時に拳に斥力を込める。躱す気すらないのか平然と顔面で受けた魔獣の頭を、まるでトマトの様に弾き飛ばす。


(……これで終わり、だったらいいんだけどなぁ)


 口に出せば煽られそうだから言葉にはしなかったけど、予想通り飛び散った液体から蠅が湧き上がり、僕の周りをあざ笑うかのように飛び回る。


「ヒャハハ、残念ダッタなぁ。ソノ位じゃ、ソノ程度じゃア、幾らやってもこの俺様達ハ、滅ぼサレタリしネェんダヨぉぉオォォ!!!」

「嘘付け。だったらさっき何であんなにキレたんだよ」


 図星だったのか返事は無く、代わりに蠅からの大量の火球と毒々しい緑の液体が飛んでくる。尤も、全て僕の魔法に防がれて視界をふさぐ程度でしか無かったけれど。


「お前こそ無駄なあがきは止めてさっさと――」


――バチン。


 何かがぶつかった音が、背後から聞こえる。慌てて振り返ると、目の前に居たのは、人間の頭位のサイズの、巨大な、蠅。360度を見据える事の出来そうな複眼総てから殺気のこもった視線を向け、鉄板すら容易くぶち抜いてしまいそうな凶悪な歯をカチカチと鳴らしている。“誰我接触不叶(だれもわれにふれることかなわず)”のおかげでこいつは僕に指一本触れることどころか、これ以上近づく事は出来ないけど、この魔法が無ければ僕の頭は既に喰いちぎられていただろう。ゾッとする。そう言えば切裂き魔の時も似たような事があった気がする……。


「意識ノ外からノ攻撃デモ無理か。ジャアコレならドウだ?


一匹で駄目ナラ…… 一万匹だ」


 その言葉と共に、蠅山の魔獣の口から、黒い濁流が溢れだす。

 違う、濁流じゃない、これは群れだ。数え切れないほどの、大量の、蠅の、群れ。


「ちょっ、うわっ」


 山の様な数の蠅の集合体。アーニャとエランティスはこいつをそう称した。山の様な――表現としてはありきたりな言葉だが、実際に山の様なものを見ることは無い。だからこそ、今僕が見ている光景は今までで生きてきた中で、一番その表現に適したものであると言える。


――ギチ、ギチ、ギチ、ギチ。


「ひ、ひっ……キモっ!グロっ!」


 視界一杯、四方八方にうごめく蠅、蠅、蠅。しかも一匹一匹のサイズがまちまちで普通の小さなサイズの蠅から、人間大のものまでの様々な蠅が僕を喰らおうと襲いかかり、蠢いている。不意打ちの時と同様一定距離以上は近寄れず境界を何とか破ろうと歯を突き立てる。僕は特に蟲が苦手なわけではなかったけど、この光景は正直トラウマものだ。図鑑でしか見たことないような蠅のドアップとか見たくなかった。しかもこんな大量に。


「キモいんだよ……っ!!吹き飛べぇえええええぇぇ!!!」


 涙目になった僕の悲痛な叫びで斥力が強化され、蠅達は大きく弾き飛ばされる。


「チッ、テメェ、何て強度ノ結界をハッテやがる……。いや、ソレガ拒絶ノ魔法か」

「はぁ、はぁ……安心したよ。『名付き』の魔獣でもこの魔法を破る事は出来ないんだな」

「ナラ、セオリー通り、時間切レを狙わせテ貰ウゼ」

「――ッ!……何だ、知ってたのかよ」


 ティアナちゃんとの記憶の共有により、最近僕も知った事だけど、魔法には時間制限がある。法の展開中常に削られている魔力もそうだけど、何より世界の法則を捻じ曲げて異業を行使する為、“世界”からの修正を受けるんだ。……その先は恐らく、ティアナちゃんが今居るような異世界への封印。

 蠅山の魔獣はその言葉の通り積極的な攻勢は見せず、僕を取り囲み逃げ道を塞ぎながらも、牽制で距離を取って魔術で攻撃してくるだけになる。僕からも斥力で接近して攻撃を加えてみるも、決定打を与えられず、時間が刻一刻と迫る。


 そしてある瞬間、僕に残された時間が殆ど失われた事を感覚で理解する。

 それはまるで自分が何かに包まれ、永遠に閉じ込められる様な本能的な恐怖が湧き上ってくる。“警告”だ。恐らく、これ以上捻じ曲げるのは許さないという世界からの。



「……ここまで、か」

「カカカ、ヤァッと諦めタか?土下座しテ謝るナラ優しク殺してヤルゼェ?」


 僕の呟きに蠅山の魔獣が答える。


「あぁ、確かに僕がお前を倒す事は無理だ。諦めるよ。

 威勢よく飛び出して参戦したくせに、いきなり他人頼みってのはどうかと思うし、情けないけどさ。まぁ、今はアーニャの安全、第一だ。

 ……だからさ、頼むよ。ティアナちゃん?」

「アん?」


 いきなり誰かに話しかけるように話す僕に、蠅山の魔獣は怪訝な顔をする。増援でも来るのかと警戒したのか、数匹の蠅が離れていき、その周囲を警戒するように探る。


「悔しいけど、今の僕にこいつを倒せる手段が見つからないんだ」

「てめえ、誰と喋っていやがる?」


 周囲をいくら索敵しても誰も居る筈が無い。アーニャはエランティスが上手く連れ出してくれているだろう。そして“彼女”は此処には居ないのだから。


「だから、こいつを叩きのめすの、手伝ってくれ」


――えぇ、頼まれました。お安いご用です。

 あぁ……わたしも怒っている。むかついているの。わたしの大切な友達を痛めつけた事、たっぷりと後悔させて滅ぼしてあげる。


 居る筈のない、聞こえる筈のないティアナちゃんの呟きが確かに聞こえた瞬間、黒い霞のマントが数切れ分かれ、離れる。その切れ端はキュリキュリと耳障りな音を立てながら形状を変え、まるで弾丸の様に変わる。はじめは10枚に満たない数切れの弾丸。だが、増える、増える。まるでデータをコピーするように容易く、爆発的に、乗算的に増える。増える弾丸の数に、最初は余裕の表情を見せていた蠅山の魔獣も、段々と顔色がくもり、今では恐怖に染まり切った表情をしている。それもそうだろう。だって今では弾丸は僕の背後の景色を覆い隠すほどの数になり、それこそ山の様にそびえ立っていた。


「ナ、ンだよ、ソれ…… クソォォォオオオォォ!!!」


 蠅山の魔獣がそれ以上やらせるか、と僕に攻撃を加える。万を超える蠅の群れから、斬撃、火球、毒、様々なものが絨毯爆撃の様に放たれる。あぁ、だけど、相性が悪かったな。もしこれが高威力の力を持つ魔獣だったなら、ここまでのんびりと弾丸を増やすことは出来ない。防御に集中しなければならない分、子細な制御に気と魔力が回らないからだ。

 蠅山の魔獣の、数の暴力はたしかに脅威だ。個々の威力は大した事が無くても、数でそれを補い、凌駕する。確かに合理的だよ。でも、今回に限ってはそれが仇になったんだ。その程度の攻撃じゃあ彼女の、僕達の、“誰我接触不叶”は揺らぎもしない。

 蠅山の魔獣の軍勢を滅ぼし切るのに足る数の弾丸が作られると、ティアナちゃんの再び声が脳内に響く。


――必殺技には、名前が必要でしょう?結構頑張って考えたんですよ。さぁ、その名は……


「“絶軍・時雨”」


 その言葉をきっかけにして、全ての弾丸が放たれる。けど、それは弾丸の群れと呼ぶにはあまりに多すぎた。――黒い、雨。横殴りに降り注ぐ異様な黒の雨。其れを表現するのに最も適したものだ。雨を避ける事は出来ない。かわすことは出来ない。

 そして、この“弾”に込められた拒絶の魔法が、生半可な障壁の存在すら許さない。弾が届く寸前に障壁を張ることに成功した蠅山の魔獣だが、それは障壁に刺さった瞬間、まるで手榴弾のように弾ける。弾丸という起点から、斥力が放たれたのだ。そして、それは一つではない。雨のように降り続ける、総ての弾丸に込められている。


「お、オオォォオオォォォ!!?」


 蠅山の魔獣も負けじと障壁を複数張りなおすも、いくらかの雨を受け、それは一瞬で食いちぎられるように破れる。


「クソッ!何で、こんな、コンナ所でッ!」


 弾丸の一つが蠅の群れに飛び込み、数十匹の蠅を巻き添えにしながら弾ける。数百の弾丸が幾多の蠅を巻き添えに弾ける。


「俺ハ、俺等ガ!コンナ死ニ方!!認メネェ!!!!俺等ハ“蠅山の魔獣”ダゾ!ソレガ“数”ニ負ケテ滅ブナド……!!」

――何という屈辱、何という侮蔑。今まで幾多の獲物たちをその数の暴力で蹂躙し、喰らっていた蠅山の魔獣。その軍勢は名立たる冒険者も、英雄も、魔女も喰らったことがある。あぁ、だからこそ彼はこんな死に方は認められないのだ。自身の最高の武器と信じていた“数”を、それを凌駕する“数”に蹂躙されて死ぬ末路など、許容できるはずがない。


「チクショウ、チクショウチクショウ、チクショオオおおぉぉぉぉ!!!!?」

「あぁ、そうだ、“彼女”からの伝言だよ。『わたしの大切な友達を痛めつけた事、たっぷりと後悔して滅べ』ってさ」


――だが、許容出来なくとも、認められなくとも、訪れる死は平等だ。


「ガッ……」


――弾丸の一つが眉間を撃ち抜き、その頭部を弾き飛ばす。飛び散った数千の蠅が込められている液体も、其れすら弾丸の雨は捉え、弾き、消し飛ばす。それは頭だけでなく、全身余すところなく、同様だ。“雨”によって全ての“山”が削りきられても、しばらくは“雨”は止まなかった。

 “数の暴力”を体現したかのような“蠅山の魔獣”の軍勢は、“数の暴力”に蹂躙され、滅んだ。


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