第三十四話
女子の買い物は長い。特に服や装飾に関しては特にだ。
僕が今いるのは以前来たショッピングモール、そして共に居るのはアーニャだ。どうやらアーニャは此処がお気に入りらしい。けど、僕は以前此処の地下で戦いをしたせいで壁や天井をボコボコにしてしまい、その負い目からあまり好んで行こうとは思わない場所だ。
何故僕らが此処に居るのか、それは数日前にアーニャに言った僕に似合う服を買う事という約束を果たす為にだ。やけに嬉しそうに「悠、デートしましょう!」と言うアーニャにドキリとしてしまったのは仕方のない事だと思う。
(ほんと、遊んでばかりだな。でもまぁ、こういうのも良いよな。だって――)
楽しそうにどの店に入るか吟味しているアーニャの後ろ姿を見ながら、僕はそんな事を考えていた。
……忘れた訳じゃない。目を逸らしている訳でも無い。僕は今、エランティスが打ち込んだという楔が抜け、緩やかに死を迎えるのを待つ身だ。それを防ぐためには新たな楔、僕が命を失ってまで少女を助けた事よりも、劇的に、強くエランティスに僕とティアナさんの共通点を確信させなければいけない。
だけど、そんな事、不可能だろう?
僕はティアナさんと話した事も、会った事も無いんだ。性別も、年齢も、生まれた世界すら違う少女との間の共通点なんて、そんなもの見つかる筈がない。
僕が僕で無くなってしまうまでの残り時間は数か月かもしれない。だけど、それでも――
(わずかな余生、せめて楽しく過ごしたいじゃないか)
僕は陳列してある服を広げ、悩ましげにしているアーニャを見ながら、そんな事を考えていた。
「アーニャ、まだ?」
「ちょっと待ってください」
「少し休まない?」
「あと少し、もう少しだけ……」
さて、最初に言ったが、女子の買い物は長い。長いのだ。特に買うものが無くても彼女達は商品を真剣に見て、吟味する。それが今回は服一式をコーディネートだ。普通に全てを選ぶだけでも相当な時間が掛かるのかもしれない上に、「ぐぅの音も出ない程最高のコーディネートで僕を着飾って」なんて言ってしまったものだから、アーニャの気合の入りようは尋常じゃない。開店時間から既に2時間は経過しているけど、未だに一つも決まっていない状態だ。既に足の筋肉が引きつり、悲鳴をあげはじめている。
おかしいな。元々はアーニャからの罪滅ぼしだった筈なのに、いつの間にか僕に対しての罰ゲームになっていやしないか?
「って、あれ、アーニャ?」
気付くと、先ほどまで隣で歩いていたアーニャの姿が無い。後ろを振り返ってみるも、目を引く鮮やかなブロンドヘアは影もなく、完全にはぐれた事を物語っていた。
ケータイ……は、無いし…… あれ、これはぐれたら連絡取れなくない?
しばらく元来た道を引き返し、店の中を確認しながらアーニャを探すが、さっぱり見つかる様子は無い。最初は良かったけど、段々とイライラしてきたのは仕方のない事だと思う。
(そもそも、アーニャからデートしようって言ってきたのに、一人で集中してはぐれるなんて……)
そう考えていると罰として、少しくらい心配させようという悪戯心にも似た感情が湧いてくる。アーニャの事だから、僕が居ない事に気付いたら必死で探すだろう。アーニャ程ではないけれど、僕自身もそれなりに目を引く容姿をしている。わざわざ僕から探し回ることをしなくても、しばらくしたら彼女が僕を見つけるだろう。
(ま、30分くらいしても出会えなかったら、迷子の呼び出しでもしてみようかな)
時間を潰すために僕が目を付けたもの。それはショッピングモールには良くあるゲームコーナーだ。あまり自分で自由に使えるお金は無いけれど、30分程の時間を潰すには十分すぎる。かと言って無駄遣いするつもりもない。少ないお金でなるべく時間潰せるゲームは、っと……
「クレームゲームは一瞬で終わっちゃうから却下、格闘ゲームも乱入されたらすぐ終わるし。
音ゲー…… あ、このダンスゲーム懐かし。これにしようかな」
色々なゲームを見ながら吟味する僕が見つけたものは、数年前、学生時代に流行した矢印を足で踏むタイプのダンスゲームだ。最近では体の動きを読み込むダンスゲームもあるらしいけど、流石にやったことのないゲームは難しそうだ。それに、このくらいシンプルな方が僕の性に合っている。
100円玉を筐体に入れると、派手なSEを上げてゲームが開始する。右足でトントンとカーソルを叩きながら知った曲を探し出し、スタートすると早速色々な方向を向いた矢印が降ってきた。
「よっ、ほっ、と」
お、おぉ?難しいけど、結構いけるな。数年ぶりだから全然覚えてないと思っていたけど、結構踊れるもんだ。この身体の運動神経はこの年頃の女の子としては結構高く、動体視力も申し分ない。身体が小柄な分、記憶より少しだけ足を延ばさないといけないけど、もう少し練習したらもっと難しい曲もいけそうだ。買い物で歩き続けて足が棒になっていたのも忘れ、僕はダンスゲームを楽しみ、矢印を追う事に夢中になっていた。
そしてそのまま3曲1ゲームを2セット程踊り切ってしまう。流石に少し疲れてしまった。空調がかかっていると言え今は夏。シャツが肌に貼りつき不快感を与えてくるので、シャツの首元をつかみ、うちわで扇ぐようにパタパタと揺する。服の中の空気が入れ替わり、不快感も少しマシになった。
「……フゥ、ってうわっ!?」
そして後ろを振り向くと、周りをグルリと取り囲むようにギャラリーが居て、かなりの人数がこちらを見ていた。ゲームコーナーで上手い人の後ろに人だかりが出来たりすることはあるけど、僕のプレイはせいぜい中の下位だ。わざわざ足を止めて見るほどのものではない。何故ギャラリーが、と僕は首を傾げる。
……何か皆、顔が赤いような――
「おねーちゃんしましまパンツー」
「あ、おい、バカ」
僕を指差しながら、失礼なことを言うのは見たところ5歳くらいの少年だろうか。付きそいの人とゲームコーナーに来て……って、え?パンツ?
言われて自分の着ている服を思い出す。上は白いプリントTシャツにジャケットとシンプルなものだ。此方は問題ない。けど、下は、黒い、膝上の長さのプリーツスカート、で、その下には……
「なっ、あっ、………ッッ!!!」
慌ててスカートを押さえつけるけど、当たり前だが既にスカートは降りている。スカートを穿く事に慣れてしまっていて気付かなかったが、割と短いスカートでダンスゲームの様なものをしたらどうなるかは、自明の理ってやつだろう。
(見られた!?ここの人混み全員に!?やばい、死ねる。ってかいっそ殺して!!)
顔が燃えるように熱い。耳まで熱いので赤くなっているのだろう。辺りの人混みを涙目で睨みつけると、気まずさに全員がサッと目を逸らす。そしてそのまま、不自然な動きで全員散り散りに去って行った。
「……もう、このゲーセンこない」
誰に言う訳でも無いけれど、呟かずにはいられなかった。
その後は流石にもうゲームをしようという気は起きなかった。トボトボと歩いていると、先程と同じようにギャラリーが出来ているのが目に入る。その中心にいるのは別の人間で、誰の視線も僕に向いていないのだけれど、ついスカートを押さえてしまう。
「うへ、なんだ今のコンボ」
「小足から4割持ってったぞ」
「wikiにも載ってねーぞ。新ルートじゃねーか」
ギャラリーは興奮したように、口々に人だかりの中心にいるであろう人物に対して、賞賛の言葉を述べている。どうやら凄腕のプレイヤーが居るらしい。どんな人なんだろうと、すれ違いざまにその姿を見ると……
(女の子?)
女の子で格闘ゲームとは珍しい。興味を持った僕は足を止め、その少女を観察してみる。黒いストレートの長髪と、目元よりも延びた前髪で容姿の全貌ははっきりとはしないけれど、それでも可愛らしい少女に見える。全体的に黒っぽい色彩と、リボンやフリルの付いた服は何処となくゴスロリっぽい印象を受けるが、クドさは感じられず割と纏まったファッションをしている。
――YOU WIN!!
少女を観察しているとやけに発音の良い声が筐体から発せられ、目の前の少女が勝者なのだと告げる。対戦相手の座っているであろう向い側から、「くっそー」と悔しそうな、でもどこか楽しそうな悲鳴があがった。勝者である少女も、ホッと息をつきながらも嬉しそうだ。
「ね、ねぇ君、さっきのコンボ凄かったね」
「wikiにも載ってないよな?オリジナルのルートなのか?」
「ぇう、あの、えっと……」
そして興奮したギャラリーが雪崩の様に少女に近寄り、彼らに囲まれた少女は嬉しそうな顔を一変、怯えて混乱している表情になる。どうやらこの少女、人見知りらしい。どもって上手く話せていないし、傍から見て分かるほど顔が真っ赤で混乱している。
「君ら興奮しすぎ」
少女を背中に隠すようにして庇って言い放つと、今まで彼女に集まっていた視線が全て僕に集まる。多くの視線に晒されたせいか、身体の奥底からザワザワと不快感が這い上がる感覚がするが、我慢して彼らを睨みつける。冷静になったのか、僕の後ろで怯えてる少女の様子に気付いた彼らは、口々に謝罪の言葉を述べて散り散りに去って行った。
改めて少女を見ると、囲まれていた恐怖のせいか涙目になっていていまだに「あう」だの「えう」だの呟いている。どれだけ人見知りなのだろうか。最早対人恐怖症の域に達していそうだ。
「大丈夫?」
「あ、えと、その、助けて頂いて、あり……が……」
上擦った感謝の声はどんどん小さくなり最後には聞こえなかったけど、まぁ、気持ちは伝わった。
「どういたしまして」
「あの、あの…… すみません!」
ニコリと笑ってそう返すと、顔を更に赤くした少女は、まるで逃げるように走り去っていった。うーん、あわただしい子だな……
――ピンポンパンポーン
『世田市からお越しのアーニャ・ガランサス様。お連れ様がお待ちです。インフォメーションカウンターまでお越しください』
あ、僕の名前を叫ぶ声が聞こえた。思ったより近くにいたらしい。




